第五章 その人と会って、どんな味?

5-1 これは大変なことになりそうだ

「それで、あの人工ツンデレさんとはどうなってるわけ?」

 来海から少々ふてくされたようにたずねられると、狩科は少々気まずい。

 週明けの月曜日。普段と同じように講義を受けて昼休みになった。狩科と来海は行動範囲が似ているから始終顔を合わせる。

 まさか来海がわざと合わせているのではないか? そんな疑念を、狩科は、自分は女性にそこまで慕われるほど大層な人間ではないと振り払った。

 今日はコンビニで買って空き講義室で食べようという話になった。コンビニというところに引っかかったけれど、その理由を問われるとMEC臨床試験に触れざるを得ないので、狩科はなし崩しにつきあっている。

 コンビニに入ると来海はサンドイッチの棚に向かった。だとしたら自分だけ弁当というのはバランスが悪い。狩科は惣菜パンの棚を見る。

 サンドイッチとおにぎりは、どちらも冷蔵が必要なので、棚が近い。惣菜パンも多くの場合は冷蔵庫の近く。これはまずいかも。狩科がそう思ったとき、悪い予感は的中した。

 実に美しい女性が棚からおにぎりを手に取っていた。

 深津だ。

 どうやら、まだ狩科に気づいていないらしい。もしくは、気づいても声をかけずにいるか。

 狩科は深津に背中を向け、顔が見えないようにおにぎりの反対側にある惣菜パンの棚だけを見る。

「キョンタン、もう買った?」

 後ろから来海に声をかけられた。振り向くのも声を聞かれるのも嫌で、黙る。

「キョンタン、聞いてる?」

 来海の声のトーンが少しとげとげしくなる。

 これ以上無視するのはまずいと狩科は観念した。声がする左後ろを振り返る。

「うん…… 買ったよ」

 そう言ったとき、深津がこちらを見ているのが見えた。あっ! と思ったとき、視線が合った。

 深津は狩科を見て、隣にいる初対面の女性を見た。なぜだろう、戸惑っている風だ。彼女はためらいがちに狩科に声をかけた。

「狩科さん、よくここで会いますね。そちらの方は、どなたですか?」

 深津がいるのは狩科と来海にとって後ろ。狩科は身体全体を左に回して深津に向き直って答える。

「深津さん…… お久しぶり…… じゃないですよね、この前会いましたから…… 今日もおにぎりですか……?」

 来海が横にいて、質問に答えようにもたどたどしくなる。というか、本来の質問である来海を深津に紹介することはすっ飛ばしてしまった。

 狩科が女性に声をかけられたのに気づいた来海は後ろを向く。その女性の美醜を一瞬で見てとると狩科をにらみつけた。

「キョンタン、この人、知り合い?」

 その瞬間、アニメのように眼鏡のフレームがギラッと光った気がした、狩科には。

 狩科は誤魔化すことをあきらめた。なのだけれど、口はうまく回ってくれない。言葉は途切れ途切れになる。

「来海さん、その人はMEC臨床試験で知り合った深津瑠璃さんと言って、九里谷研の修士の学生さん。で、深津さん…… この人は、僕の同期で来海……」

「来海花芽子(きまちかがね)と言います」

 うまく口が回らない狩科の言葉に来海がかぶせた。普段では赤の他人に見せないやや攻撃的な口調で。

 深津は、なぜだろう、やや他人行儀で突き放した様子だ。

「そうですか。お二人とも、これからお昼ですか? 私はお邪魔したようですね。ここで失礼します」

 深津が形だけ丁寧な別れの挨拶をした。それを来海が呼び止める。

「ちょっと待って。ここで会ったのはいい機会だわ。深津さん、だっけ、キョンタンと何があったのか、いろいろ聞かせてよ」

 頼み事のはずなのに、来海の口調は怒り気味。当然、深津も気持ちよくはない。

「何があったって、別に、一緒にMECを装着して再生された記憶に基づいて質問に答えているだけです」

「その記憶の中ではまるで恋人みたいだって聞いたけど?」

 形だけ整った深津の返答に来海が感情を込めて問い返す。

 深津がため息をついたように見えた、狩科には。

「しかたありません。色々邪推しているところもおありのようですし。ここではなんですから、ゆっくりできるところで話しましょう」

 深津はそう言って、手に取っていたおにぎりを棚に戻した。

 つまりは以前のようにコーヒーショップなどに入って話をしようということだ。狩科はそう受け取った。

「来海さん、深津さんとは以前に、大学の外のあのコーヒーショップで話をしたことがあるんだ。深津さんはそういうところが好みらしくて」

 狩科が来海に事情を説明すると、来海はふくれる。

「ええ!? 講義室でいいじゃん、学生なんだし」

「そこではゆっくりできませんから」

「あなただって、いったんはコンビニで買ってすませようとしたんでしょ? お高くとまる必要ないじゃん」

 深津はきちんと理由をつけて答えたつもりだった。しかし来海は直前の深津の行動との整合性を問う。

 そういう、以前の自分との不一致を指摘されるの、深津さんは嫌がりそうだな。狩科はそう思った。

 狩科の予感は当たった。

「分かりました。ここでお昼を買って、食べながら話しましょう」

 深津は来海をあまり見ず、棚にあるおにぎりを手に取った。

 これは大変なことになりそうだ。狩科は思った。

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