終章

 ◇ 進リープ歴九九五年 ◇


「ふむふむ……。なるほど……。これは実に興味深い」

 探検家の様な服装に身を包んだ壮年の男性が、廃墟の地下で見つけた手記を熱心に読みふけっていた。

教授せんせー! どこですかー! 生きてたら返事してくださーい!」

「おーーい! 下だ! 下!」

 助手の呼ばわる声を聞いて存在を思い出し、返事をしてやる。

「いつの間にこんな所に……。もう! 勝手に居なくならないで下さいよ。心配するでしょうが。……それはそうと、ここは……?」

 親子ほども年の離れた若い助手が、苦言を呈しながら自身も地下へと降りて来る。

 地下を照らすのは教授と助手の持ち込んだ懐中電灯二つだけ。教授のライトは手元の手記を照らすのに使われているので、辺りを照らしているのは助手のライトだけだ。

 助手は周囲をグルリと照らして地下を眺めて見る。

 刀剣の類から壺やら本やらが、壁にしつらえられた棚に置かれていたのだろう。今となっては雑然としているが、整頓されていたと思しき名残が所々に見受けられた。

 取り立てて珍しい物でもない、ただの地下室である。いち民家の地下室としてはやや広く、作りがしっかりしているのは少し珍しいが。お陰でこうして綺麗な形のまま現存しているのだから、感謝しこそすれ文句を言う立場ではない。

「何をそんなに熱心に読まれてるんですか?」

「これか? 後で検査に回す必要があるが、これに書かれている年代が正しければ、五百年前の手記という事になるな」

「マジですかっ!?」

「そんな嘘を言ってどうなる。そのうえ内容も実に興味深い。どうやらクラウディア賢王けんおうと近しい人物の物の様でな。クラウディア賢王を陰に日向に支え続けた苦労が時々記されておる。手記の大半は家族の事だったがね。著者の奥方は大層な剣の達人だったようだ。ところで、君はクラウディア賢王の事は知っとるかね?」

「そのくらい知ってますよ! 百五十年にも渡って続いた氷河の時代、世界人口の半数が死んだとも言われている氷嵐の世紀、その黎明れいめい期の中多くの人々を救った、色々と逸話の多い人物じゃないですか」

「うむ。そして今我々が住んでいるゾンネ皇国の基盤を築いたと言ってもよい人物でもあるな」

 教授はペラペラと手記を捲り、特に興味深かったページを開く。

「この手記には子供の事も書かれていてな、名をシィマール=ライト。どこかで聞いた名ではないかな?」

「どこかでも何も、良くあるありふれた名前じゃないですか。僕の友人にも何人もいますよ。あやかって付けたがるんですよね。解放王にして、建国王。彼の前に立ちはだかれる者はなし。一騎当千。たった一人で城を攻め落としたなんて逸話もある超人王。男の子が生まれたら付けたい名前不動のナンバーワン!」

「それは現在の話だろう。この子が生まれた五百年前では、現在の様にありふれた名前ではなかったと考えられる。他でこの名前を目にした事はないからな。偶然の一致と考えるより、そうであると仮定した方が面白い。何より建国王の親族に関しての資料は今まで一つも見つかった事がない。これで裏付ける資料まで見つけられれば、世紀の大発見になるぞ」

「おおおお! そうなればたんまりと報奨金が頂けますね!」

「ハーフミレニアムを迎えるにあたって、皇国の歴史の再調査に莫大な予算が投じられている今こそ! こうやって現地調査で新たな発見がある!」

「ウチらの研究……お金にならないですもんね……」

「研究とは金の為にやる物では無い」

「はいはい、分かってますよ。知識の探求──時の流れにうずもれた真実を暴き出す。そのためだって言うんでしょ」

「分かっとるじゃないか。──まあ、研究のためには金も大切だがね」

 教授はどっこいしょと腰を上げると助手に指示を出す。

「ではこの地下室の物を地上うえのトラックに積み込んでおいてくれたまえ」

「えええっ。教授も手伝ってくださいよ!」

「儂は他の所を調査するので忙しいのだ」

「あーもう……! はいはい。分かりましたよ。やっておきます。やればいいんでしょ!」

「分かれば宜しい。では任せましたよ」

 そう言い残して教授はどこか別の場所へ行ってしまう。

「まったく教授はいつも人使いが荒いんだから……」

 ブチブチ文句を垂れながらも、丁寧に運び出し、梱包し、トラックへと積み込んで行く。非常に手慣れたその作業工程が、助手の苦労を物語っていた。


 この数年後、とある二人の研究者によって発表された『解放王誕生秘話』は、ゾンネ皇国で空前の社会現象を引き起こすのだった。

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氷嵐の世紀 はまだない @mayomusou

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