ショートコント異世界転生

CAT(仁木克人)

チートは三つでチェンジOK

 柚木崎悠人は、真っ白で何もない空間を漂っていた。

 どこからともなく女性の声が聞こえる。

 頭の中に直接響くような、神秘的な声だ。


「ユウト。目覚めなさい。ユウト……私は女神です……」

「……」


 悠人は答えない。


「ユウト……ユウト……女神が起こしていますよ、ユウト……」

「あの、すいません。もし俺のことだったら、名前、ハルトって読むんですけど」

「えっ? あ、ああー! ハルト……目覚めなさい、ハルト……」


 女神が慌てて言い直した時には、悠人は体を起こしている。

 体を起こすと地面らしきものができあがり、立つことができた。


「もう目覚めてます」

「どうやらそのようですね。残念ながら、あなたは死にました……」


 真っ白なローブを身に着け、背中に百八十枚の翼を生やした女神が厳かに告げた。

 悠人は頭を押さえて自分の最期の記憶をたどる。


「そうか、俺は、道路に飛び出した子供を助けようとして」

「そうです。道路に飛び出した子供を助けた勇敢な青年の姿を、スマホで撮影中に歩道橋から落下して死んだのがあなたです……」

「そうだったわ」


 間違いない。

 『今せっかく子供助かったところだぞ!?』と周囲がツッコミたがっていたような顔をよく覚えている。


「何故あのようなことを……?」

「いや、動画上げたらワンチャンバズるかなと思って」

「そのために命を失ってしまったのですよ。SNSにのめり込むのもほどほどになさい……」

「そうっすねえ。まあ、もう死んだから関係ないけど」


 悠人はあっけらかんと言い放った。

 しかし、女神はゆるゆると首を振ってそれを否定した。


「関係なくはありません。何故なら、あなたはこれから異なる世界に転生し、第二の人生を送るからです……」

「マジっすか!」

「マジな……本当なのです……」


 一瞬悠人に釣られて俗っぽく喋りかけた女神は、平静を装って言葉を続けた。


「では、転生するあなたに、一つだけ人生を豊かにするチート能力を授けましょう……」

「一つだけ?」


 悠人が怪訝そうな顔で聞き返す。


「はい、一つだけです……」

「あー。そういう感じかあ」


 悠人は溜息をつき、うーんと背筋を伸ばして、どこか遠くを見やった。

 それから、諦観漂う表情で呟いた。


「まあ、あれですかね。女神っていっても色々ランクとかあるんですもんね」

「えっ……?」


 予想だにしない言葉に、女神の表情が曇る。


「まあ、それはしゃーないっす。わかりました」

「ちょっちょっちょっ、待って……?」


 軽く流そうとする悠人に、慌てて女神が食い下がる。


「何すか」

「何すかじゃなくて、えっ……どういうこと……?」

「どうって、何が?」


 話が噛み合わない。

 女神は額に浮かんだ汗をぬぐいながら、慎重に問いただした。


「何がって、なんか、女神にランクがあるとか、しょうがないとか……どういうことですか?」

「いやだから、あなたがくれるチートは一個だけなんですよね?」

「そうですが……」

「だから、それでいいっすよもう。しゃーないっすもん」


 悠人は話を切り上げようとするが、女神はしつこく食い下がる。


「いや、待って、女神そういうの凄く気になるタイプだから。ちゃんと説明して? チートが一個だけじゃない場合、あるの……?」

「ありますよ。俺、SNSで見ましたもん」

「え、SNSに書いてあることが全部本当とは限らないのでは……!?」

「逆にそれはどうなんすか? よく知らないのに嘘って決めつけるのは」

「いや決めつけるわけじゃないですけどぉ……!」


 女神は一度咳ばらいをし、再度厳かな口調で告げた。


「これは別にランクとかではなく、いえ、確かに私よりも上位の神様というのはたくさんいらっしゃいますけれど、私のランクの問題ではなく! チートは一個という決まりになっているのです……」

「あー、そういう感じの職場なんですね」


 聞き捨てならない発言に女神は眉根を寄せる。


「えっ? そういう感じの職場って何……?」

「だから、ずっと昔からのやり方を踏襲してて、前例がない事は許さないっていう感じの」

「いや、あの……そんなことは」

「まあ、思考停止ですよね。化石っていうか」

「ちょっ、そういう言い方は……」

「時代に合わせて進化していく気概がないんですよね」

「そんなこと……ないもん……!」


 女神は頬を膨らませた。怒ったのだ。


「じゃあ見せてくださいよ。ちゃんと革新的に、グローバルな視点を持って活動していくんだってところを」

「や、やってやろうじゃねえかあ。特別に、あなたに授けるチートは二個にします……!」

「あー……」


 女神としては一念発起したつもりだったのだが、悠人の反応は芳しくない。


「な、何ですか? まだ何か不満があるのですか……?」

「いや、だから。チートが二個のパターンはもうあるんですよ」

「で、ですからそれと同じように……」

「いや、結局それって、前例に合わせてるってことでしょ?」

「あっ……!」


 女神は思わず口元を覆った。


「もう、その発想がダメなんですよ。新しいことに挑戦してるつもりで、結局安全な方、安全な方に考えが行ってるわけで」

「あー……!」


 女神は顔全体を覆って天を仰いだ。

 どこからか悲壮感漂う音楽も流れてきた。


「女神、大丈夫?」

「大……丈夫です……」

「いや。今のは俺も、気持ち言い方キツかったかもだから。ごめんな」

「いえ……大丈夫です……女神は強いので……人を超越しているので……」


 女神は背筋を伸ばし、今度は堂々と宣言した。


「チートは、三つにしましょう……!」

「凄い」


 悠人はぱちぱちと拍手した。

 心なしか、女神も得意げに胸を反らしている。


「うふふ。それほどでもありませんが……」

「いや、これは本当に感心してる。凄い。やっぱり女神っていうのはそんじょそこらの人間とは違うなって思った」

「うふふ。まあ、女神なので、はい。人などは完全に超越しています……」


 誇らしげにそう言うと、女神はどこからともなくタブレットを取り出した。


「では、さっそく取得するチート能力を選択していただきましょう……」

「えっ?」

「えっ?」


 悠人が素っ頓狂な声を上げたので、女神は戸惑った。


「それ、今すぐ選ぶ感じなの?」

「はい。どこでもそういう流れだと思うのですが……?」

「あー、そういう感じかあ」


 悠人は溜息をつき、首を捻って、眉間を指で揉んだ。

 それから、諦観漂う表情で呟いた。


「まあ、しょうがないのかな……」

「ちょっ、ちょっとやめて。女神そういうの気になるタイプって言ったでしょ。ちゃんと説明して……!」


 女神の懇願に、悠人は腕組みして語り出した。


「まず俺、これからどういう世界に行くのとか、全然聞いてないんですよ」

「それはまあ、行ってからのお楽しみというか……」

「出た。押し付けサプライズ」

「お、押し付け……?」

「喜ばれると思ってんだよなあ」

「あの、そういう言い方……」

「やられる側の気持ちとか考えた事ないんだろうなあ」

「そんなこと……ないもん……!」


 女神は頬を膨らませた。怒ったのだ。


「だって、何も教えられないで行った先の世界で、チートが役に立たなかったらどうするんすか?」

「と言うと……?」

「だから、無駄になるでしょせっかくのチートが。生き物の居ない世界で生き物を手懐けるチートとかあっても、使わないでしょ?」

「あ、それならあの、こちらの世界観資料を……」

「資料か……」


 女神が取り出したバインダーを見て、悠人は悲し気な表情を作った。

 女神もつられて少し悲しくなってしまった。

 どこからか悲壮感漂う音楽も流れてきた。


「資料だと、駄目ですか……?」

「現地のさ。空気感とかあるでしょう。国内とかならまだ分かるけど、異世界よ? 紙ベースでその世界をちゃんと把握できるの?」

「女神的にはイナフかなと……」

「なんでそこだけ英語なんだよ」

「じゅ、十分かなと……」


 長い沈黙が続いた。

 耐えきれなくなった女神がおずおずと切り出した。


「どうしたらいいでしょうかね……?」

「そうだな。クーリングオフってわかる?」

「あっ、知ってます。女神そういうの凄く詳しい。一時期勉強してたし……」

「申し込んでから一定の期間内だったら、契約を解除できるっていう」

「いや知ってるので説明しなくていいです、本当に詳しいので……」

「それをさあ、チートにも適用すべきでしょ?」

「あっ……!」


 女神が目を丸くして口を覆った。


「知識って、知ってるだけじゃだめなんですよ。使うべきところに使わないと」

「あー……!」


 女神は感心し、何度も深く頷いた。

 よほど感銘を受けたらしい。


「では、チート能力は転生してあなたの自我が目覚めてから選ぶということで。しかも三日以内なら……」

「三日?」

「い、一週間以内なら、チート能力をチェンジできることにしましょう……!」

「凄い」


 悠人はぱちぱちと拍手した。

 女神も、明らかに得意げに胸を反らしている。


「うふふ。それほど凄くもありませんが……」

「いや、これは凄い。なんかもう、後光が射して見える」

「うふふ。女神ですから後光などはよく背負っています……」


 こうして条件が決まり、柚木崎悠人は異世界へと転生することになった。

 悠人と女神は、別れ際に固い握手を交わした。


「これからは、チートは三つでチェンジOKが業界のスタンダードになると思いますよ」

「そうかもしれません。貴方に会えてよかったです、……えー……と」

「ハルトです」

「はい、貴方に会えてよかったですハルト。行く先に祝福のあらんことを……」


 悠人を見送った女神の顔には、仕事をやりきった者にのみ浮かぶ、とても爽やかな笑顔があった。



 その後の柚木崎悠人は異世界にて、チェンジ可能な三つのチートをフル活用して滅びの定めを覆した。

 さらにその世界に技術革新を起こし、事業の立ち上げにも成功し、瞬く間に上場入り。数年でグローバルスタンダードを牽引する企業へと成長させたのだった。


 だが最終的に、スマホで希少竜ゴズンナルグウェルを撮影中に崖から転落して死んだ。

 彼が最後に所持していたチートは「無限充電どこでもWi-Fiスマホ」「超撮影」「全SNS適正」の三つだったという。




 奇跡的な確率で再び転生権に当選した悠人は、何もない真っ白な世界で女神と再会した。

 女神は見るからにゲンナリしていた。


「何故あのようなことを……?」

「いや、動画上げたらワンチャンバズるかなと思って……」

「もぉー! だから女神言ったでしょ! SNSにのめり込むのもほどほどになさいって……!」

「あははは、ごめんごめん。ところでさ、また転生するなら当然チートは三つでチェンジOKだよね?」


 柚木崎悠人は、さして悪びれもせずに契約条件を確認するのだった。

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