第2話

 零と初めて会ったのは高1の時だ。それは俺が初めて屋上の鍵を手にした時でもあった。


 屋上へ行くには、まず被服準備室の隣の扉を開ける。それは一見扉には見えないが、膝のあたりに小さな鍵穴がある。


 そこから十数段の階段を上り、建て付けの悪い扉を開けると屋上にたどり着く。


 まるで脱出ゲームみたいだと感動した。しかしそこには先客がいた。


 「あれ、もしかして片瀬 一歩はじめくん?軽音部の新入部員で、ドラムの上手な……ねえ、そうでしょ?」


 そいつの膝の上にはキーボードと真っ白な五線譜がたくさん散らばっていた。


 「あんた、だれ?」


 「俺は長途ながと れい。同じ1年で軽音部、といっても入部はしてないんだけどね。田中先輩に頼まれて、たまに作曲をね。」


 田中先輩は二個上で俺に鍵をくれた張本人でもあった。


 俺の返事を待とうともせず、長途 零はキーボードを弾き始めた。


 長い指がキーボードに触れた、その瞬間、俺は身体の芯からガタガタと震えてしまっているような錯覚に陥った。


 田中先輩はハードロックが好きだって前に言ってた。こいつが弾いているのは確かに先輩の好きそうな旋律のように聞こえるのに、ひとつひとつの音が、触れたら壊れそうなほど繊細に思えた。


 俺が黙って突っ立っていると、その音はやがて止まった。


 真っ白だった五線譜が色を持ち始めた頃には、空は赤く燃えていた。


 「俺と一緒にバンドを組んでくれ」


 無意識に口にした言葉に自分自身で驚いた。取り返しのつかないところまで来ていることに気づかないまま。

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