第6話 長男御曹司

 そして、迎えた土曜日の夜。

 私と慎吾が働いているビルの53階の高級レストランを貸し切って行われた例の婚約パーティーは、想像以上にセレブな世界だった。


 場違いだったのかもしれない。

 心臓に極太の毛が生えていてもおかしくないくらいに神経が図太い、そう自負する私が気後れしてしまうくらいに華やかな世界だった。


 慎吾と付き合わなければ来る機会もなかっただろう高級レストランにいるのは、見るからに高級そうな素材の華やかなドレスやスーツ、上品な和服を着た人たちばかり。


 何が違うって、もうオーラから違う。


 エメラルドグリーンのカクテルドレスに、同系色のきれいめなヒールをはき、髪も美容院で巻いてもらってアップにしてきた。


 マナーは守っているはずだけど、同じようなデザインでも、そこら辺のショッピングセンターで買ったワンピースと何万円もするようなブランドのワンピースでは全く違うように、やっぱり嫌でも値段で差が出てしまう。


 婚約パーティーなのに、金にものを言わせて結婚式以上の華やかさと高級さを醸し出し、庶民に疎外感を味わわせるなんて、全くセレブっていうやつは、これだから......


 うらやましいっ!!


「慎吾、やっぱり私場違いじゃない?

みなさん素敵な人ばっかりで、慎吾に恥をかかせないか心配……」


「そんなことないよ。真由が一緒にきてくれて良かった」


 立食形式のバイキングで内心高級料理を片っ端から食べたい衝動にかられながらも、慎吾の横でけなげな彼女アピールも忘れない。


「ほんと~? それなら良かった」


「よう、慎吾久しぶり。こっちの子は、もしかして彼女?」


 慎吾の好感度稼ぎをしていると、セレブ男性らしき人が薄笑いを浮かべながら、いきなり慎吾に近づいてきた。


 この人って、もしかして......?


「お久しぶりです、兄さん。......彼女は……、そう、だよ。櫛田真由さん。真由、僕の一番上の兄だよ」


 私を紹介する時に慎吾が一瞬戸惑ったのが気になったけど、予想通りお兄さんだったみたいね。一番上ってことは、今回結婚するお兄さんの方ではない方よね。


 お兄さんの方が見るからに御曹司という雰囲気で、隠しきれないデキる男オーラが全身から出ているけど、よく見たら慎吾と少しだけ顔が似ているような気がする。だけど、慎吾はお兄さんのこと苦手なのかもしれないわね。


 お兄さんがくるまでは穏やか笑っていた慎吾が、お兄さんが来た瞬間に顔をこわばらせたのが私にも分かった。


 まあいくら家族っていっても、金持ちだと色々ありそう。骨肉の争いとか、遺産相続でも揉めるっていうし?


「はじめまして、慎吾さんとお付き合いさせて頂いている櫛田真由と申します。

慎吾さんのお兄様とお会いできて光栄です」


 頭のなかでは勝手に色々なことを邪推しながらも、いつもの数倍よそゆきの声と笑顔でお兄さんに挨拶する。

 慎吾のお兄さんなら、将来の義兄になるのだから、点数稼いでおいて損はないわよね。


「はじめまして、真由さん。慎吾の兄の九条明です。慎吾の彼女がこんなに可愛い人だったなんて思わなかったな」


「そんな~、とんでもないです」


「君が慎吾と会う前に、会いたかったな」


「……兄さん」


「そんな顔するなよ。冗談だろ」


「どうだか」


 ずいぶん女慣れしてそうだけど、どうせ社交辞令よね。そう思って聞き流してたけど、ムッとしたように彼を咎める慎吾の肩にお兄さんが手を置くと、慎吾は嫌そうにそれを振り払う。……想像以上に険悪みたいね。


「邪魔みたいだから、俺はあっちに行くよ。

じゃあまたな、慎吾」


 取り尽くしまもないといった慎吾の態度にお兄さんは肩をすくめると、早々に立ち去ろうとする。


「今度は逃げられないといいな」


 しかし、去り際に慎吾の耳元で囁いたお兄さんの声が、隣にいた私にまではっきりと聞こえてしまった。なに、いまの?


 そのことに触れるべきか触れないべきか悩んだけど、あまりにも慎吾の様子が変だったので、思いきって聞いてみることにした。


「ねえ慎吾、大丈夫? ……聞いていいのか分からないけど、お兄さんと何かあったの?」


 急に口数が少なくなってしまった慎吾の顔を覗き込むと、慎吾は一瞬視線をさまよわせたあと、困ったような笑みを浮かべた。


「何でもないよ」


「そう? それならいいんだけど。何かあったらいつでも言ってね?

ね、ご飯食べにいこ」


 どう見ても何でもないようには思えないんだけど、今はこれ以上は深く聞かない方が得策ね。


 慎吾の手を引いて、料理をとりにいこうと明るく振る舞う。

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