第三話 明日を夢見て

「グレザさん!」


 仁王立ちで立ち塞がったグレザの口から腸線虫が潜り込む。

 それを見た鉄鬼衆達は、終わったかのように武器を収めた。


「皆、どうして……!?お願い、グレザさんを助けて!」


 塞がった目から涙を流し訴えるリィンの声に、側に居た鉄鬼衆は軽く答えた。


「ああ、隊長なら大丈夫だよ。この人は半端ないから」

「えっ?」


 言われて見ると、グレザは自分の口内に手を突っ込んでいた。

 そしてそのまま、勢い良く腸線虫を引き摺り出した。


「糞不味いんだよ蚯蚓野郎が!しばらく味残るんだぞこれ!」

「ええー!?」


 地下での特殊な食生活により筋骨の一部が金属で構成されて生まれてきた鉄鬼衆。

 その中でもグレザは体の八割が金属で出来ており、胃腸も当然のように金属である。故に腸線虫駆除には必ず鉄鬼衆第二部隊が当てられる事になっている。


「グレザさん……ごめんなさい」

「良いさ、次からは気をつけろ。それより邪魔者は片付けた。ここからはお前の仕事だろ」

「……はい!皆さんすいません、明かりを少し落として下さい」


 ほぼ完全な闇となった空間にリィンは立ち、目に巻かれた黒い帯を取り外す。

 その眼球には白目が無く、硬質な黒い硝子状の物質で構成されていた。

 彼女の目は生体眼より遙かに多くの光学情報を捉えるので、普段は目隠しをしないと眩しすぎるのだ。


「右側の岩壁、少し掘り進んだ所に鉄鉱脈があります。正面上部に生体反応……さっきの虫かも知れません。左側にラピスラズリ、そこからもっと奥に銅鉱脈、それから……」


 リィンが暗闇の中で、唄うように鉱床の在り処を見定めてゆく。

 彼女にとってはこの空間も星空のように見えるのかも知れなかった。


「あっ、あのずっと奥!この反射光は、水です!水源ですよグレザさん!」


 そう言って振り返るリィンの微笑みは、年相応の子供の笑顔だった。



「報告は以上となります」

「大儀であった。玉眼衆はあの娘で5人目だが、これほど洞窟探索に適性を示すとはな。彼女は今後も大きな力となってくれるだろう」


 グレザからの報告を受ける領主の傍らには、一人の子供が佇んでいた。

 耳が革の耳当てで塞がれており、その額には水晶のように煌めく角が生えている。


「……その子は」

「うむ、新たな子供だ。聴覚に極めて優れ、空気を震わせることで広範囲の音を聞き取り、また伝えることも出来る。玉眼の子と合わせれば、更なる成果を期待できるだろう」

「陛下」

「なにかね」

「我々は、これからのですか」


 グレバトスは質問には答えず、立ち上がり窓辺からの景色を見る。


「グレザ君、私はこの温かい光が好きだ。全ての臣民が一丸となり、一つの目標に向かって邁進するこの都市が。我々は諦めない。どんな事をしても、どうなったとしても、必ず」


 グレバトスが窓辺に立て掛けられた写真立てを、優しく撫ぜる。

 

「我々は、必ず約束を果たして見せる」


 豊かな自然に恵まれた城塞都市グリーンウェル。そこにはかつて、色とりどりの夢と未来があった。


 家族を幸せにしたい。国の兵士になりたい。大芸術家になりたい。商人となり世界に股を掛けたい。世界で一番強くなりたい。世界中を見て回りたい。世界中の人と友達になりたい。あの人と恋仲になりたい。我が子が一人前になるまで見守りたい。


 幻燈都市リディアにある望みはたった一つ。全住民が、全てを燃やし尽くす炎のように胸に掻き抱くたった一つの願望。


「必ずここから脱出して、太陽と月を取り戻す。あと少し、きっとあと少しだ。見ていてくれ、我が最愛の妻リディアよ」


 ◇


 突如大地に開いた「地獄の門」から多種多様な妖魔が溢れ出て周辺国家を制圧。

妖魔帝国リディアを形成して人類と戦端を開くのは、これよりまだ遠い未来のことである。


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幻燈都市リディア 不死身バンシィ @f-tantei

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