ツンデレちゃんと世話焼きくん

カレリア

雨の日にて


 「アンタの事なんて何でもないんだから!」

 「うん、知ってる。で、これ忘れ物」

 「えっ……あ、ありがと」


 朝の教室。ホームルームまでの短い時間を各自が自由に過ごしている中、二人の男女の声が響く。すると同時に、皆が呆れたように二人を見る。

 金髪ツインテールとコッテコテのツンデレのテンプレートみたいな美少女と、一見すると普通だけどよくよく見れば可愛げのある男子。この二人をクラスメイトが生暖かい視線を向ける。

 もはや恒例行事と化してだれも茶化さなくなったその光景。ここにきて、皆の視線を浴びてる事に、ツンデレと男子は気が付いた。


 「こっ、コイツの事なんて好きでもないわよっ!」

 「えっと、皆さん。すいません、うるさくして」


 創作物の中から飛び出たツンデレ娘よりも、よっぽどよく出来た男子がクラスメイトに頭を下げる。

 ここまでが一連の流れ。まあ、しゃーない。とクラスメイト達は考えているのか、愛想笑いを二人に向けるのだった。


 「っと、小学校じゃくてここは高校ですよ。何回言えばわかるんですか、もう」

 

 視線が向いていない事を確かめると、男子の方が妙に可愛らしくツンデレ娘を叱る。それが、不服なのか、ツンデレ娘は声を潜めて男子に云うのだ。


 「し、知らないわよ。第一勝手にアンタが私に世話掛けるのが悪いのよ」

 「意外と抜けてるから世話しないと、後々面倒なのが僕なんですよ」


 と彼はピョンと撥ねたツンデレ娘のアホ毛をぴょこぴょこと弄りながら言う。多分、ツンデレ娘以外にしたらセクハラだろう。

 でも、惚れれば気にしないのか、彼女は頭を机にうずめるとシッシと彼を追い払う。


 「……わかりましたよ。今度からは傘忘れないでくださいね」


 追い払われた彼は、まるでツンデレ娘の母親の様に云うのだった。



 (なによ、アイツ。私の策略妨害して何が楽しいのよ)

 机に臥せながら、彼女はブツブツと心の中で文句を垂れていた。

 理由は朝の事。彼女は天気予報で今日は午後から雨が降る事を知っていた。だが、あえて傘を持ってこなかった。

 理由は簡単。幼馴染と相合傘をさせるためだ。

 でも、その試みは見事に破壊された。

 今日が初めて、というわけではない。ここ十年、ずっとだった。

 何か仕掛けると、悉く彼は彼女の企みを粉砕するのだ。

 結果として、気を引く事は出来ても好意を向ける事が出来ないままだった。

 勿論、彼女だって言葉で、それも飾りも何もなしに彼に思いを伝えようとした事は何度もある、が。

 

 (声に出せない、出そうとすると無理って……はぁ、絶対嫌われてるわよ。私)


 声に出そうとすると、声帯が素直に働いてくれないのだ。

 つまりまあ、身体は素直になれないツンデレ娘だった。


 

 (ちゃんと自立して貰わないと心配なんですよ、僕は)

 

 授業中、スラスラと先生の問いに答えるツンデレ娘が視界に入った幼馴染の可愛い系男子はふと思った。


 (彼氏でも出来ても、ここまで抜けたたら多分呆れて直ぐに別れちゃいますよ。間違いないく)


 なんだかんだ言って美人さんなツンデレ娘は、男子からはモテる。

 だから、彼はよく聞かれるのだ。一体、彼女はどんな男子が好みなのか。

 一回気になって彼女に聞いてみた。すると顔面に座布団を投げつけて部屋から追い出されて、襖を堅く閉ざし籠城の構えを取った。つまりまあ、拒絶されたのだ。

 だから尋ねられたらこう返す事にした。


 「少なくとも、僕みたいな人はダメっぽいですね」

 

すると話を聞いていた友人はあり得ない物を見るような彼を見るのだ。

イマイチそれがわからない彼は、首を傾げるがなぜかそれに歓声が沸き起こった。


 (見てくれはいいかもしれませんが、彼女。面倒で意地悪っぽくてお子様で……あれ、どうして僕はここ十年一緒に居るんだっけ?)


 こっちは自分の恋心に気が付かない、鈍感さんだった。


 

 「あっ」


 午後の授業も無事終わり、下校時刻になった。昇降口の傘立てに刺さった自分の傘を手に取っていざ開こうとしたその時、傘にはパックリと穴が開いていた。

 これじゃあ意味がないと、彼は雨の中帰宅する覚悟を決めた。

 丁度その時――


 「もしかしてアンタ、傘壊れたの?」

 

 ツンデレ娘が彼の下に駆け寄る。手には今朝、あえて家に置いてきた彼女の折り畳み傘が握ってあった。


 「まあ、寿命だったから。中学から使ってたし、そろそろかなーって思ってた矢先に」


 彼はでろーんと垂れる敗れたナイロン生地を彼女に見せつけながら、軽く言った。


 「じゃあ……アンタが私の傘に入る事、許してあげる」

 「そうですか……って、へ?」


 顔を真っ赤に染めて、彼女は俯きながら言う。

 おもわず素になる彼がもどかしかったのか、ツンデレ娘はヤケクソな口調で叫ぶ。

 

 「い、いいでしょうが!私と入っても誰も文句は言わないわっ!」 

 「いや別に大丈夫でっ」

 「良いから入りなさいっ!」

 

 すると彼女は彼の胸倉を掴むと強い口調で彼に言いつける。

 本当はここまでする気は無かった。でも、彼女を押し付けるものがあった。

 ――このままじゃ、別の女に取られる。

 実際にはそんな事は余りあり得ない事ではあった。皆、二人がお似合いで有る事は十二分に理解していたし、ほかの女に尽くすような人間を彼氏にしたがる人も、居ないからだ。

 靴箱の影から二人のやり取りを眺める人影がパラパラとやって来る。だが、彼女はお構いなく彼の胸倉をつかんで問いかける。


 「良いから入りなさいっ!フニャちんが!」

 「は、はいっ」


 鬼気迫る彼女の表情と声色に脅かされながら、彼はウンと頷く。彼女は胸倉をつかむのをやめた。

 解放されて、一息つく間もなく、彼はツンデレ娘にドナドナ――手首を握られて牽引されて昇降口を後にする羽目になった。

 さて、二人が昇降口を後にすると、陰からやり取りを見ていた人々は異口同音に云うのだ。


 「「「あ~^^、濡れ姿拝めないのかぁ~^^」」」


 ツンデレ娘……ではなく、可愛い系男子の濡れ姿を拝みたがっていたのは、女子七割に男子三割と言った所だった。

 恋人にしたい。ではなく、小動物みたいで可愛いといった感情を彼に抱く女子は結構いるらしい。と彼自身聞いてはいたが、その言葉を疑っていた。

 結果は御覧の通り。ついでに男子にもそう思っている人が一定数いる。

 ……つまりまあ、彼は人気なのだ()。

 

 折角、好きな彼と相合傘が出来たものの、彼女はただ俯いて黙っていた。

 (絶対嫌われた……。終わった……)

 なんて心の中で絶望しながら。


 「いきなりは驚きましたけど、何だか落ち着きますね。これ」

 ふと、可愛い系で小動物っぽくて庇護欲を掻き立てられる彼(長い。以下、小動物男子)が、小恥ずかしい事を平然と言って見せた。彼にとっては、彼女は家族みたいなもの。

 だからこそ言えたのだろう。


 「あ、アンタがしたいならいつでもしてあげる、けど……」

 「えっと、ありがとうございます?」

 (何々何っ言ってんの私のバカぁっ!こんなの恥ずかしくて心臓バクバクよ。バクバクっ!それに恋人でもないのにッ!アンタ何言ってんの!口説いてるのバカぁっ!)

 

 感情の大河の堤防が決壊して、洪水を起こしている彼女だったが、俯いているから彼からはまるで表情を伺えない。

 だからか、彼はぽつりと呟いてしまった。


 「いつまでも、こうしていたいですね。……って、あ」


 ここで、ようやく彼は口説き文句である事に気が付いた。つまり――時既に遅し。

無意識に好きだったことに、今更気が付いたのだ。当然、恥ずかしくなって顔を横に向ける。何だかムズムズするのだ。雨にぬれても良いから出来れば、この傘からも出たかった。でも、それはできなかった。

 彼の制服の袖を、彼女が掴んでいたからだ。


 「……仕方、無いんだから」

 

 へそを曲げたような声で、彼女は応える。

 その表情は、下を向く顔のせいで、誰にも分らなかった。

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