五日目

 家に警察がきた。二人組の私服刑事だ。太った中年男と痩身の青年。良い刑事と悪い刑事だろうか。玄関先で母さんと少し話すと、そのまま立ち去った。太った方と一瞬、目が合ったような気がした。目つきがナイフのように鋭かった。あれは警察官に許されるものじゃない。ひょっとして組織の関係者だろうか……。まぁ、組織なんてものが本当に存在すればの話だけど。


「最近、物騒な事件が多いでしょ? 刑事さんが注意するようにって……」


 母さんが力のない表情で言う。


「ふーん。警察も大変だね」


 オレは適当な言葉を返す。


 もし、あの男達が警官ではなく組織の関係者だったら、家族に迷惑をかけることになる。ここにはもういられない。その時は逃亡を考えるべきだろうか。


 馬鹿らしい考えに囚われつつあるのは自分でも分かっている。分かっているけど、ここ数日で常識外れの体験を散々した。どんなに馬鹿らしく思えても、警戒するに越したことはない。正直、オレはもう何を信じればいいか分からなくなっていた。


 逃亡、か。心の中でその言葉を小さく繰り返す。


 今にして思うと、オレはここじゃないどこかにずっと憧れていたのかもしれない。

 家族を人質に捕られたからとはいえ、化学の命令に黙って従っていたのも、あいつなら、オレをどこか遠い場所に連れ去ってくれると心のどかで期待していたからなのかもしれない。


 いや、それだけじゃない。他にも理由があったはずだ。

 忘れちゃいけない約束があった。そのことだけは覚えている。約束の内容は覚えてないのに、忘れたことだけははっきりと覚えていた。


 そのことを考えると、オレはひどくもどかしい気持ちに襲われる。

 オレは深呼吸を一つしてザワザワと波打つ心を落ち着かせた。


 まずは化学に連絡だ。今後の相談をしよう。結局、頼れるのはアイツだけだった。

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