【転】キノコパワー

ミハイル・ジーフェナー『Beschwörungen』より抜粋


 凍れる星ユゴスからミ=ゴが地球に持ち込んだその生物は便宜的に“不浄のキノコ”と呼ばれるが、地球上の基準で言えば動物とも植物とも判ずることはできない。不浄のキノコは人間に寄生し、胞子をばら蒔いて繁殖する。だが、寄生と浸食が末期の段階に進むまでは、寄生された人間もその本来の外見を失うことはない。ただしその段階でも精神的な侵食は進んでおり、じめじめした場所に居たがるようになり、口数が減って、また不安や焦燥を覚えるようになる。

 最終段階においては、被寄生者はグロテスクな菌塊のような姿に変じ、胞子を撒き散らして新たな犠牲者を増殖させる。

 当初の寄生から最終段階に至るまでの期間は、

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 私たちは半分、同棲しているみたいな暮らしを始めた。彼はノートパソコン一つ広げれば仕事ができるらしかった(詳しいことは理解できそうもないので聞いていない)し、私は私で、何泊も彼の部屋に入り浸ったところで心配する人もいないのだった。


 そんなこんなで、あっという間に一か月が過ぎた。なお、その間、彼の車で移動するのを除いてはずっとお部屋でイチャイチャ(隠語)である。お外でデートらしきことはまったくしていなかった。というか、したくない、この頭で。


「帽子でも被って出かけたら?」


 と彼は言ったが、私は何故かそれには物凄い心の抵抗を感じた。言葉ではうまく説明できないのだが、とにかくそうしたくないのだ。


 近頃、私はシャワーを浴びることが多くなった。日に五度、六度、それも日増しに増えていく。別に自分の体に穢れを感じるとかではない。風呂場に居たいのだ。しっとりしていて、落ち着くから。


「最近、あまり喋らないね」

「……」

「大丈夫?」

「ぎゅっとしてくれたら……大丈夫……」


 彼はそっと、しかし力強く私を抱きしめる。


 キノコを頭に生やした女の子を、優しく愛してくれた私の大切な恋人。


 本当は、分かっていた。自分に残された時間は、最初から長くはなかったということを。


 せめてわずかな時間の間、記憶に蓋をして、


 人間の真似をして過ごしていられるようにしたのは、


 この私自身なのだから。


 彼が抱きしめてくれたその腕の中で、高野珠美の体はがさりと崩れ、キノコの嚢腫の塊へと変じ……などというと、古典的な特撮ホラーめいていていいかとは思うのだが。現実には、そうはならない。


 なぜって。


 私は、“不浄のキノコ”に身体を乗っ取られたキノコ人間でも、ましてやシャッガイの昆虫に心を操られた昆虫人間でもなくて……


 私は……


「珠美?」


 珠美の肉体から、キノコてきな何かがポロリと取れて落ちた。それと同時に、その肉体から急速に生命が失われていることに彼もすぐ気付いたようだった。何かを叫び、大慌てでスマホを取り出して、何処かに掛け始める。まあ、救急車だろうけど。


 自身は医者でもなんでもないが、医者がちゃんと調べればそうまもなく気付くことだろう。


 その肉体が、いや、厳密にはその脳だけが、既に死後実に一ヶ年以上を経過したものであるということに。

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