1話その2

俺の名前は田中真侍たなかしんじ、会社内での一人称は僕だが普段は俺なので俺のまま語らせてもらいます。


俺は今日から大手企業エデンコーポレーションに新しく作られた動画広告編集課の課長として本社勤めするのだが、不慮の事故で初日で4時間も倒れてしまう。


目覚めてすぐに仕事を始めたのだが、いきなり大きな問題に当たってしまった。


三人全員が大学生で動画編集の初心者であったのだ。


しかし、それぞれに差はあった。


まず動画編集の本に目を通しながらパソコンを操作している表情の硬い男、切矢宙きりやそら大学三年の二十歳である。大学の講義の一つで動画を作るといったものがあったらしく、所々忘れている節があったものの基礎はそれなりに出来ている。


眼鏡をかけて黙々と作業をする目つきの悪い女の子、副山彩愛ふくやまあやめ大学一年18歳。彼女は全くの初心者だったのだが、本を一通り読むとすぐに作業に取り掛かった。おそらく学習能力がかなり高い子なんだろう。


そして出社前に声をかけてくれた右目が隠れた男、榴咲士りゅうざきあきら。彼は本を一ページ足りとも読まずパソコンを操作し始めた。しかし真侍が全員の様子を見に周ると、彼はゲームをしていた。


さすがの真侍も彼を叱り、「やる気が無いなら帰れ!」と言うと。


「もうここで出来ることは多分無いんでお言葉に甘えて帰らせてもらいます。あと、シフトの決め方とか決まったら連絡ください」と何の負い目も無く言うと、そのまま出て行ったのだ。


そして士が出て行き気まずい空気の中時間が過ぎていった。


空気が重いせいか時間の感覚が麻痺しそうな中、突如彩愛と宙が席を立った。


二人はテキパキと荷物を直すと颯爽と部屋を出た。

真侍はいきなりの出来事に戸惑ってしまい、声をかけることすら出来なかった。


「もう帰宅時間なのか」と疑問に思い、パソコンの画面下を見ると18時47分と微妙な時間だった。

さらなる疑問が出てきた瞬間、真侍のパソコンにたった今メールが届いた。


「誰だよこんな時に…」


真侍は疲れと苛立ちが合わさった声を出しながらメールを開いた。


差出人の名前は[桐谷次郎きりたにじろう]、件名には[お疲れ様です]と書かれていた。


「本日のお勤めご苦労様です。かなり問題のある彼らですが、仕事に対しての熱意は本物です。これまでの仕事内容は彼らの口から聞いてください。」


と本文に書かれてあったが、差出人を見た真侍は全身が硬直しており内容が全く入らなかった。


何を隠そう[桐谷次郎]という者こそエデンコーポレーションの社長だからである。


タチの悪い悪戯かもしれないし、2人が帰った直後にメールが届いたのも怪しかったが、一応内容に目を通した。


真侍は今日はもう帰っていいのと3人のことを心配するのはわかったのだが、これまでの仕事内容という文章に疑問を感じた。


彼らは編集作業は今日から始めた全くの初心者なのにこれまで仕事が出来たとは思えないからだ。


「まぁ今度出勤した時に聞けばいいか」と真侍は納得すると、帰宅の準備を始めた。




午後7時過ぎ、士はスーパーの前で携帯の会話アプリを使用していた。


彩愛「狙われている人の見張りは八割型出来ているらしい」


宙 「異世界転生者が来たと感じた地点付近は士の自宅から近いはずだから、士は転生者の捜索を頼む」


士 「スーパーで半額になるのに20分くらいかかるんで、もうちょっと待ってくださいm(_ _)m」


彩愛 「本気で言ってる?」


宙 「本気で言ってるか?」


士 「冗談ですの!」


宙 「ですの?」


士 「すみません誤字りましたすぐ行きます」


士は深くため息をつくと、駐車している白いバイクに乗り暗い夜道へと駆り出した。


「さてと…勤務開始だ」




午後8時過ぎ、真侍は街亜区駅を降りた。


今日の仕事は早く終わり、会社も駅に近いとはいえ電車に乗っている1時間弱は座席に座れなかったのは少々辛かった。


真侍は明日の朝食べる物を買いにコンビニへと入った。


真侍は手頃な値段のパンを手に取るとレジに向かった。


隣のレジに少ししわが入った女性が酒とタバコを購入していた。


真侍は缶ビール一つで酔い潰れる程弱いので、軽々と酒が買える人はとても羨ましく思っている。


会計を済ませると、真侍は自宅のマンションへととぼとぼ足を進めた。


先程の女性も同じ道を歩いていたので、多分同じマンションなのであろう。


真侍はそんなことを考えていると女性とほぼ並走しながら自宅へ到着した。


二人はエレベーターへ入り真侍が自分の階のボタンを押したが彼女は操作ボタンを横目に確認したが押さなかった。


エレベーターが止まり、扉が開くと2人はそそくさと出て行った。


ここまでは何の変哲もない内容だが、エレベーターから出た先の曲がり角を曲がると真侍は足を止めた。


全身に白い鎧を着け、凛々しい顔と見惚れる程美しい金髪が春風で靡いていた。


正にザ・女騎士を現したような人物が廊下に立っていたのだ。


あまりにも非現実的な人物が目の前にいたため、真侍と女性は唖然としていた。


女騎士はこちらにすたすたと歩いて来た。


二人は上手く状況が飲み込めず呆然と立ちすくしていると、女騎士は剣を抜きこちらに向けてきた。


「答えろ、貴様が古沢典良ふるさわふみよという者か?」


「え…?はいそうですが…」


女騎士の恐喝に近い質問に女性は戸惑いながらも答えた。


「そうか、貴様が古沢典良か…我が勇王の名により貴様の命をもらう!」


「え?」


女騎士の言葉に古沢さんは言葉が出なかった。


真侍は全く状況がわからないまま呆然としていたが、女騎士の言葉から殺気を感じると古沢さんの手を引っ張り走り出した。


後々何故彼女を助けたのか考えたのだが、体が勝手に動いたとしか考えられなかった。


女騎士は真侍のことが眼中にも無かったのか、一瞬同様したもののすぐに追いかけて来た。


真侍の頭の中は無我夢中で逃げたが、すぐに追いつかれてしまった。


しかも最悪なことに階段なんて普段使わないためエレベーターの方へと向かってしまい追い詰められてしまった。


誰がどう見ても絶対絶命のピンチ。


「これでもう逃げられんぞ…!」


女騎士は2人に向かって剣を振りかざした。


真侍は死期を悟り目を閉じた。


しかし、痛みは全く感じなかった。


「おい起きろ!異世界転生するにはまだ早いぞ!」


だが、そんな疑問を考える間もなく目の前から声が聞こえてきた。


真侍は恐る恐る目を開けると、女騎士よりも信じられないものが写っていた。


灯りは無く近づかれていたため鮮明に見えなかったが、闇に溶け込むような真っ黒でスリムな光沢のある体と耳、それと対照的な生々しい手と足元と関節部、今にも食べてきそうな鋭い牙と宝石のような黒くて神秘的な目。


ざっくりと例えるならば真っ黒な鎧を身に纏った人間サイズの蝙蝠の化け物である。


「ギャアァァァァ!!!」


真侍は反射的に悲鳴を上げた。まぁ目の前に化け物がいれば誰だって多少なり驚くはずだろう。


「あーはいはいそういうリアクションもう慣れてるから」


蝙蝠の化け物は若い男の声で呆れていた。


真侍はその声に聞き覚えがあったが、またも考える暇を与えさせてくれない状況であった。


「貴様ぁぁぁ!」


蝙蝠の化け物の背後から女騎士が声を上げながら剣を振りかざしていた。


「危ない!」と真侍が声を上げようとした瞬間、蝙蝠の化け物はすぐさま振り向き、女騎士のみぞおちを殴り後方へと飛ばした。


「店長、あのテンプレ女騎士は俺がボコボコにするから気絶してるその人連れてどっか安全な場所に隠れてて!」


蝙蝠の化け物は真侍の方を向きながら冷静に話すとよろめきながら立とうとする女騎士の顔面に蹴りを入れ、マンションの外へと投げ飛ばした。


真侍は見た目も行動も悪役そのものだが、助けてくれた蝙蝠の化け物を信じてみることにした。


とりあえず自宅に匿おうと気絶している古沢さんの肩を持ち通路へと出た。


すると蝙蝠の化け物が強面の男性にペコペコ頭を下げていた。


「お前こんな時間に騒いで馬鹿なんか!えぇ!?」


「すみません!本当に申し訳ございません!」


「今忙しいから許してやるけど、次騒いだら背中の羽もぎ取ってやるからなぁ!」


強面の男性は蝙蝠の化け物に怒号を浴びせると勢いよく扉を閉めた。


化け物に全く驚かない男もどうかと思うがペコペコ頭を下げる化け物は全く絵面に合わなかった。


蝙蝠の化け物は真侍に気づくと「いってきま〜す」と小声で言いマンションの外へと出た。


「一体なんだっんだあれは」


真侍は一気に押し寄せて来た情報量に考える気を無くし、とりあえず古沢さんを自宅に運ぶことにした。

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