第6話

「おーい、こっちこっち」

 俺は凛ちゃんの家族とともに遠方にある有名なお寺にやってきた。本殿の上に見晴らしがよく、景色も綺麗な場所があるらしいのだが、そこにたどり着くには長い階段を上らなければならない。凛ちゃんの両親は行くことを諦め、二人で上っているのだ。

「柳ずるいよ。浮いてるだけじゃん。私がいないとどこにもいないくせに」

「確かに、凛ちゃんがいないとどこにも行けない。だが、今俺は凛ちゃんより前にいて、早く上っていることもまた事実。俺だって引っ張られるときはあまり疲れないけど、こうやって自分で進んだら疲れるんだよ。つまり凛ちゃんは今自分の実力で負けてるってわけだ。ププププ。ダサいなぁ、本当にダサい。いつも俺に散々言ってるくせにこの様か、ハハハハハ。」

「くっそ!柳になんて負けてられるかぁぁ!うぁぁぁぁぁ!」

 そう言って凛ちゃんは駆け出した。

「ちょ、いきなりはずるいって!俺も負けてられるかぁ!」

 ハアハアハア。へとへとになった俺たちは階段を上り切ったところで倒れ込んでいる。息が整ってきたところで凛ちゃんが言う。

「やっぱり柳はまだまだだね。私に勝つなんて100年早いんだよ」

「くっそ!なんか普通に悔しいんですけど。なんで負けるんだか…。ってそれにしても噂は聞いてたけどすごい綺麗だね。こんな高いところまで来てたんだ」

 その場所から見下ろした景色は美しかった。向こうで夕日が真紅く空を染めていて、ネットでたまに見る夕日の写真みたいで自分の目でこんなにも綺麗な景色を見たのは初めてだ。

「本当だねぇ。すごいきれい。あーこんなの見てると言い合ったり、考えごとしてるのがバカバカしくなるや」

「だな」

 どれくらいの間その景色を見ていたのだろうか。自分を忘れて何かに惹きつけられるのはこの身体になってから初めてだ。なにがそんなにも俺を惹きつけるのだろうか。まだ俺は自分の記憶を何も思い出していないのに。

「柳、いつまでボーッとしてるつもり?確かに綺麗かもしれないけど、ここまで来たんだし見て回ろうよ」

 そうだった。凛ちゃんの言う通りだね。せっかくあの数の階段を上ってきたんだ。見て回ることに損はない。

 振り返ると本堂よりはずっと小さなお堂があった。俺はなぜかこのお堂の方が本堂よりもいいと思った。

「あ、お堂がある。本堂よりも小さくてかわいい。私はこっちの方が好きだな」

「お、奇遇だな。俺もそう思った。凛ちゃんと同じこと考えるなんて成仏作戦のとき以来じゃないか。こんな縁起のいいことはないだろう。ここは縁結びとしても有名らしいからな。せっかくだし参拝しとこうよ。俺たちの縁が切れて、俺がちゃんと成仏できますようにって」

「えー、柳といっしょかぁ。まぁいっか、今回くらいなら。いいよ。やろやろ。早く柳には成仏してもらいたいしね。参拝の決まり事覚えてる?さっきは住職さんが教えてくれてたのに全然できてなかったじゃん」

 俺たちは社の前に並ぶ。やっぱりお寺にはなにかがあるのかな?すごいオーラ的なものを感じる気がするよ。

「今回は覚えてるよ。合掌、一礼、お焼香だろ!だけどここにはお香ないから仕方ない。合掌と礼だけになっちゃうな」

 俺たちは作法をしたあと手を合わせて目を瞑る。

 どうか、成仏できますように。そして俺がいなくなったあとも凛ちゃんが楽しく過ごせますように…。

 しばらくじっとしていたが痺れを切らした凛ちゃんは動き出す。

「いつまでそうしてるの?柳が終わるの待ってようと思ったんだけどもう我慢できない」

「ごめん、ごめん、ボーッとしてたよ。あ、見てよ。奥に道が続いてる。行ってみようよ」

「えぇ、もう疲れたよ。はぁ、そんな目で見ないでよ。まぁでもせっかくここまで来たんだし行ってみるのも悪くはないかな」

「よし!なら行こう」

 俺たちは木々に囲まれた道を歩いていく。自然の様々な音が聞こえる。もう夕方だし、木があって辺りは少し暗く感じる。だけどワクワクする。この先には何かがある気がする。何も分からない、ただ気がするだけ。

 その道を歩く。木々に囲まれていたのが一転、突然景色がひらけた。野原が広がっている。その奥の眼下には街が見える。夕日に照らされてその全てが美しいと感じる。

 凛ちゃんが大声を出す。

「うわぁ!すっごい!さっきとはまた違った感じだ!」

「そうだね……」

「ん、柳、やけに静かだね。どうかしたの?」

「いや、なんでもないよ。ハハッ」

 俺は乾いた笑みしかできていなかっただろう。俺はこの景色を知っている。なぜだろう。何の記憶も持たない俺だが、この光景を見た事がある気がする。

 記憶を頼りに動き出す。だけと少し進んだところでもとの場所に戻された。

「柳何してるの?一人じゃどこにもいけないでしょ」

「凛ちゃん!俺について来てよ。行きたいとこができた!」

「ちょっ、何それ。その勢い怖いよ。いつもの柳らしくない」

「いいから、いいから!俺、ここに来たことある気がする!見たことある……」

「そうなの?!」

 俺を先頭に隅にあった小道を進んでいく。俺は無我夢中だった。ずっと分からなかった何かが分かるのかもしれないと思うと進みが止まらなかった。

 すると、お墓が見えてきた。多くの石造りの墓が並んでいる。そこは墓地だった。だが俺は知っている。この墓地も見たことがある。何かゆかりの地であるはずだと思った。多くの墓地が並んでいるのに自分でも分からず体が動く。迷路みたいな道をまるで決められた道のように進む。

 凛ちゃんは何も言ってこない。状況が分かっているからなのか、分かっていないからなのかいつもうるさい彼女が無言でいる。

 俺は立ち止まる。そして目の前にある墓を見る。

「柳家之墓」

 もしかしたらと思っていたが、本当にそうだった。

「ここが……」

「もしかしてこれって?……」

「そう、俺の………墓。多分だけどね」

 ここが今の俺が唯一覚えてる場所でルーツだ。どんな理由で死んだのか分からないけど俺の身には何かがあったのだろう。

「柳これからどうするの?何かが変わるの?」

「さぁ、どうなんだろうね。俺も分かんないや。ハハッ」

 すると俺の体が薄まってきた気がする。俺は理解した。

「凛ちゃん。どうやらここがゴールみたいだ。俺は自分の死に場所を探してた。いやもう死んでたんだったね。成仏する場所を探してた。フフッ、今思えばここはベストなのかもしれない」

「え、なんで!急すぎるよ。そんなの嫌!こんな別れ方は嫌!なんでよ。もうちょっと一緒にいてよ」

「どうしたんだよ。凛ちゃんらしくないな。そんなに俺と離れたくないの?」

「うん、今は嫌。まだまだ先だと思ってた。今でも思ってる。嘘だよね!私はまだ柳といっしょにいたい!半年くらい一緒に過ごしてすごい楽しかった。いつかはいなくなる約束をしてることも知ってる。だけど私はまだ準備できてないよ。柳も急だと思うでしょ!」

「ああ、そうだね。俺もこんなに急にこんなことになると思ってなかったけど、俺はもう十分だなって思える。嫌われてると思ってた凛ちゃんにこんなにも一緒にいたいって言ってもらえてうれしいよ」

「うっ、ゔー。グスッ!」

「おいおい、そんな泣かないでくれよ。凛ちゃんが泣いてたら俺まで悲しくなっちゃうじゃないか。凛ちゃん、人はねみんな死んで自分の帰る場所に帰っていくんだよ。俺みたいにここに留まってることの方がおかしいことなんだよ。だからいなくなる。俺も凛ちゃんと一緒にいて楽しかったよ。何の思い出もなかった俺に思い出をくれたんだ」

 俺の体はどんどん薄れていく。

「そんなこと言われても全然分かんないや。」

「そんなこと言わないでさ、俺たちの唯一同じ目標がもうすぐ達成しそうなんだ。そんな顔しないでよ」

「そーだよね。分かりたくなくても今こうやって起こってるんだもんね。柳にはわたし勝ちたいから泣かないよ。生きるってこんなに楽しいんだって羨ましがらせてやる!フフッ」

「そうだよ。その意気だ。君らしくなくっちゃ……」

「………」

 俺たちの空間に沈黙が流れる。その間も俺の姿はどんどん薄れていく。

「見た感じもうそろそろだね。それじゃあ俺は気持ちよく成仏することにするよ。ありがとう」

「うん、こちらこそありがとう」

 そうして俺は凛ちゃんがその後どうなったのかも分からない。

「凛どうしたの?元気ないみたいじゃない。上で何かあったの?」

「何もないよ、お母さん……」

 いつも隣にいたうるさい柳。隣にいる間はずっと早くいなくなれって思ってたけど、いざいなくなってみると悲しい。バカで変態で変なヤツだったけど、悪い人というか幽霊ではなかった。これからはずっと一人なのか。一人ってこんな気持ちだったんだね。

 私の帰路はとても暗い道のりだった。

 家に帰ってきてもまだ何もする気になれなかった。

 ガチャン 部屋の扉を開けると私は驚愕した。そこには忘れもしないヤツの姿があった。

「あ、あの今更こんなこと言うのもなんなんだけど……なんだか戻ってきちゃったテヘ」

「テヘじゃないでしょ!私の感動の気持ち返してよ!こんなのこんなの……やっぱりいないほうがよかったぁぁぁ!」

「凛ちゃん、俺と一緒にいたいんだろ?よかったじゃあん」

「うぁぁぁぁぁぁあ!やっぱりいないほうがいい〜」

 俺たちの日常は続いていく。果たしていつまで続くのだろうか…。

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幽霊の柳くんは成仏したい 柊 吉野 @milnano

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