コントロール メカ

「よし、午後はスラスターユニットの使い方だ。さてリュウ、スラスターユニットとはなんだ?」


 昼飯のハンバーガーを二つ食って腹が脹れた関係で服が少しキツく感じていた頃だ。シミュレータに乗る前にミヤさんからそんな質問をされた。


 俺の知識だとスラスターユニットとは戦闘機のエンジンに似た円筒型のスラスターにそれを覆うように板状のパーツが付き揚力パーツになっている。イメージは長方形のパーツの中を抜いてそこにスラスターを突っ込んだ感じ。加えて戦闘機の尾翼のようなものが付いている。そんな感じのものが腰に装着されている。スラスターユニットは全力で駆動させれば機体は音速は余裕で超える。大まかにはこんな感じだろうか。


 そんな感じの事をミヤさんに答える。


「まあそんな感じで良いかな。早速実践しよう。まずは重力下での操作から。操作は知っているとは思うけど一応指示は出すからな」


 俺はシミュレータに乗り込み、ベルトを留める。ミヤさんの手で既に起動はされているようで、すぐに声が聞こえてきた。


『ここからはスラスターユニットの機能もオンにした状態だ。操作は知っているな?』


「はい。右のフットペダルですね」


『そう。左はまだ気にしなくて結構だ。君は船乗りだろう?知っての通り船と同じように最初はゆっくりと出力を上げていくのがセオリーだ。最初から一気に踏み込んでも急加速するだけで特に問題は無いし、むしろそれが楽でいいが最初だからな』


「了解」


 俺はレバーを握りそっと右のペダルを踏み込む。車と同じ感じだ。するとヒィーンと甲高い音が聞こえてくる。知識によると吸気音だそうで、さらに踏み込むと吸気音よりもスラスターの音の方が大きくなっていく。

 徐々に振動が大きくなってタイヤがあったのなら既に動き始めているだろう。


『よし、そこまでなったら思考制御でスラスターユニットの角度を下向きに変えるんだ。さらに一歩前に踏み出せ。そうすれば一気に加速する』


 言われた通りに俺はスラスターユニットの角度を下向きに変え、午前中の教習の通り一歩前に踏み出す。

 踏み出した足の振動が伝わる前に機体は前に飛び出していた!


 シミュレータとはいえモニターの景色は目まぐるしく動き、リアルな振動が伝わってくる。


「うわっ!?」


『焦るな。ペダルの踏み込みを抑えて角度を調節しろ。知識の中にはどうある?』


「そ、速度が乗ったのならばスラスターの角度を地面に対して平行に近くし、自身が制御可能な速度を維持せよ……」


『そうだ。速度が乗って機体が浮遊状態にあるのだからスラスターの出力は抑えても問題は無い。まずは機体の制御に集中しろ』


「了解……」


 ペダルをゆっくりと戻して速度を抑えた状態を維持する。ビビったりで足がプルプルしているが何とか耐える。


『よし、速度は現在250kmを維持。そのまま次は補助ブースターの訓練だ。そのシミュレータの元になった機体はFS-15。一世代前の連邦軍主力機だ。現在はラムとか言う愛称の機体だったか。まあいい。その機体には腰のスラスターユニットに加えてふくらはぎに当たる部分に補助ブースターが一機ずつ存在している。それを使って地面スレスレを飛んでみろ』


「地面スレスレを?」


『そうだ。補助ブースターで浮力を維持しつつスラスターユニットで推力を維持するんだ。足を地面に付けた状態で滑るように移動するんだ』


「なるほど……了解」


 とりあえず補助ブースターを起動させる。出力はほぼ一定に設定されているから操作はほとんど気にする必要は無い。補助ブースターのおかげで少し速度が上がったが、それを今回は浮力に使用する。

 体勢を地面に対して平行に近い状態から垂直に近い状態、立っている状態に変えて足を地面に近づける。


「お?おお!」


 てっきりすぐにコケるもんだと思ってたけど違うらしい。モニターを見るとスラスターユニットは主に推力と浮力維持の補助の両方を維持する役目、補助ブースターは浮力を維持する役目のようだ。そしてスラスターユニットは角度を変えることで推力のみに変更出来、つまり補助ブースターだけでも機体を浮かせることは出来るようだ。


『言い忘れていたが、移動を止めると補助ブースターでも機体の浮力維持は出来なくなる。前に進んでいることが重要ってことだ』


 だ、そうだ。さすがに何トンもある巨体をふくらはぎの補助ブースターだけで浮かべることは出来ないと思っていたけどやっぱ無理か。


『よし、操作は出来てるみたいだから今からしばらくは自由に操作してみてくれ。そのためのシミュレータだからな』


 ミヤさんからそう指示を出され、俺は「了解」と返す。

 よし、とりあえず速度を上げてみるとするか……




『ここからは無重力下での操作についてだ。重力下とは違って空気抵抗が無い分スラスターを付けっぱなしだとどんどん加速して仕舞う。さらに加速したならば減速にもそれ相応の時間がかかる。それを覚えておけ』


 だいたい十分くらい自由に操作した後、ミヤさんから次の教習についての説明があった。同時に映像も宇宙空間のものに切り替わる。本来なら俺の身体は浮き上がるのかもしれないけど、無重力下でも腰に着けているベルトで留められているから不自由はしない。


『あと、ヘルメットを被ってくれ。視覚情報を目の前の映像から戦闘機の本来の方法に移行する』


「了解です」


 椅子の脇にに置いてあったヘルメットを被ると自動でスーツと接続し、気密が保たれる。その頃にシミュレータ内の映像が消える。……が、俺の目の前には外の映像は映されたままだった。


『映像は映っているだろうな?』


「はい。これが噂の?」


『ああ。本来の思考制御システムだと思ってくれ。制御システムの一環の網膜投影ディスプレイ。戦闘機のメインカメラやセンサー類から得た情報をリアルタイムで映し出す戦闘機を操縦するためには必要不可欠なシステムだ』


 そう説明するミヤさんの声は少し興奮しているように感じるが、聞いて実際に体験している俺もかなり興奮している。かがくのちからってすげー!


『よし、気を取り直してだ。さっきも言ったように宇宙空間では抵抗がないから止まらない。その事を考えて操縦してみてくれ。では普通に直進から』


 ここら辺は船の操縦と同じだ。グウィバーで目覚めた時には船の操縦に関する知識は頭の中にあり、加速と減速についても理解していた。それを戦闘機に当てはめると?


 同じようにペダルを踏み込む。さっきとは違い引っかかりもなく滑らかに進んでいく。一切の障害物が無いから揺れることも無く、宇宙空間を想定しているからか、微かな振動以外伝わってこない。


『よし、そのまま一気に加速してみろ。ベタ踏みして大丈夫だ』


 ベタ踏みかぁ、車に乗ってた時もやってみたく無いと言われたら嘘になる。まあここじゃそれが許されるわけだし……

 一気に踏み込むと、それに応じるように背中が一時的に押し付けられるくらいの加速が来る。まあシミュレータだからそれっぽくしているだけなんだろうけど……


「ははっ、こりゃ凄い」


 速度は既に時速1000kmを超え、音速に迫る。宇宙空間での移動は宇宙船クラスだと音速は余裕で超えないと困るが、戦闘機はせいぜい音速の数倍程度で十分だそう。


『重力下……というか大気圏内での速度は時速250kmから800kmといったところだけど、宇宙空間だと実質無制限になる。まあ重力が無いからね。加速をし続ければの話だけど』


 まあそうか。でも止まれんだろうし、そこまで加速することは無いだろう。


『よし、次はターンだ。多分予想よりも簡単に出来るだろうから気を付けて』


 簡単に?

 そう思いながらとりあえず右に曲がることを意識する。すると、スラスターの出力が調整されてカーブを描き始めた。速度が出ているからかなり大きなカーブだが、しっかりと曲がっている。同じように左カーブを意識するとやはり曲がる。

 うん、歩くよりも簡単だ。


『驚いただろう?宇宙空間ではコンピュータが姿勢制御スラスターの操作を含め細かな制御を担ってくれるからカーブは操作が少ないんだ。上昇下降も同じだ。今日はもうそれしかやらない。指示を出すからその通りに動かしてみてくれ』


「了解です」


 初めて乗るメカ……戦闘機のシミュレータ教習はあっという間に時間が過ぎ、いつの間にか夜になっていた。


 俺は食堂では無くテラスに出て夕食のサンドイッチを食べていた。具材はBLTそっくりなもの。美味いぞ。多分我が家のアイアンくんとかのシリーズで作ったんだろうけど。


「メーデンとアンジュは仲良くやってるのかね……」


「おや、君の彼女かい?若いのにお盛んだね」


「ミヤさん……」


 背後から声をかけられたと思ったらそこにはラフな格好をしたミヤさんが立っていた。手には俺と同じサンドイッチを持っていた。


「違いますよ。うちの船のクルーです。片方はまだ小さいんでちょっと心配なんですよね」


「そうなのか。でも明日で折り返しだ。君も頑張れ」


「そうですね。うちのクルーのためにでもありますし、個人的なロマンもあるんで頑張りますよ……そういえばミヤさんはどうしてここに?教官用の食堂ありましたよね?」


「ああ、ちょっと話があってね。どこか人がいないところと思ったけどここなら大丈夫か」


 話?それに人がいないところ?それに相手は教官?おいおい、ちょっとロボゲーからエロゲに変わっちゃうけど大丈夫?


「先程、私が帝国の産まれだと話しただろう。そのことだよ」


 ああ、こういうのって大抵話されないパターンだけどちゃんと話してくれるんだな。


「確か戦闘機で走った時の話だね。まあほぼ自己語りになるんだけど……当時私は軍属で戦闘機の中隊長を務めるほどだったんだ……」


 そこからミヤさんが話し始めた内容は凄まじいものだった。


「連邦に来て驚いたがこちらでは奴らの情報はほとんどと言っていいくらいに入ってこなかった。それだけ私たちが構築し続けている絶対防衛線が成功しているということなんだけどね」


 奴ら?絶対防衛線?帝国じゃそんなものが存在しているのか。まるで何かから常に侵略されてるみたいだが……


「その通り、侵略されているよ。いや、彼らにとってはただ自身の生息域を広げているだけなのだろう」


「つまり生き物なのか?」


「生き物ならどれだけ良いか。炭素系なのは確かだ。ただ、生物として持つべき器官はほとんどない。捕食用の口だけさ」


「戦闘機で戦うほどの相手ってことか。ミヤさん、それはなんだ?にわかに信じ難いことばかりだ」


「そうだね。そう思うのも無理はない。……まずはこれを見てほしい」


 そう言ってミヤさんは持っていたタブレットにある映像を映す。

 映像は粗く、ぶれている事からかなり厳しい地域で撮影されたのだろう。


 だが、その撮影地が何なのかはすぐにわかった。

 調節されているのか小さくなっているが、連続する銃撃音、何かとてつもない重量物が迫ってくるような鈍い音、風を切る戦闘機、そして映り込むナニカ。


 それは紛れもなく戦場だった。


「奴らの名はグライド。それも正式名では無い。奴らとの戦いが始まってもう戦域全て含めれば数百年になるだろう。それでも私たちは奴らのことがわからない。わかっているのは炭素系の何かということ、そして食性だ」


 食性?襲ってくるってことはやっぱ人間か?

 続けるミヤさんは苦々しい表情だった。戦場にいた頃を思い出しているのだろうか。


「奴らの主食は鉱物だ。特にマグマ。星の血液と言うべきものだ」


「生物……とかじゃないんですね。意外です」


「さあな。奴らはなんでも食らう。ただ優先度が鉱物からと言うだけだからな。元々は帝国に併合される前の国家が星の奥で閉じ込められていた奴らを目覚めさせてしまったんだ」


 目覚めさせるって地下に居たものをどうやってだ?どこぞの怪獣映画みたいに地中掘りまくってたらぶち当たったみたいな?


「記録によれば最初期は帝国の同盟国に権利を委任した深宇宙にある惑星の鉱石採掘から始まったらしい。中空の特殊な衛星で採掘と調査が平行して行われていたそうだ。それで……」


「その中空の所にいたのがそいつらだったってことですね?」


「その通り。その後の調査でわかったが、中空の理由はそいつらが食い尽くした後だったんだ。国が採掘していたのは奴らが手を出していない表層部のみ。言ってしまえば箱を開けてしまったわけだ」


 おお、そんな言い方がこっちにもあるんだな。地球風ならまさにパンドラの箱なんだな。


「帝国が観測した限りではその星以外で奴らは観測されていない。もちろん見つかっていないだけでどこか未知の場所で繁殖している可能性もあるが、我々を襲っている奴らは皆その星が原点となっている」


 そこを叩くのは……無理だな。絶対防衛線と言ってるくらいだ。相当の量が襲ってきているはずだしその星の位置も謎だ。ワープなんかを駆使すれば叩くことも出来そうだが……


「既に何度も中枢を叩く作戦は行われたよ。属国を巻き込んでそれこそ国家を壊滅させるレベルの大艦隊を組んで叩きにいった。だけどね、軍の損耗率四割……軍は事実上の壊滅だよ。奴らはただ外部に小さな卵を放出するだけで一つの星を支配下に置いてしまう」


「侵略と言うよりは本当に繁殖だな」


「ああ。巣が一定以上に成長すると外部への大規模進行か、卵を放出する」


 ふむ、まるで蟻みたいだ。確か蟻も巣が一定以上に成長すると女王蟻がいくらか同族を率いて新たな巣の場所を探す……って習性があったはず。あれ、外に出るのは女王だけだっけ?まあいい。


「その卵ってのはなんなんだ?」


「そのまんまだ。直径は数十メートル。内部には小型種が詰め込まれている。外殻があって、それは大気圏を降下出来るように耐熱性がある。ただ、熱に強いのは外側だけだ。それを利用して宇宙空間を移動している間に軌道上の設置砲台を使い少しでも外側を剥がして大気圏に突入する時の熱で卵の着弾を防ごうとしているんだ」


 そう言うミヤさんの顔は呆れ気味である。きっとダメなんだろうな。


「防げているのか?」


「全体の10%ってとこだね。そもそも巣の数が以上なまでに増えているんだ。卵の数だってどんどん膨れ上がる。絶対防衛線なんて敷いてはいるが、多分観測されていないだけで既に帝国内の衛星や小惑星は奴らの巣だらけだろう。それだけ奴らの繁殖能力は高い。……私はそんな所に学生たちと同じくらいの年齢の時に居たよ」


 帝国はそれだけ追い詰められているのか?学生くらいの年齢と言うと正直わからないが、それでも……いや、学生出陣って可能性もあるか。俺がコールドスリープを受ける約百年前に起きた戦争では学生たちも徴兵の対象になったという。帝国でも同じことが?


「ああ、別に学生出陣とかではないよ。帝国ではそんなことは行わない。ただ、私の住んでいた星が違ったと言うだけさ。もう四十……いや五十年も前かな。戦闘機の性能も今よりも数段落ちている頃だ。私の星は奴らに一気に侵略されてね。卵が同時に二つも落ちたんだ。それに気づいた時には富裕層はすでに脱出して、残されたのは私含む平民のみ。当時私は学生で機甲科として勉強していた。兄の影響で、戦闘機関連の学校に入った。機甲科で扱っていたのは戦闘機を整備するための戦闘機……と思ってもらえればいい。私はそれを操縦していた。一応成績はかなり上だったからその機体もある程度は自分用に改造する権利もあった。普通はマニピュレータの反応速度を向上させたりとするけど、私は機動性を上げていた。使い道もないのにね。あとは訓練もしていたかな。自由に履修できる科目を使ってね。まあそれには理由もあって、私が入学する前かな。隣に住んでいた子が奴らに襲われて亡くなったんだ。逃げるルートの差でね。ただ、戦闘機が護衛についていて生き残った人もいた。だから復讐という訳では無いが、せめて後輩たちくらいは守れるようにとね。……その顔、なんで最初から戦闘機を専門に扱う学科に入らなかったのかって顔だね。簡単さ。受験学科を間違えたんだ」


 彼女は少し笑いながら懐かしそうに続ける。


「あの日もいつも通りに作業をしていたんだ。すると唐突にけたたましいサイレンが鳴り始めた。私はすっと背筋が冷えていくのを感じたよ。それは奴らがこちらに向けて進行しているという合図だったからね。一応規定では脱出に余裕をもって鳴るようになっているけど基本は間に合わない。なぜなら奴らは地上を進み、地下を進むからだ。地下にある資源を主食とするんだ。それくらい出来てもおかしくはない」


 そして彼女はタブレットに別の映像を映す。今度は映像は鮮明で、戦闘機が動き回るのが映っていた。そして蠢くなにかも。


「これが奴ら、グライドだ。幼虫みたいだろう?」


 画面がズームされ、そのなにかがよりハッキリと映る。灰褐色から白までバリエーションある色のそれはまるでワームの様で、頭と思わしき部分には目はなく、強靭な顎とその下には細かく動く何本もの太い足。後ろはほとんど引きずっているが、地面を叩くように高速で進む。映像がズームされてるだけかもしれないが、大きさが体高だけでも15メートルはあるように思える。形はまるでモスラだが、百倍そっちの方がかわいい。それに大中小といるようで、ミヤさんによると映ったデカいのが大型種だそうだ。5メートル事に分類分けがされているらしい。


「この大型種が一番多い。有力な仮説には、中型種と小型種は幼体と青年体なのではとある。大型種が成体なら納得できるよ。驚くべきはそれらの差じゃなくて成長速度なんだろうね」


「惑星間を超えての繁殖だけじゃなく成長速度も異常なのか……それに対して戦ってたミヤさんはすげえよ」


「ふふっ、ありがとう。私もよく生き残れたと思っているよ。話を戻そう。そうだ、サイレンだったね。私はサイレンが鳴った時、すぐに機体の中に入ったんだ。反射的にと言ってもいい。そしてこっそり武装して戦闘に備えた。今ならば絶対にそんなことはしないと言いきれるのにね。未熟な癖に戦列に並んだことは若気の至りと考えてくれ。……さて、長々話しても仕方ないから結論だけ言おう。幸いにして私がいた土地は奴らの進行ルートに掠っていただけだった。だから被害は少ない。戦闘はしたけどね。それで、その時の戦闘が軍の人の目に止まり、私は学生の身分ながら軍に入ったってわけさ。それともこの戦闘の話も聞くかい?」


「いや、さすがに遠慮するよ。冷えてきたからな」


 色々話したからな。一時間は経ったか?夜風が気持ちいい。


「そうだね。まあ私は元々帝国の人間で、戦闘機に乗っていて、軍に入ってからは中隊長も務めた。部隊は壊滅し、自分の機体も大破して、それを機に軍を退役し、縁があってここに勤めている。覚えておく必要もないけど、それくらいだ」


 部隊の壊滅?機体の大破?


「いくつかものすごく気になるワードがあったが……わかりました。明日もお願いします」


 そのワードについて質問できるわけでもなく、立ち上がり、去っていくミヤさんに俺はそう返すしか出来なかった。







「はぁ、私もどうかしてしまったのかね」


 彼女は自室で一人呟く。

 あの話はここに来た直後に一度だけした限りでそれ以来他人に話したことは無かった。だが、ついにそれを破った。自分でもわからない。話の流れというのもあったが、わざわざ話す必要のないことであった。それなのに話した。


 かなり一方的に自分語りをしてしまったが、彼は迷惑に思ってないだろうか。さっきは時間のおかげで自分語りを止めることが出来た。だけど、流れる水のように口から出てきて、あのままでは全て吐ききってしまっていただろう。

 だが不思議なもので話している時に一切忌避感などは感じなかった。情報提供のような形で話す時すら気持ち悪さを覚えるというのに。


 もう五十年も前のことなのに鮮明に思い出せてしまうからだろう。形状からして気持ち悪さを感じるのに、大型はその速度と質量でこちらを押し潰しに来て、中型種はその超硬質な顎と大きく発達した筋肉で戦闘機もろともこちらを噛み砕きに来て、小型種はその数と軽さを利用して高速で蠢きこちらに取り付いて動きを阻害する。数千数万とそれが襲ってくるのだ。まさに地獄と言うべき場所だった。当時の帝国にとって唯一の救いは敵の形状が同じということだ。これでさらに形状が大きく違っていたりしたのならばそれぞれへの対応に手を取られて押し込められていたかもしれない。


 だがそれでもギリギリだ。奴らはこちらを襲うが、その目的は食事または巣の形成だと考えられている。そして奴らの主食は鉱石などの金属。それに対応し軍の対グライド戦闘部隊の戦闘機……いや、最近の戦闘機はコストの良さも関係してほとんど同じになっているが、金属が使われているのは内部の基本骨格やジェネレータなどの駆動部のみで残りの装甲板などは樹脂や炭素系素材を用いて極力鉱石と呼べる部分を減らしているのだ。基本骨格ですらマイクロマテリアル合金という半樹脂半金属のような物質になっている。

 たとえそこまでやっても僅かな金属を求めてこちらを襲い喰らうのだ。当然全て。人なんてがあればラッキーなくらいだ。


 私の率いた部隊が私を残し全滅したあの戦い。あれに至ってはその食べ残しすらなかった。





 あれは五十年も前。戦闘機の性能は現代のものに比べ幾らかは落ちていた。それのせいにするつもりは無いけど、酷いものだった……




『隊長、東からグライド増援!大型種320、中型種2400、小型種不明!』


「構わん、撤退を続けろ!武装は捨てても構わない!」


『『了解!』』


『隊長、前方六千に大型種狙撃級1!』


「一斉射で殺せ!決して撃たせるな」


 ペダルや思考制御を駆使し機体を細かく動かし奴らの中を僅かに飛行しつつ報告を聞き即座に指示を出す。全員指示がなくとも動ける程に優秀だが今は隊を組んでいる。最低限の指示は必要だ。


 右手に構えた30mm機関砲が二十機もの戦闘機から同時に放たれ今にもこちらを穿とうとしていた狙撃級を穴だらけにしてその命を奪う。


 狙撃級はグライドの中でも特殊だ。ワームのような身体なのは共通しているのだが、頭部の額に当たる部分に10メートルはある角のような器官を持つ。尾のあたりから水を取り込み、さらにその角の部分から圧縮された水の玉を飛ばすのだ。たかが水の玉と侮ったらそれは死を意味する。グライドが分泌する粘液が混ぜられ空中でも拡散しない。さらにデコピンと同じ要領で放たれたその弾の射程は易々と数十kmを超え正確に戦闘機の装甲を破壊するのだ。それが平らな地上でさらに10km圏内に居るのだ。いつこちらが攻撃されてもおかしくは無い……ああ、間に合わなかった。一機落とされてしまった。


『……狙撃級殲滅、損害一機』


「了解。ルート変更無し。このまま南進し海岸線まで何とか到達する。南方展開艦隊とのランデブーを目指す」


 さらにスラスターの出力を上げ、大型種以外は弾の節約のために無視し、駆け抜けていく。


 そうして一時間後。あの後も複数の大型種との戦闘を経て部隊の残機数は五機にまで減っていた。幸い、現在地はグライドの大軍から外れていた。このまま何も無ければ生き残れる……はずだが、そうはいかない。


『隊長、本部より報告です……』


「どうした?」


 やけに弱々しい声音の副長に不信感を覚えた。


『この先15km先にグライドの大軍、数不明。進路は南方。このまま行くとぶつかります』


「くっ……」


 だが不思議だ。今までのグライドは全て内地、新たな巣を求めるか食料を求めるかでそちらに進行していた。だが今度のグライドは南の方面に進んでいる。そちらには海しかないというのに。


『隊長、まもなく粒子金属煙幕を抜けます』


「了解……粒子金属?」


 粒子金属煙幕はグライドに対して有効な兵装だ。粒子状態でも熱を失いにくいそれは熱を探知しまるでサーモグラフィーのような視界で前へ進むグライドにとっては全体が高熱の世界となりこちらの居場所がわかりにくくなる。また、グライドの主食でもあるので誘導にも使えるのだ。


「誰かこの辺り一体の粒子金属煙幕を張った者を調べてくれ」


 粒子金属煙幕は見慣れたものだが、この戦場だと何か引っかかるのだ。何故か南方へ向かうグライド。そちらには何がある?


 不安を拭えず進路を変えるかどうかまよう。しかし五機の戦闘機は進路を変えずに海岸へ向かい続ける。それが命運を分けたとはいっさい知らずに……


★★★★★★★★★★★★


次は17:00に3話投稿予定!

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