メカ イズ ア マンズ ロマンス

・俺



「……というわけなんだ」


「なるほど、てっきりロマンだけかと思ってたけど、脱出艇としての戦闘機保有か……確かに戦闘機能も有して、少なくとも私含めた三人は乗り込めるコックピットを持っている」


「その通りだ。参考までに一般的に使われている脱出艇の相場は五人乗りで1000万メル。でもここからさらに万一の武装や内部機能なんかを組み付けていくと1500万から2000万メルは超えるそうだ。だけど戦闘機は軍用モデルでも600万メル、フルオーダーメイドで組んだとしても1000万メルあれば相当のものが購入可能だ。もちろん、武装も込みでな」


「お金も潤沢……って訳でもないけど困ってはいないからね」


 アンジュは酒の入ったグラスを傾け、俺の持つタブレットに目をやる。


 今は恒例の晩酌タイム。メーデンは既に夢の中。で、話しているのは購入を考えている戦闘機について。俺自身の個人的なロマンもあるが、ちゃんと実用的な理由も存在している。


 まず戦闘機能。戦闘機と呼ぶくらいだから当然だが、宇宙空間での自由な戦闘が可能だ。物によっては地上での活動も可能らしい。

 次に収容人数。通常戦闘機は一人乗りだが、それはコックピットの椅子の数。実はコックピット自体には数人乗れるだけのスペースが存在しているのだ。それを活かさない手は無い。元々は様々な物を置くためのスペースだが、機体によっては物を置いても余りあるスペースがあるそう。

 そして生命維持機能。調べてみると基本的な脱出艇は船その物が生命維持機能を有した装置みたいなもので、中身の組み合わせによっては病院並の能力を有する。しかし、あくまでもだ。機能とかそういうの以前に船として相応のスペースが必要なのだ。エンジンや様々な機能。それらを合わせると数十メートルだ。

 ここで戦闘機と比較してみよう。

 武装……有り。生命維持機能……有り。必要なスペース……平均的な戦闘機のサイズ、約15メートル前後が格納可能なハンガー。そして脱出艇を上回る推進速度。


 おやおや。これは戦闘機で十分か?そう思ってしまうだろう。だがもちろん戦闘機にも欠点はある。

 まず推進力は宇宙船と同じだが、半永久エネルギー式だ。つまり使い方によってはガス欠が起こる。これが起こると、生命維持機能もかなり能力が落とされる。

 生命維持機能も戦闘機レベルなので最低限。脱出艇には及ばない。


 つまりどっちもどっち。デカさと機能を取るか、コンパクトと値段を取るかになる。


「なるほど、確かに悩むね。……ただ、医官としての私は脱出艇を推すよ」


「理由は……そうか。聞くまでもなかったな」


 彼女は姉を戦闘機で失っている。それがある種のトラウマになっているのだろう。彼女の表情はどこか影があり、まるで「同じものは見たくない」とでも言っているようだった。


「でも、それは私の心情では無く医官としての問題だ。一人の宇宙を往く者としては賛成だよ。船には格納庫も付けるのだろう?ならば有効だ。スペースをそこまで占有する訳でもなくそれでいて必要な機能はあるからね」


「と、言うことは?」


「君の言う理由にも納得するし、なによりロマンを追う人は嫌いじゃないよ。好きにすればいい。けど、資金はあるのかい?」


「ははっ、ベッティング・ガンズで数千万メル、船に使っても1000万は残るし、さらに情報料として数百万メルを貰った」


 俺は笑いながらアンジュにデバイスに表示された預金残高を見せる。


「ああ、そうだったね。コロニーから脱出したこと自体を依頼として、提供した情報を傭兵の結果として、それに対しての報酬。軍も太っ腹だね」


「もっと横暴かと思ってたな。まともそうで良かった」


 偏見だろうが、大抵軍の高官って横暴でアホというのが相場だ。だけど俺たちが会ったのは違ったみたいで、コロニーを襲った宙賊の制圧、俺たちの輸送と護衛、さらに情報と。随分まともな人だった。


「それじゃあ、この旅行から帰ったら一週間程留守にするわ。戦闘機の免許取りに行かなきゃいけない」


「そうなのかい?メーデンちゃんが悲しむよ?」


「必要な事だからな。仕方ない。それが終われば後は船の完成を待つだけだし」


 作業は始まったばかりだが、帰る頃には装甲板の貼り付けはいくらか終わっているだろう。その後は中身を入れて、武装とかの艤装を付けていく。それで半年。戦闘機の調達にも十分な期間がある。俺らの安全のためにも頑張ろう。

 ま、今はアンジュとの晩酌を楽しむとしよう。




 翌日。時刻は午前五時半。寒いぜ。だけどそれを耐えるだけのものが目の前に現れると聞いて、四時前起きして俺たちはここまで来たのだ。


「寒い……」


「これはちょっと舐めてたね。もう少し厚着を持ってくれば良かったよ」


 ははっ、まあ二人の格好は仕方がないな。メーデンはいつものゴスロリにコートを羽織った状態。アンジュもコートこそ羽織っているが、中は普段の格好……下着じゃないぞ。

 俺はいつものパンツァーヤッケに加え、冬用のコートにマフラーとちゃんと防寒している。それでも寒いけどな。


「リュウ……ここまで来る必要……あった?」


「絶景第一号だぞ?この季節のこの時間にこの山の頂上付近から南東に向いてれば麓の湖に朝日が反射して絶景となる。ほら周りにも人が来ているだろ?それだけ人気なんだろうな」


 俺たちが宿泊したコテージのある山からは少し離れているが、近くに車を置いてここまで数十分で登れる程度の山だ。日の出を見るならもっと見やすい場所があるみたいだけど、湖に反射するいわゆるの日の出を見れるのはここだけだそうだ。


 既に空はだいぶ明るくなっていてそろそろ日が昇る頃だとわかる。富士山のご来光こそ見たことは無いがきっとこんな感じなんだろうな。


「お、来るぞ」


 地平線が一気に燃えるように赤くなる。

 たった一点だが、一言で表すならこうだろう。


『真紅』


 と。


 俺はおもむろに水筒に入れてきた紅茶を飲む。

 冷えた身体に熱い紅茶が染みていく。

 薔薇に似た花の成分を抽出して作り出された紅茶で、色は真っ赤。透明度は高めだからそうでも無いが、ちょっと血にも見える。ちなみにメーデンはこのお茶は苦手みたいだが、彼女がいつものゴスロリで紅茶のカップを持って飲んでいる様子はとても様になる……日の出に戻ろう。


 周囲は薄紫と青なのに日のある部分は真紅で、真紅を覆うように微かな紫色がある。それがゆっくりと柔らかな陽の光で青は包まれ、湖に反射した光でまるで自分たちも陽の光に包まれているように錯覚する。


 ゆっくりとしているようでかなりの速度で陽は登り、すぐに地平線から半分が出ている。湖から反射する光は水面で乱反射してシャワーのようにこちらを照らす。

 

 さらに陽は昇り、燃えるような光は収まり見慣れた陽の光へと変化する。空も夜明けの神秘的な色合いからいつものリゾート地を覆う綺麗な青になり、一日を共に彩って行くのだろう。

 陽が出たことで気温は一気に上がり、コートだと少し熱い感じがする。


「リュウ、暑いの?本当に?」


 メーデンはコートを脱いでいつもの格好になる俺を見て目を丸くする。まあ彼女はミニスカゴスロリだもんな。生地はかなり丈夫みたいだけど、それでも地肌が露出している部分はある。そこが寒いんだろうな。


「陽が出てきたからな。それに元から結構着込んでたし。寒いならコート貸そうか?」


「大丈夫。もう帰るでしょ?」


「そうだな。このまま山下って……うん、街に戻って宿に戻る」


 今日と明日は暇だから帰りに昨日見かけた滝に寄っても良いかもな。

 帰りのルートを考えながら俺たち三人は周りの人に合わせて下山するのだった。





「ここか……」


 旅行から帰って数日。俺は惑星ルファ中心都市の郊外にあるとある施設を訪れていた。

 イメージ的にはデカいビルにある車の教習所だ。扱うものは違うけどな。ここで何をするかと言ったらただ一つ。戦闘機の搭乗免許だ。

 宇宙船と違って戦闘機には免許が必要だ。その特殊性もあるが、なにより扱い方を間違えると巨大な船すら沈められる。宇宙船も同じだが、大抵は何か重大な事故が怒る前に様々な人が介入出来るからポッドによる睡眠学習による講習で免許が取得できる。


 と、言うわけで俺は今後のために戦闘機の免許取得に来たわけだ。約一週間ずっと点滴とお友達にならなきゃいけないらしいが。少なくとも今日は寝っぱなしだ。


 宇宙世界なのに普通の自動ドアを通り中に入るとまるで病院だ。資料は読んでいたから知ってはいたけど、実際に見ると本当に病院みたいだ。受付とかそのまんまだもの。とりあえず入口で発券されている整理券を取って椅子に座る。アナログとは言うな。これが確実に順番通り進める方法なんだ。

 

「へぇ、ここって色んな乗り物の総合的な教習をやってんのか」


 デバイスでオンラインパンフレットを見ているとそんな情報が目に入る。俺が全三十階建てのうち、今いるロビーと職員用の階が下から五つ、宇宙船の講習用に二つ、戦闘機の免許取得用に五つ、旅行に使った車の免許の取得のために三つ、あとは宿泊用の部屋やそれに必要な施設が詰まっているらしい。


「今22番……俺のは45番……まだまだだな」


 銀行でも病院でも整理券は時間が掛かるのが常だ。予約して今日から教習のはずだったけどもしかしたら今日はこの待ちだけで終わるかもな。めちゃくちゃ混んでるし。椅子が足りなくて立ってる人もいるくらいだからな。もうちょい椅子増やしてあげて欲しいところだ。

 そういえばメーデンはいい子にしているだろうか。昨日の夜にこの教習で留守にすること伝えたらしばらくフリーズしてたけど。アンジュも居るから大丈夫か。


『……45番の方〜』


 スピーカーから少し疲れたような感じの声が響く。

 数時間待っただろう。半分寝ながら過ごしていたから聞き逃すところだったが、どうやらようやく呼ばれたようだ。

 俺は立ち上がり、スーツケースを転がしながら俺の番号が表示されているカウンターへ向かう。ああ、カウンターは銀行とかのものを想像してくれればいい。座っているのは多種多様な種族の方たちだけど。


「いらっしゃいませ。本日から戦闘機の免許取得教習を行われるリュウ様でよろしいですね?」


「あ、ああ。はい、身分証」


 俺は「どこで俺だと判断を?」と思いながらデバイスを操作する。


「お預かりします」


 眼鏡を掛けたおばさんに身分証を転送する。別に渡すわけじゃない。要はスクリーンショットだ。表面に描かれている情報が重要なのだ。


「……はい、ありがとうございます。それでは12階へお移動ください」


 あれ、これで終わり?こんだけ待たされたのにやったのは俺の身分証明だけ?


「わかりました」


 とりあえずそう答えて、館内マップを見ながらカウンターから移動する。建物は上に長いからそこまでフロアが広いわけじゃ無いみたいなんだけど、それでもかなり複雑だ。マップによると一番奥にまとめてエレベーターとかがあるらしい。

 近くまで来ると随分空いている。どうやら混んでいるのはあの受付近くだけのようだ。

 空いているエレベーターの待機列に並んでしばらく待つと、外が見えるタイプのエレベーターが到着する。



 この建物は海から少し離れたところに建っている。だけどこのエレベーターから遠くに少しだけだが海が見えている。確か俺はここに北上して来たからこの窓は南側なんだろうな。

 この星で数日過ごしてわかったが、この星系で言う太陽は観測データによると地球と同じように東側から昇る。それを基準にして方角は定められている。また自転方向が同じわけなのだけど、面白いことに実は一日の長さが違う。地球と比べるなら一時間半位だな。国としてもこれに対策はしているのだけど、詳しい話はまた今度。目的の階に着いたからだ。




 さて、またしばらく時間は飛ぶ。今の俺はポッドの中で横たわった状態だ。ちょうどアステールの手で目覚めた時と似ているな。ただ違うのは白と黒のゴムに近い素材のピッチリとしたパイロットスーツみたいなのを着ていることと、ついさっき首筋に注射を打たれたことだ。もちろん同意はしてあるぞ。予約の時点で同意するんだ。

 まあ何やるかはさっき言ったように今日は教習の前段階の睡眠学習。つまり無理やり寝かせて無理やり知識をぶち込むってわけだ。


 前者は辛うじて乳首が浮きでない程度しか厚みがなく、ヘソや筋肉くらいなら全然浮き出てしまう。というか、隣のヤツは三段腹が浮き出ていた……

 局部には貞操帯じゃないけどそれっぽいのがスーツ側に付けられている。このスーツは着る時はウェットスーツみたいに着る。ただそれだけだとダボッとした状態だから手首、または首筋、または腰にあるスイッチで動作し、空気圧でシワを取りつつ内部の空気を抜くのだ。この差は製造年だったり製造会社による違いだ。教習専用だから実際性能自体には差がない。ちなみに、このピッチリ度合いは男女関係ない。どちらも少しキツめに締め付けられているのだ。


 後者は戦闘機を動かすために必要なマイクロチップカプセルらしい。神経系に直結する特殊機械で、筋繊維による電気や脳波の計測などの機能を前者のスーツを合わせることで発揮する。思考制御が基本となる戦闘機には必須だ。データの送受信が可能だから今回の睡眠学習はこれを介してやるようだ。ちなみにこの教習の受講に10万メルが必要なのだけど、うち8万メルはこの機械の値段なのだとか。


 で、ポッドの中に横たわっているのだけど、少しづつ中にヒンヤリとしたジェルみたいなのが満たされ始めている。実はこのポッドに入った直後に酸素マスクとゴーグルみたいなのを渡されていて、今はそれ付けてジェルでポッド内が満たされるのを待っている。満杯になるまで十分くらい掛るって言われたけど、何とも不思議な感じだ。安全だとわかってはいるけど、液体が少しづつ上がってくる謎の恐怖感。

 水泳の経験あるからそこまででもないけど、そうでない人はかなり恐怖を感じるのかもな。


 そうしてさらに数分後。ついに全身がジェルに浸かった。同時に一気に眠気が襲ってくる。事前説明でジェルに身体が覆われたらマスクを通じて麻酔がされると言っていたどうやらそれのよう……だ。


 グゥ




 目が覚めるとそこは知らない天井であった。


「知らない……天井だ……うっ」


 頭が痛い……


 睡眠学習を行った直後はこのように頭痛がしばらくあるようで、さすがに今日は絶対安静との事。いつの間にか左手には点滴が刺されている。

 少し記憶を漁るだけで戦闘機の操縦方法から基本的な理論、法律までありとあらゆる事が理解出来る。言ってしまえば自動車教習の学科部分を全てぶち込んだ感じ。自動車とは何かって所から標識に道交法などなど。

 そりゃあ頭痛くなるよな。


 あー辛。今日一日乗り越えれば楽になるって聞くけど、どうなんだか……


 右手を見ると窓とその手前に机、そして食事が。食いやすいゼリー飲料みたいだけど頭が重くて動けないし、なにより腹も減ってない。入れなきゃいけないのはわかってるんだけどな。


 頑張って手を伸ばそうとすると、手に冷たいものが手渡される。逆光でよく見えないが、女性のようだ。


「初めまして新人君。私はこの教習期間に君を担当するミヤだ。教官なんて堅苦しい呼び方はしなくていい。ミヤと呼んでくれ。これからよろしく頼むよ」


「初めまして……俺はリュウ。よろしくお願いします」


「うんうん。礼儀正しいのはいい事だ。とりあえず今日はこれを飲んで休むといい。明日からハードにやっていくからね」


 ミヤと名乗る女性は丁寧に蓋を開けた状態でゼリー飲料を渡してくれる。取ろうとしていたものとは違って冷えていて、とても美味い。頭に当てると頭痛も少し和らいだような気がする。


「ふぅ……ミヤさんか。姿は見えなかったけど、声は優しそうだったな」


 彼女はいつの間にか居なくなっていた。顔も見えず、寝転がっていたから身長とかもイマイチわからなかったけど、美人さんだと期待したい。


 ……ふぅ、美味かった。


 まだ明るいけど寝るとするか……




 翌朝、俺はジムみたいな場所にいた。


「では改めて。今日から君の教習を担当するミヤだ。本名はいるか?」


「いや結構。俺はリュウだ。よろしくお願いします」


「うんうん、礼儀正しいね。傭兵なんだっけ?」


「はい。船長兼操舵士やってます」


 そう答えるとミヤさんは手元のバインダーに何やら色々と書き込んでいく。

 彼女は昨日の予想通り結構優しい人だった。身長は俺と同じくらいで、セミロングの茶髪の美人さん。宇宙世界だから様々な種族が居る。というか地球人類は俺の知る限り会っていないからこの人も何らかの種族なのだろう。普通の色白のお姉さんなんだけど。


「そして……まあ男性としても健全っと……」


 はい、すみません。ガッツリ見てました。


 だってミヤさんの服装さ、例のピッチリパイロットスーツなのよ。俺も昨日と同じピッチリパイロットスーツ着てるけど、ミヤさんの格好で今にもマイブラザーがグッドモーニングしそうなのよ。パーツの関係で出来ないけど。


 具体的に?

 なんというか、すっげーピッチリしてんの。すげーじゃないよ。すっげーなの。局部とかはパーツがあるけど、ヘソとかのライン見えてんの。あと乳袋なんて初めて見た。というかデカいの。おっぱいに貴賤なしと言うが、俺としてはアンジュのも好きだし、ミヤさんのも好きだ。話が逸れたが、メーデンと初めて会った時の服装にもびっくりしたけど、それ以上にピッチリだ。メーデンがエ○ァならミヤさんのはマブ○ヴだ。プレイしてた時の記憶が蘇るぜ。古いゲームだったけどストーリーがめっちゃしっかりしててな……おすすめしたら引かれたけど。


「まあ気持ちは分かるよ。じゃあなぜこの服が必要なのか、ってところから話そうか」


 ミヤさんによると、俺たちが着ているこのパイロットスーツは正式な名称として『身体に対し危険な負荷より機能保護の為の特殊装備』、通称:対負荷装備だ。まあ名前の理由は簡単。戦闘機というのは急加速や急制動、急上昇に急降下とどんな動作にもと付けられるほどに機動がおかしい。地球の戦闘機なんて目じゃない程に身体にはGが掛かる。この世界の生命体は俺のG型人類のように生まれた時に身体強化術が義務化されているから地球の生身に比べればいくらかはマシになっているが、それでも危険な負荷となる。イメージとしては今の状態で4Gまでは耐えられる状態。ここから合法薬物や訓練を通して戦闘機の機動に耐えられるようにするのだとか。

 というか、この俺のG型人類(現宇宙世界の住人と同じ身体)の身体は元よりこの薬物の使用を前提としているのだとか。理由は宇宙航行。地上から宇宙へ行くにも、宇宙から地上に降下するにも身体には莫大なGが掛かる。

 宇宙船が基本的な移動手段となっているこの世界。義務として生まれた時から施術されていなければそもそも生きていけないのだろう。


「他にも体温や心拍数なんかのバイタルの測定、筋肉による電圧測定、緊急時生命維持機能だね。他にも水分吸収での蒸れ防止とかあるけど、対G機能、バイタル測定、生命維持機能が搭載されてる装備だと思っていればいいよ」


「なるほど、ならなんでこんなにピッチリしてるんです?正直目のやり場に困るんですが。それに何か上に着れば良いのに……」


 実はこの辺りは昨日頭にぶち込まれた知識の中には無かった。本当に操縦の方法しか教えられていないのだ。正直、先に教えておいてくれた方が目のやり場に困らずに済むんだけど。


「ああ、それは対G機能とコックピットとスーツの接続の関係だ。スーツ側とコックピット側のコンピュータがそれぞれ計測する事でコックピット側の制御で締め付けることで血液の偏りを防ぐんだ。あとはさっきの蒸れ防止。これもパイロットの精神的な面で重要視されているんだ。まあ男性はともかく女性にこの格好は如何なものかと私も思うが……でも宇宙空間での緊急時での脱出服としても役に立つのだから文句は言えないな。そしてなぜこの上に着ないのかって事だが、なるべくコスト削減した結果だな。軍もカツカツなのさ。だから意地でも嫌って奴は上に着る。ただ、戦闘機は先の機能の関係でスーツのままが必須だから外に出る以外では上に着ないし、乗らない時はスーツはそんなに着る訳でもないから割り切ってるやつが多い」


 なるほどね。機能の関係か……

 上になぜ着ないのかは解決したけどこれが脱出服になるのか?


「緊急時の脱出服?専用のがあるんじゃ?」


「あるにはある。が、何時でもそれを持っているとは限らないだろう?それに着るのに時間が掛かる。重装備だからな。だからこの服さ。例えば惑星軌道上を常に回りつつけている学校施設があるんだが、そこの学生は皆常にこの格好だ。さすがに一枚羽織ったりはしているようだがな。理由はもちろん万が一のため。ヘルメットさえ被れば短時間なら宇宙空間で活動可能なこの装備を着ていれば事故が起きた時にも生存確率が上がる。そもそも訓練とかで本来の使い方をすることもあるのだけどね」


 なるほどね。でもその学校の生徒には同情するよ。特に男子学生。こんな格好してる異性がたくさん居たら日々の生活すら大変だろうに。ちゃんとした理由があるにしても正直やばいと思う。男女ともに色々心情は複雑なのかもな。


「さあ、訓練を始めよう。じゃあ今日は戦闘機の操縦方法から。この奥にシミュレータがあるからまずはそこに行こう」


「わかりました」


 さらに場所は変わってシミュレータの中。硬質な見た目で座面にクッションがされたマッサージチェアみたいな感じ。中にあるのはフットペダル二つに内側に少し倒れている操縦桿と思わしきレバー、そして数個のモニター程度。ロボットものなら絶対操縦なんて出来なさそうだ。ただ、このシミュレータに入る前にヘルメットを渡されたし、操縦桿にも幾つかボタンが付いている。それらを駆使するのかな。

 ……はい、実は全て知ってます。初見っぽい反応したかっただけなんです。


 とりあえず椅子に深く腰かけ、知識の中にあるようにペダルに足が乗っかるようにして椅子の位置を調節し、腰のパーツと椅子から出ているベルトを金具で留める。


 そこまでやった所で外にいるミヤさんから指示が入る。


『それじゃあ最初は私の方で起動までやるよ。あとヘルメットはまだ被らなくていい。前の壁に外の映像を出すからね。合図したらことを意識して。昨日の睡眠学習で既に知っていると思うけど思考制御は既に機能しているから、変な事考えると転ぶよ』


 音声が切れると同時に目の前の壁に外の映像が映される。シミュレータだから仮の映像というのはわかってるんだけどね。

 それに、知識とイメージじゃ全然違う。


『思考制御で歩くことを意識して……』


「歩く……」


 しっかりと前を見て、レバーを握りただ「歩く」ことだけを意識する。右足を上げ、前に体重移動し、そのまま降ろす。


 ズンッ……


 尻に響くような振動が来る。モニターを見ると、景色が少し前進し、明らかに一歩進んでいることがわかる。


『お見事。まさか最初から思考制御での歩行が出来るなんてね。じゃあそのまましばらく歩いてみて』


「了解です」


 歩く……


 ズンッ……

 感覚は掴んだ。どうやら姿勢制御とかはコンピュータかバランサーがやってくれるようで、俺は自分が歩くイメージを強く考えればいいだけだった。でもその「歩く」ことが結構早くにできたのはコールドスリープ前に見たとあるアニメの影響だ。まあシ○ジくんだ。ヘッドセット付けて「歩く」と考えたら動く人造人間。乗ってるものとか違うがイメージすることは同じなのだ。


『そろそろ止まって。次は走ること。まあ戦闘機ではあまり使わないけど、覚えておいて損は無い。現に私はそれで命を救われた』


「命を?」


『あー、……私は元々隣の帝国の産まれで、最初はそっちで仕事をしていたんだ。軍関係のね』


「軍関係で命ってことは内戦とかか?それとも帝国と言うくらいだし外国との戦争か?」


『いや、どれとも違う。帝国が帝国と呼ばれる所以でもあるんだが……長くなるから後で話そう。さて、次は走る訓練だよ。歩くことと似ているけど、動くのは生身じゃなくて機械だ。あえて言わなかったけど、本来の戦闘機には宇宙船の大気圏航行に使われる高度なバランサーが搭載されている。だからそうそう転ぶことは無い。だからと言って歩くと同じように走るんじゃダメだ。重要なのはイメージだ』


 なるほど。やっぱりバランサーあったのね。道理で初めてでも転ばないわけだ。

 

 気を取り直して、次は走ること。とりあえずまずは歩いてみて、そこから少しずつ加速していく。


 足を動かすペースを少し早めるようにイメージすると、振動の感覚が少しだけ狭まる。さっきよりは少し早くなったな。でもイメージはまだ競歩。走るというのは両足が一瞬でも浮いている状態のことだ。……よし。少し膝を高く上げて後ろに蹴るタイミングを早くする。俺の走るイメージというのはこうなんだけど……


 次の瞬間、モニターに映っていた景色は真っ暗になり、俺を強い振動が襲う。機体の状態を示すモニターには「横転」とあった。


『まあそうなると思ったよ。よかったよ、君がまさか戦闘機操縦の天才じゃなくて。……なるほどね。でもどんな考え方したかはわかったよ。なら改善点だけ言おうか。これはあくまでも機械だということ。重量があるんだ。それにバランサーがあると言っても限度があるからね。だから転んでしまったんだ。ただログを見る限り、勘は良いみたいだね』


 改善点になってるのか?

 でも反省すべき点は見えたな。ミヤさんの方で機体の状態はリセットされたみたいで今は地面に直立している状態。

 ふむ、機械だということ、それに重量……モニターを見るとパッと見この機体は重心が上にあるように見える。実際はバランサーと腰から伸びるスラスターユニットでバランスを取っていたりするのだけど、重量的に見たら上が重い。それに機械だから自分の身体と違って関節の可動域は見た目以上に狭い。足ならば膝はともかく足首は縦にはあまり動けないだろう。走る時みたいに足首は柔軟には動かない。


 ならば……

 俺はさっきと同じように最初は歩く。そこからまずは歩幅を広げ、歩く速度を早める。そして、腕を振り、少し跳ねるように機体を動かしていく。

 そのまましばらく維持したところでミヤさんから声がかかる。


『うん、まだ少し不格好だけどちゃんと走れているよ。普通はやらない部分だけど、覚えておいて損は無い。それじゃあ一旦訓練は終了だからシミュレータから出てきてくれ。この後昼食食べて、午後の訓練だ』


「了解です」


 俺は一息付いてから腰のベルトを外してシミュレータの外へ出るのだった。



★★★★★★★★★★★★★


もう1話投稿してあるよ!

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