須戸様、「今へと繋がる幼き日  小説版」

元作品はこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890211996


 私の母は何時も先を行く。私がどう頑張ろうとも母へ追いつくのすら難しい。


 幼い頃、母とよくデパートへ行った。

 母は大股でどんどんと先へ行く。小さな私はそれを必死に追いかけた。そして、小さな段差に足を取られ転んでしまう。

 痛みにうまく立ち上がれず私は「お母さん!」、と消えていく母の背に必死に叫んだ。母は気付かず、人の波が私を一人にした。

 心細さと、振り返ってすらもらえなかった哀しさにその場で泣き叫んだ。近くを通ったおばあさんが私を抱え起こし、迷子センターまで連れていってくれた。


迷子センターでも私は涙が止まらず、名前すら言えなかった。それが分かると、店員は質問を変える。

「いくつか言えるかな? 五つかな」

私は泣きながら首を横に振る。

「4つかな」

鼻を啜りながら私は頷いた。

「4つか。お母さん、すぐ来るからちょっと待っててね」

暫くしてアナウンスが流れた。

「お客様に迷子のご連絡を致します。赤い服を着た、四歳の女の子をお預かりしております。お心当たりのある方は、一階迷子センターまでお越しくださいませ」


 暫くしてアナウンスを聞いた母が私の元へ駆け寄ってきた。今考えればすぐ来たのだろうが、その時の私には長い間待たされたように感じた。そして、店員に頭を下げ私を引き取ると一言いうのだ。

「勝手にどこか行っちゃダメでしょ」

 勝手にどこかへ行ったのはあなたでしょうと言いたかった。しかし、喉が詰まり、言葉が出てこなかった。代わりに無言で母を睨みつけた。


 それから十数年間いろいろなことがあったが、母が私を待つことはなかった。

 なぜそんなに先へ行ってしまうのか結局、私は聞くことが出来なかった。

 母は私を置き去りにしてこの世を去る。ある日突然倒れ、私に何も言うことなくさっさと行ってしまったのだ。

 いつも私の先を行く人だったので、いつかはこういう日が来るだろう、と覚悟はしていた。それでも、少しくらいは待っていてくれても良いのではないかと思った。

 死をきっかけに幼い頃を思い出した。やはり母に置いて行かれることは辛い事だと感じた。今あの時のようにいくら叫んでも母に声が届くことはない。そして、あの時のように母を呼んでくれる場所も。

 けれど、母にもし伝えられるのであれば今度こそ私が言いたい。


 勝手にどこか行っちゃダメでしょ。

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