06●もう一つの月旅行。『月世界征服』のデン、デン、デンジャラスな能天気。

06●もう一つの月旅行。『月世界征服』のデン、デン、デンジャラスな能天気。






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 さて1950年当時の月面到達SFで、もう一つ欠かせない作品があります。


 ジョージ・パル製作の実写特撮映画『月世界征服 DESTINATION MOON』。

 1950年公開のアメリカ映画で、1951年アカデミー視覚効果賞受賞。

 月旅行をしっかりと科学的な視点で描いた、完成度の高い意欲作です。


 なんとこちらも、ハインラインが原作と、脚本の一部を担当。彼の処女長編であるジュブナイルSF『宇宙船ガリレオ号』(1947)を大人向けに翻案したものと考えられます。【ハヤカワ文庫SF『地球の緑の丘』1986 P407より】


 シンプルなストーリーです。

 どうやら他国の妨害工作によって失敗続きの官製ロケット開発に業を煮やした米国の実業家たちが立ち上がり、民間の独力で月ロケットを建造、月着陸に挑む……という物語。


 同じハインライン作の『月を売った男』(1950)と発表時期が重なることもあってか、内容にかなりの共通性が見出されます。



●月旅行のPRフイルム

 実業家たちを月旅行計画に勧誘する上映会が開かれます。それがまたアニメで、ハリウッドの有名俳優と称してウッディ・ウッドペッカーが登場。アニメの出来もなかなかのもので、このセンスはたいしたものですね。観客がみんな社長のおじさんたちで、揃って大笑いするところも、当時のアメリカの雰囲気なのかと。

『月を売った男』でも、PRビデオを制作しています。【デ262】



●実業家たちの発奮の動機は、赤いアノ国への恐怖心

 最初は、月着陸なんかなんぼのもんじゃい? ……と懐疑的だった実業家たちですが、主人公たちから、今のアメリカは宇宙からの攻撃に無防備である、どこの国が先に月をミサイル基地化すると思うのか? と殺し文句を突き付けられると一斉に立ち上がり、拳を固めて月旅行プロジェクトに賛同します。

 火つけ人の退役将軍なんか気の早いこと、一年で打ち上げると息巻いています。

 なんといっても1950年。ベルリン封鎖が終わった途端に朝鮮戦争が勃発した年です。アメリカでは“赤狩り”マッカーシズムの嵐が吹き荒れ、共産主義者と目された人物が次々と迫害され、恐るべき冤罪も発生していました。

 そのような社会背景のもと、天体間弾道ミサイルの基地として、それら仮想敵国に先んじて月面の占領が企てられたことになります。

 なお『月を売った男』でも、月に米国のミサイル基地を設置する構想に触れています。【デ260】



●ロケットの動力と乗員数

 船名は“ルナ”。

 動力は原子力。

 この点、『宇宙への序曲』『月を売った男』も同じです。

 にしても、どうやら、核反応で水を一瞬にして沸かして気化、圧縮してノズルから噴出するシステムらしく、つまるところ、フクシマ第一原発の建屋を吹ッ飛ばしたあの水蒸気混じりの爆発に似たものみたいですね。あのドカンドカンを連続して推力に変えるのでしょう。放射能、どーするんだか。

 ということで、のっけから凄いですね、打ち上げ基地は周囲の半径16キロは無人という荒野のど真ん中なのですが、周辺の街では核なんか許すまじと反対運動が盛り上がり、どっか南の島にとっとと引っ越してくれと嫌われる始末。ヒロシマから五年後の住民感情として、それも当然とは思われますが、主人公たちは、それなら今すぐ打ち上げちまおう! と即断即決……、これはやはり暴挙なのでは?

 乗組員は四名。実業家、軍人、科学者、技術者といった組み合わせで、当時のアメリカを牽引していた花形職種と言えそうです。


 ロケットは単段式で再利用可能なスグレモノです。離昇後はそのまま月へ向かい、月面に垂直着陸、そして垂直離昇して帰還します。

 プラモデルが市販されており、ペガサスホビーの製品は1/144サイズで長さは約30センチですので、リアルサイズの推定全長は約43メートル、1/350の製品は全長13センチなので約46メートル。まあだいたい50メートル弱ってところでしょう。

 無駄のない美しい紡錘形の胴体に、三枚の尾翼、そのうち二枚は大型で主翼を兼ね、帰途には大気圏に突入してから滑空し、スペースシャトルのように低空へ降下、最後はパラシュートで着地する計画のようです。


 で、いつ打ち上げたのか? 

 気になるところですが、作中の設定年代は明示されていません。

 ただ、画面の中にカレンダーが映り、6月の1日が火曜日もしくは水曜日に見えますので、それに該当する年代であろうと推測されます。

 6月1日が水曜日のカレンダーでしたら、1960年、つまり映画公開年の十年後という可能性があります。


 なお余談ですが、ルナ宇宙船の設計者たちの背景に航空機の工場が映り、そこに組み立て中で未塗装のロッキード・コンステレーションの機体が見えます。

 世界一優雅な外観の旅客機と讃えられた名機ですね。貴重なショットです。


 また研究室の窓越しに、ロッキード・エレクトラみたいな双発レシプロの小型旅客機がタキシングする姿も映ります。機首が魚雷型でなくブリストル・ブレニム風にデザインされているので、エレクトラではないかもしれません。ともあれ珍品の部類だと思います。これも1950年という時代を知る、貴重な場面。


 さて高性能な原子力ロケットのルナ号ですが、無重量状態で飛行している途中、乗組員が船体点検のため船外活動を行います。

 そのときクルーたちが履いているのが磁力靴。

 靴裏のマグネットでガチン、ガチンと船体表面を歩きます。

 え? 磁石がくっつくってことは……

 この宇宙船、鉄製なのだ。外板はブリキかトタンではないのか!

 凄いものを飛ばしたものです。


 最後にものすごく気にかかるのは……

 ラスト近く、諸般の緊急事情により、宇宙船のエアロックの船外扉の枠に、金鋸かなのこぎりでギコギコと溝を切り込む場面があります。

 そもそも月面まで金ノコなんぞを持っていく神経も凄いですが、この工作の結果、エアロックのドア受けの縁に幅も深さも1センチほどの溝が船外へ向けて穿たれたまま……

 宇宙船は月を離昇、一路地球を目指します。

 これってヤバい、すげーヤバい。

 このまま大気圏再突入したら、どうなるのか。

 あのスペースシャトル・コロンビア号の悲劇ではないか!?

 嗚呼、宇宙船ルナ号の運命や如何に!?

 気をもむ観客を前にして、画面には地球がググッと、どアップになって……

 ジ・エンドのマーク。

 心配だなあ。

 無事に降りられたかどうか、ルナ号の末路がとても心配です。

 そこんとこ、見せることなく映画は終わります。

 さすがハインライン、おぬし逃げたな……


 にしても、最新の原子力ロケットですが、大工道具であちこち修繕してしまう大胆さと言うか、無神経さというか、ズボラというか。

 そういえば、ハインラインじゃないですが、A・バートラム・チャンドラーの『銀河辺境シリーズ』の第一巻で、銀河を駆ける恒星間宇宙船の大事なところをハンダごてで修理していましたっけ。

 いやまあ、モノによってはアリかもしれませんが、そういったアバウトさが作品の楽しさでもありますね。なんかこう、DIYでトンテンカンとスターシップを作ってしまう感じって、とてもSFだと思うのです。


 そう、アニメの『NieA_7(ニア アンダーセブン)』(2000)、あの感覚ですよ。


 そんな、B級でデン、デン、デンジャラスな能天気。

 これもSFの楽しみの一つですね。

 いいんじゃないですか、おおらかで。


 コロナ禍で鬱屈する2020年の私たち。

 月旅行、なんて今更サビの浮いたネタですが、宇宙服を着たまま行けば感染の心配はありませんし、昔日の宇宙旅行、懐かしく振り返ってみてはいかがでしょうか。



                                 (了)






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クラークとハインラインが月世界到達レースを繰り広げた話。 秋山完 @akiyamakan

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