[9-3]王女、作戦を聞く

「それは、かなり困ったことになったな」


 クロにもう一度話してもらって一通り話を聞いた後、冥王竜はそう言って難しい顔をした。


 作戦決行は一週間後とか言っていられない状況だっていうのは、わたしでも分かる。

 ノア先生の命が危うくなりかねない事態だもの。

 だから、


「作戦を早めよう。城を取り戻しに行くのは明日にしないか」


 と、キリアが提案し始めてもあまり驚かなかった。


「アナタの意見には賛成だが、どうやって城に忍び込むつもりだ? ワタシはともかくアナタ達が兵士達の警備を突破できるとは思えない」

「たしかに俺や他のみんなは、ケイトみたいに忍び込むための技術スキルを持ち合わせてはいない。だけど、テレポートなら、誰にも気付かれずに忍び込めるだろう?」


 そっか。

 さっき考えがあるってキリアは言ってたけど、テレポートのことだったのね。

 魔法で移動するなら音もしないし、たしかに兵士達には気付かれないわ。


 わたしはそう思ってたんだけど、ケイトさんは違ったみたい。あまりいい顔をしなかった。


「それはそうだが、そもそもキリアもライもグラスリード城内に入ったことがない。テレポートは、行ったことのある場所でないと使えないのだろう?」


 えっ、そうなの?

 キリアを見ると、彼はケイトさんの目を見返してから頷いていた。


「うん、その通りだよ。俺やライのテレポートでは城への侵入は不可能だ。でも、冥王竜のテレポートなら可能だと思うんだよね」


 なるほど。たしかに冥王竜の使う魔法なら大丈夫かも。

 キリアやライさんの使うテレポートとは全然違ってたけど、一瞬のうちに森へ移動できたのだし。

 それにかれなら、きっと協力してくれるわ。


 期待を込めて冥王竜を見つめたら、わたしや他のみんなを見て本人(本竜?)はなぜかぎょっとしていた。


「え、俺?」


 なぜか戸惑い始めるかれにキリアが近づく。

 形のいい唇を開いて、彼はにっこりと微笑んだ。


「冥王竜、貴方はいにしえの時代から生きている竜だ。陸に上がったのが久しかった貴方でも、ファーレの森までテレポートで移動できた。であるならば、グラスリードの王城内へ俺達を転移させることも可能なんじゃないのか?」

「本当にあんたは目敏いな。前にも言ったと思うけど、あれはテレポートじゃないんだ。俺が使う魔法と人族が使う魔法は厳密に違っていて……、うん、そうだな。城の中へあんたたちを送るくらいなら、大丈夫か」


 深い深いため息をついて、冥王竜は最後には頷いてくれた。

 渋々折れてくれたという感じ。

 なにか心にかかっていることがあるのかも。


 そばで見ていたガルくんも同じことを感じたみたい。

 眉を八の字に下げて、気遣うように冥王竜を見上げて声をかけた。


「なにか心配ごとでもあるの? 冥王竜」

「心配事というか、俺達いにしえの竜はそもそも人族同士の争いや国のことには深く干渉できないんだよ。ティアかロディ、どちらかに手を貸してしまうと、それこそ統括者に処罰されてしまう。俺が手を貸せるのは、この島に根付く呪いの件のみなんだ。だから、ロディや狼達を侵蝕している呪いを引き抜くことはできるけど、それ以上は力になれないな」

「そっかあ」


 残念そうに声のトーンを落として、ガルくんはうなだれる。

 

 わたしの気持ちもガルくんと同じだった。

 恩人なのもあるけど、冥王竜のことは頼りにしていたもの。


「冥王竜、送ってもらえるだけで十分だよ。統括者の件は俺も把握しているし。そもそもロディの件は俺達人族の問題だ。こちらでケリをつけるつもりだから心配はいらない」

「そうか。俺としてもあんた達が解決した方がいいと思うよ」


 ホッとしたように、冥王竜は笑顔で頷いた。


 そうよね。自分の国のことは自分で解決しなくちゃ。

 わたしもキリア達に頼りっぱなしは良くないわ。


「さて、侵入方法については解決したね。次はグループ分けをしようと思う」

「グループ分け?」


 思わずオウム返しして尋ねると、キリアは頷いてくれた。


「そう。魔法で城に侵入すると言っても、中の警備はできるだけ薄くしておきたいからね。だから陽動するグループと城に侵入するグループを分けようと思っていたんだ」


 たしかにお城の中にも兵士達はたくさんいたわ。

 うまく入り込めたとしても、見つかってしまったらすぐに兵士達に捕まるものね。


「キリア、俺は城に侵入するグループに入るからな」


 続けようとキリアが口を開きかけた時、すかさずライさんが口をはさんだ。

 苦笑して「はいはい」と軽く頷きつつ、キリアは続ける。


「城潜入グループはクロと冥王竜は必須。あと俺と姫様、ライ、そしてケイトに加わってもらおうと思ってる」

「じゃあ、オレは陽動グループってこと?」

「お願いできるかな、ガルディオ。あとハウラとララに加わってもらおうと思ってる。あの二人はたぶん炎魔法が得意だし、目を引きやすいパフォーマンスができるって言ってたから」

「了解!」


 元気よく返事してるけど、ガルくんも協力してくれるんだ。光竜の巣穴でたまたま居合わせただけで、彼はグラスリード国民じゃないのに。

 本当に感謝だわ。


「ねえ、キリアのヒト! シロは?」


 テーブルに身を乗り出したシロちゃんは鳥みたいな白い両翼を広げた。

 え、とキリアは動きを一瞬だけ止めた後、首を傾げる。


「シロも作戦に加わるのかい?」

「うん! シロもリシャと一緒にひめさまを助ける!!」

「そっか。ええーと、シロは一応氷の魔物だからララと同じグループに入れられないな。じゃあ、俺達と一緒に城潜入グループに加わる? かなり大所帯になっちゃうけど」

「うんっ、加わるー!」


 シロちゃんは挙手して、今にもジャンプしそうな勢いで頷いていた。

 さっきリシャさんも一緒に、って聞こえた気がするのだけど……。

 大丈夫なのかしら。


「シロ、私はこの子らに加勢はしないよ? 傍観するって言っただろう?」

「ええー、なんでリシャ? 一緒に助けよう? シロはね、ひめさま助けたいの。だってシロとリシャを助けてくれたでしょう?」


 案の定リシャさんはかたくなに首を横に振っている。だけど、シロちゃんは折れなかった。


 背伸びして、ぐいっとリシャさんに顔を近づける。

 今にも顔と顔が触れそうそうな至近距離に、見ているこっちがドキリとした。


「ねえ、リシャ。シロと一緒にひめさま助けよう? リシャはひめさまたちが治める国を見守るんでしょう?」


 余裕の笑みをたたえていたリシャさんも、顔を引きつり始めている。

 一歩後ずさっても、シロちゃんがまたぐいぐい近づく。

 すごい。シロちゃんってば積極的なのね。わたしもあのくらいポジティブにならなくちゃいけないのかも。


 攻防戦は長くは続かなかった。


 ため息ひとつと共に、リシャさんは肩を落として頷いた。


「……仕方ないな。今回だけだからね」

「うん! ありがと、リシャ!」


 これでよかったのかな。少数の予定だったお城侵入グループも人数が多くなってるし。なにより、手を貸さないというリシャさんの信念を曲げさせてしまったんじゃ……。


 きっと、思ってることがそのまま顔に出てたんだと思う。

 リシャさんはわたしの顔を見るなり、苦笑した。


「この島をロディに明け渡すよりはおまえに託す方がずっとマシだ。だから、心配そうな顔をするんじゃない、姫。それにシロは力のほとんどを失っている状態だからね。シロが行くって言うのなら、ついて行かざるを得ないよ」

「——え?」


 それって、シロちゃんの魔物としての力がなくなってるってこと?

 リシャさんは人に、シロちゃんは氷の魔物のからだに戻るっていう話だったのに。


「ティア。今のリシャールはね、死んでしまった彼を俺とシロの力を使って蘇生させた形になってるんだよ」


 わたしの疑問を読んだのか、冥王竜が説明してくれた。

 リシャさんも頷いているから本人も同意の上なのかな。


「当たり前の話なんだけど、リシャールが死んだのはかなり昔だから、彼の身体はもう失われている状態なんだ。だから俺の冥王竜としての力と、シロが持つ魔物としてのほとんどの力を使ってリシャールの身体を造り、彼の魂をその中へ入れる儀式をしたんだよ」

「そういうわけだから、厳密に言えば私とおまえたちとは身体のつくりは違っていることになるね。まあ、今はそのことはいい。後で自分でも検証してみるつもりだし」


 口もとを緩めて、リシャさんはシロちゃんに手を伸ばした。

 細い肩を抱き寄せ、きょとんとする翼の女の子に視線をあてる。


「つまり今のシロは、何の力を持たないただの少女だ。できるのはせいぜい氷のつぶてをぶつけることくらい。シロが絶対について行くと言うのなら、同行して今度は私がこの子を全力で守るよ」


 そう言ったリシャさんのガラス玉みたいだった瞳は、とてもあたたかな光で満ちていた。


 もう彼は絶望の中にはいない。

 人に戻る儀式を経て、生きる理由を見つけたんだと思う。


 確証はなかったけど、わたしは顔を合わせて笑い合う二人を見て、そう思ったのだった。

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