第9話 いざ行かん、リザードの住処へ

(あいつら、一体何をしているんだ?)



 ダグは気づかれないように慎重に身を隠しながらその3人の男たちと”荷物”を観察する。

3人はお互いを罵りながら、袋から飛び出した暴れる”オレンジの鱗”の右手を踏みつけ、そして袋に蹴りを入れる。ダグはこっそりと様子を見ながら、心の中でそれぞれの男に長髭、顎髭、髪束と名付けていた。



「お前落とスナト言ったダロッ! 大セツな品物だゾ!」



「ウルサイ! 良いカラ早ク逃げるンダ!」



「……ハァ」



 口々に喚くその言葉。長髭が髪束を怒鳴りつけていた。顎髭はただただ黙り、長髭お怒りに飛び火しないようにしている。

何を言っているのか聞き取りづらい、だが何となくその言葉の抑揚などからおおよそ分かったことがあった。



(……隣のバムフォード人、か? どうして我が国の領地に)



 ダグはもう一歩でその3人を奇襲できる位置まで近寄るとさらに考える。

『天運が舞い降りたのか、はたまた凶事に巻き込まれたか』。今日の所はあくまでも蜥蜴リザード族を観察し、実際に言葉を喋れるのか? あるいは何か交渉ができる材料がないかを見に来ただけであった。しかし、幸か不幸か、蜥蜴リザード族の、おそらく幼子が隣国へと連れ去られそうになっているのだ。このことがきっかけで蜥蜴リザード族たちの歓心を買うことが出来るかもしれないという薄暗い考えもある。そうでなくとも隣国の人間がわざわざ国を超えてまで魔モノ狩りをしている真意を問いたださねばならない。



「……」



 ダグは足下に落ちていたこぶし大の石を拾うと、ダグから見て一番遠くに居る、荷物を持ち上げようとしゃがんでいた髪束の頭部へと投げつける。

石は鋭く真っ直ぐに男に飛んでいき、鈍い音を立てて男の額へと突き刺さる。石を当てられた男は荷物を持ったまま膝から崩れ落ちていく。残った2人は何が起きたのか一瞬分からなかったようであったが、すぐさま腰の剣に手を掛ける。だが、その一瞬が命取りであった。



「アッ!?」



 ダグは隠れていた所から飛び出すと、一番近い所に居た顎髭へと奇襲を仕掛ける。後ろから剣に手を掛けようとした顎髭の腕を取ると、そのまま後ろ手に組んで力任せに引き上げる。小気味良い音が小さく鳴ると同時に顎髭の右手は意志が無いようにだらりと垂れ下がる。

痛みでうめき声を上げる顎髭の首にダグは鋭い手刀を打ち据えると、顎髭は意識を失ったのかだらりと完全にダグへと身を預けた状態となる。ダグは腰からナイフを引き抜いて長髭を脅すために、顎髭の首元へと当てる。



「お前らの目的と所属、洗いざらい吐いて貰おうか」



「オマエッ!? ナンナンダッ!?」



「こっちの台詞だ。そこの蜥蜴リザード族を隣のバムフォードがわざわざこの国で攫う理由を教えて欲しいんだが」



「ヘッ!」



 長髭は腰の剣を引き抜いてダグへと向ける。そして一気に踏み込むとそのままの勢いで顎髭の身体ごとダグを刺突する。顎髭の心臓辺りを長髭の剣は貫き、すんでのところでダグは剣を躱す。

顎髭は血を胸と口から吹き出しながら地面へとゆっくり倒れていく。長髭は顎髭から剣を引き抜くと、その切っ先をダグへと振り抜く。ダグもまたナイフでその切っ先を受けると、つばぜり合いの形となる。



「ヘヘッ、オ前、モウ、死ヌ! 良いコト、教えて上ゲル。ワタシたち、上に言われて魔モノ攫ってキタ。タクッサン! 魔モノ、良いオカネ、なる!」



 長髭は剣を振り下ろした体勢で、一方でダグは片膝を地面につけた体勢でつばぜり合いになっていた。そのままで行けば、ダグは斬られてしまうのは目に見えていた。

長髭は勝ち誇っているように、ダグを見下ろす。だが、ダグはむしろ余裕すら感じられる表情で



「ほう? それは良いことを聞かせて持った。後でゆっくりと調べさせて貰おうか」



「ナニ、言ってるル?」



「……俺は徒手格闘を良く兵士たちにたたき込んだんだ。戦場じゃ武器を無くしても闘わなければならないときもあるからな。”獅子”の技を見せてやるよ」



「ダカラ、ナニヲ……っ!?」



 ダグのナイフは剣の刃先を滑るように動き、そして剣の根元から押し上げる。

真っ直ぐに力を込めていた長髭は意図せず力の方向を逸らされたことで体勢が崩れる。剣はダグの身体の横、空を切った挙げ句に地面へと突き刺さる。そしてその体勢が崩れた瞬にダグのナイフは長髭の肩の腱を貫く。



「ウウッ!」



「さて、これで形勢は逆転だ。さてお前たちの目的を話してくれるかな?」



 右肩はだらりと力なく下がり、もはや剣はおろか足元に落ちてる小石すら持つことは出来そうにはなかった。

さらにはナイフを構えたダグがいつでも逃走を阻止するために長髭の脚を狙っていた。




「グググッ……そ、れは」



「それは?」



「魔モノのこ……っ」



「っ!?」



 長髭の首元に鋭い剣が突き刺さる。長髭は信じられないような目でダグの背後を見やると、首元に突き刺さった剣を左手で引き抜く。一拍置いてぽっかりと空いた首元の穴から真っ赤な血液が噴き出し、地面へと倒れて屍と化す。

ダグが後ろを振り返ると、意識を取り戻した髪束が駆けていくのが見えた。このまま髪束を追跡するか、それとも”荷物を解放する”か、ダグは選択を迫られていた。



(……まあ、選択肢はないわな)



 ダグは追跡をするよりも”荷物”を選ぶ。

ナイフで袋の口を切ると、”暴れていた中身”が勢いよく飛び出してくる。



「おいおい、落ち着けって」



「……!」



 全身をオレンジの鱗に覆われた1匹の蜥蜴リザード族の子供が飛び出してくる。

身長はダグの半分もなく、腰には粗末な布切れしか身につけていない。そしてダグが腰にナイフを戻して子供を落ち着かせようとしているときに、近くの茂みから咆吼が轟くのであった。

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王位継承権を剥奪された王子、王宮を追放されて愛娘とともに魔モノ物園の園長となって英雄になる 重弘茉莉 @therock417

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