紅白


 本番前のリハーサルが終わって、大晦日の昼の生放送に、中継で急遽ながら出演することが決まった。


「出る予定の方がちょっと遅れてまして…」


 どうやらピンチヒッターらしい。


「札幌からの生中継です!」


 アナウンサーの紹介でカメラが切り替わる。


「二年連続三回目、ライラック女学院アイドル部のみなさんでーす!」


「皆さんこんにちは、北海道が生んだスクールアイドル、ライラック女学院アイドル部でーす!」


 英美里を始めとするメンバーが映る。


「今回は、体調不良だった花島るなちゃんの復帰ステージとなります」


 英美里に促され、るながマイクを持たされた。


「おかげさまで回復しました。今回の紅白では精一杯のパフォーマンスをさせてもらいたいと思っています!」


 次にマイクを渡されたのはゴスロリ姿の優子で、


「副部長の郷原優子です。今回はシックな衣装と、メドレーなんで結構サプライズなトコあるんじゃけど、えっと頑張るけぇ皆さん見てつかぁさい」


 緊張のあまり広島弁で喋った。


「郷原ちゃん、広島弁なの?」


「はい、バリバリの広島弁です」


「優ちゃん、越境入学組なんですよー」


 ギャルのるなとロリータ風の優子が並ぶと、画面が濃い。


 どういう訳かこれ以降はスタジオとのやり取りはなぜか優子をメインで進められ、


「メンバーはみんな何となく分かるみたいなんですけど、たまに分からんスタッフさんがおって、ほじゃけ東京弁できるだけ使うようにしてます」


 優子のキャラが炸裂した生放送となった。



 ゴスロリ風制服で広島弁をしゃべる、童顔の優子のキャラは、紅白のメドレーでもかなり目立った。


 このときは『キミノコエ』『ココロの鼓動』『スパーク!』の三曲メドレーで、メインボーカルのるなのシンプルな衣装がクールな雰囲気であったのに対し、ダンスパートでフリフリひらひらな優子がキレッキレに踊る姿は嫌でも目立つ。


「ダンスがバッキバキなあの派手な子、誰?」


 正月三が日の間、検索ワードのランキングは箱根駅伝の話題ばかりが並ぶ中、郷原優子という名前だけが異彩を放つという異様な光景であった。


「一応まぁ広島代表じゃったけぇ、踊るには踊れるんよ」


 優子は屈託なく笑う。


「いまさら広島弁直せ言われても、こっちのほうが言いたいように言えよるし」


 まるで飾ることがない。


「飾るんは、うちは服だけでえぇ」


 このギャップがファンにはたまらなかったらしく、


「史上最強のゴスロリ少女、あらわる」


 という見出しで、週刊誌の巻頭で紹介されてからは、一気に人気に火がついた恰好となった。


 愛称もいつしか「郷原ちゃん」と呼ばれるようになり、どういうことかサラリーマンのファンがものすごく増えた。


 不可思議というより他ない。



 しかし当の優子は何も変わらない。


「うちみたいな女のコ、広島行ったらナンボでもおるけどねぇ」


 三年目になっていたアイドル部のラジオ番組で、そういうことをアケスケに言う。


「いや、ナンボもいないから」


 翔子のツッコミは早い。


 この優子と翔子のコンビはさながら漫才で、


「それはショコタン(翔子)がツッコミ上手いからじゃテ」


「郷原ちゃんのボケも中々のモンやで」


 互いに認め合う関係性を知るファンからは、


「こうやってリスペクトしあえるようになりたい」


 という声もあがった。



 ともあれ優子がかつて広島のラジオ番組で危惧していた「谷間の世代」のことは、どうにか杞憂で終わりそうで、そこは安堵したのである。


 この優子のブレイクは、ライブの会場を借りる交渉で役立った。


 長谷川マネージャーが説明するときに、


「紅白で話題になった郷原優子がいるグループです」


 というだけで、だいぶハードルが下がった。


「スゴいね優ちゃん」


 英美里は素直に優子の実績を認めたが、


「うちの力違うよ。紅白ってブランドに日本人が弱いだけじゃけ」


 優子のほうが冷ややかに見えていたらしい。



 少し話は前後するが、生中継が終わって反省を兼ねたミーティングをしていたとき、


「そういや、例の彼さんってサッカーやっとったんじゃろ?」


 るなに優子は、例の駿平のことを訊いた。


「うん」


「…ほな、国立競技場でライブしたいなぁ」


 横から不意にもらしたのは、意外なことに翔子であった。


「うちが考えついたのに…」


「優ちゃん、これはるなの彼のこと聞く前から考えとった」


 たいがい東京なり札幌なりドームは目指すが、国立競技場はなかなか目指さない。


「せやから、るなの件のとき決めたんや。うちらのグループが目指すんは国立やって。うちらが彼さんの代わりに、るなを国立に連れてったらえぇねん」


 このときの翔子ほど、男前な発言はなかったのではあるまいか。



 しかし、と長谷川マネージャーは、


「国立は倍率高いですよ…」


「そんなん知っとるがな。そこを何とか頭使うんが、外部マネージャーさんの仕事なんとちゃうん?」


 こんなときの翔子は、下手な大人より手厳しい。


「うちらだけでどうにもならんようなことをサポートしてもらうための外部マネージャーやろ? する気がないなら、うちが今から東京行って掛け合うからアンタ要らんわ」


 そのまま翔子が椅子を立ったので、さすがに長谷川マネージャーが慌て、


「…分かりました、照会はしておきます」


 長谷川マネージャーは気負けしたような顔をし、フーッと深い息をついた。



 るなは翔子に、


「ショコタン、ありがと」


 でも、とるなは申し訳なさそうに、


「さすがに国立は無理があるのかなって…」


「あのなぁ…うちが闇雲に言うと思う?」


 どうやら翔子には翔子なりの算段があったようで、


「ああいう場所ってたいがい一週間単位でステージとかフィールド貸すねん。キャンセルなり、メンテなりで三日だけとか一日だけとかみたいな、隙間狙ったらええねん」


 中学時代、クラリネットの演奏会でコンサートホールによく出入りしていた翔子らしい着眼点ではある。


「でも大丈夫かなぁ」


「少し先には、なるかも知れへんけどな」


 うちらの卒業までに一日でも空いてたらええんやけど、というと翔子はパソコンで予約状況を覗いてみた。



 すると、カレンダーとにらめっこしながら探していた翔子が、


「…よっしゃ!」


 女子高生らしからぬ雄叫びを上げた。


「これは盲点やったわ」


 指をさして示したのは、なんと十二月二十五日である。


「…空いてる」


 天皇杯の決勝の直前ながら公式練習は終わっていて、しかしピッチにステージは組めない。


「ステージ組めないのに…」


「せやったら、うちらがユニフォーム着て、芝生傷めんようにピッチ用の靴穿いて、オケ流して歌ったらえぇやないの」


 すべてを逆手に取った発想に、るなだけでなく長谷川マネージャーまで仰天したが、


「ユニフォーム風の衣装にすれば企画も簡単やん?」


 翔子は鬼の首を取ったかのような顔をした。


「一応ダメ元で照会はしとくで」


 こうなると翔子のほうが動きは断然早い。


「カナやん、あと頼むで」


 日頃カナやんと翔子に呼ばれていた長谷川マネージャーは、完全に迫力で翔子に負けてしまっていた。



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