輓歌


 翌日。


 少しふらつき気味のるなが登校してきた。


 隣のクラスからひまりが見つけると、


「あんまり無理したらダメだよ」


 ひまりは気がかりでならなかったらしい。


 昼休みの学食に行くと誰かに会ってしまいそうで、自販機の麦茶だけ買って飲んでいたが、


「花島、ちょっといいか?」


 清正に呼び出された。


 図書室まで来ると、


「…今度の週末の六本木の生中継、花島は休ませることにした」


「はい…」


 るなは大事な話はそれだと思っていたらしい。


「…で、花島の復帰は紅白。それまでコンディション整えとき」


 るなは一瞬フリーズした。


「あとな花島」


 清正は可愛らしくラッピングされた小さな紙袋を渡した。


竹実たけざね(香織)から預かり物や」


 花島に渡してくれということらしかった。


 話は、それで終わりである。



 金曜日の夜。


 るなは自宅でテレビをつけた。


 年末の音楽番組を放送していたらしく、るなはボンヤリ眺めるように見ていた。


「さて、札幌から生中継です!」


 画面が切り替わると、小雪の舞う大通公園が映った。


「次は、ライラック女学院アイドル部のみなさんです!」


 アナウンサーに紹介されてメンバーが映った。


「はーいみなさーん、北海道が生んだスクールアイドル、ライラック女学院アイドル部でーす!」


 決め台詞とともに、英美里が笑顔いっぱいに反応する。


「今日はですね、大切な話がありまして…」


 英美里はひと呼吸おいてから、


「実はメンバーの花島るなちゃんが体調不良でいないんですけど、今日はるなちゃんに生電話したいと思います!」


 るなはキョトンとした。



 少し間があって、スマートフォンが鳴ったので出た。


「もしもし、るな?」


 まぎれもなく英美里の声である。


「はい…」


 テレビからタイムラグがあって自分の声が流れてきた。


「るな、私たちみんな復帰を待ってるからね!」


「みんな、ありがとう…」


 二言三言ばかり話して、電話を切った。


 放送中は泣かなかったが、テレビから『アイドル部のクリスマスソング』のイントロが流れてくると、こらえきれなかった。



 翌日の新聞の芸能欄は、アイドル部のサプライズが大きく採り上げられた。


「体調不良のメンバーとの強い絆」


 と見出しがつき、るなや英美里のことが詳しく紹介されてある。


「…なんか恥ずかしいなぁ」


 口籠りながらも、内心は嬉しかったらしい。


 週末、紅白の生中継に向けての練習にるながやって来た。


「あ、お帰りー」


 フォーメーション決まったから確認しよ、と翔子が寄って来た。


「…うん!」


 るなの笑顔が戻ると、


「やっぱりアンタは笑顔しか似合わへん」


 ほな行こ、と翔子に手を導かれメンバーの待つ部室へと向かった。



 フォーメーションの確認が済むと、るなは普段のるなを取り戻し始めた。


「ここのパート、ユニゾンだから並んだほうがいいのかな? だって二番はハモりだから私が後でも大丈夫だけど」


 他では気づかない箇所までチェックする。


「あれだけ気配りできるんじゃけ、例の彼さんも惚れたんじゃろね」


 優子は言った。


 うちにはないなぁ、と優子は感心しきりで、


「うちも映画みたいな恋、できたらえぇんじゃけど」


「優ちゃんは広島弁だから、尾道三部作みたいな感じになりそうよね」


 そろそろ行こうか…と香織が促すと、それぞれ練習の持ち場へ戻った。



 紅白のリハーサルは繰り返し行われる。


 今回は開拓村の旧札幌駅のピンクの駅舎を背景に中継するため、ほぼ駅前広場と同じ広さの敷地を使ってリハーサルをした。


 るなはすっかり元気を取り戻し、


「今回はメドレーでフォーメーションの入れ替わりが多いから、手際よく移動しないとなんないよね…」


 しかも雪の屋外で生中継するため、ブーツで踊らなければならない。


 リードボーカルのるなには動きが求められた。


 休憩中、香織はるなに、


「例の紙袋、見た?」


 清正から渡された紙袋のことらしい。


「ごめん、紅白の本番終わってから見ようかなって」


「…じゃあ聞かなかったことにする」


 再びリハーサルが始まったので、るなはそのままにしていた。



 とはいえ、香織にあんな言い方をされたのは気になったらしく、帰宅すると着替えもそこそこに、通学鞄にしまってあった紙袋を取り出して開けてみた。


「…これって」


 中には箱におさめられた翡翠のペンダントトップと、きれいな字で書かれた手紙があった。


「るなちゃんへ」


 差出人は駿平の母親からである。


「この度はこんなことになって大変驚いていると思います。ショックをお察しいたします」


 という書き出しで、


「本来ならお通夜の席で渡したかったのですが、人目もあったので、あなたに渡してもらえるよう香織ちゃんに託します」


 確かに通夜の日、るなはずっと泣いていてどうにもならず、香織がそばで世話を焼きながら、記帳から焼香からあれこれ香織に面倒をかけていた。


「このペンダントトップは、駿平が合宿先の糸魚川で、貯めていた小遣いとアルバイト代で、あなたへ渡すために買ったのだそうです。なくさないように寮母さんに預けてあって、その寮母さんから、駿平とあなたのことを聞きました」


 るなは泣きながら手紙を読み続けた。


「息子があなたのことをずっと思っていたことを知り、これはあなたへ渡すべきだと思い、形見分けとしてお渡しいたします」


 読み終わると、るなは部屋が暗くなるまで泣いていたが、


「…私、国立でライブする」


 小さく口に出した。


「駿平、私頑張るから見てて」


 るなはペンダントトップをチェーンに通し、つけてみた。


「…うん」


 るなは、清々しい眼差しをしていた。



 衣装合わせが始まると、それぞれ基本的なベーシック衣装に工夫を凝らしてゆく。


 今回は白襟のブラウスに濃い紫の襟無しのジャケット、スカートはプリーツの華やかな白スカートにパニエを仕込んで、きれいなシルエットが出るようになっている。


「制服みたいな衣装も、たまにはいいよね」


 みんな上機嫌で、持ち寄ったワッペンやら刺繍のエンブレムを縫い付けて仕上げてゆく。


「他のグループはプロが着けるけど、あんまり選べないみたい」


 などと声がする。


 るなは仕上がったらしく、姿見の前へ立った。


 るなの首元には、例の翡翠のペンダントがきらめいている。


「るな、それって…?」


 香織が訊いた。


「例の紙袋の中身」


 香織は何も言わずにうなずいた。


 るなは自身がギャルであることを活かすように、敢えてシンプルな服やアクセサリーを使いこなしていて、レース使いの優子や、派手柄を使いこなす翔子とは真逆である。


 今回も公式のエンブレムをつけただけで、あとは翡翠のペンダントのみである。


「まるでアニメの魔法使いみたい」


 だりあに言われても、るなは微笑んだまま、


「ある意味当たってるかも。だって形見だから」


 とだけ言うと、だりあは黙った。


 他方で優子はるなとは真逆で、ここぞとばかりに持ち込んだロールの白レースを使い、一人だけゴスロリ風衣装に仕上げた。


「レース余ったけぇ、ヘッドドレスにした」


 確かに一人だけ、白レースでヘッドドレスをつけてある。



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