鎌倉街案内

 さっそく「じゃあ行きますよ!」と幸村さんが人力車の持ち手をぐいっと上げたので、座席の角度が変わる。視界がぐっと高くなって、周囲の様子がよく見えるようになった。


(こ、これは……)


 周囲の観光客の物珍し気な視線が突き刺さって、なかなか恥ずかしい。


 それでいて、柔らかな風を浴びるのは快適でもある。


「時雨さん、本当にいいんですか?」

「構いませんよ」


 本当の本当に? 少し悩みつつ、私は背もたれに背中を預けてみる。


 やっぱり、快適。なんだか少しリッチな気分になるのが不思議だ。


 ふたりも乗っているのだから重たそうなものなのに、幸村さんはすいすいと人の流れを縫うように道を進んでいく。


 その間もあれこれと観光案内をしてくれるので、私は彼の体力に舌を巻いた。体育の成績が平均より上を取ったことがない私には真似できそうにない。


「あちらをご覧くださーい、二の鳥居ですー」


 おもむろに彼が指さしたのは朱塗りの大きな鳥居だ。


 その先にあるのは、土が積まれて高くなった段葛。薄紅に染まった桜並木の続く参道を挟み、のぼりとくだりの車線が走っている物珍しい道は、いつか鎌倉に遊びに来た時にも通った道だった。二車線道路の間に歩道が通っているなんて、ここ以外ではなかなか見られない珍しい光景だと思う。


「一の鳥居はもう少し海のほうにありますよ。昔は松が生えているくらいで、夜は本当に真っ暗になったみたいですけど、最近は車どおりも多いですし、レストランなんかもあるので夜の散歩もおすすめです。まっすぐ行くと、海につきますよ」

「素敵ですね」

「それから、反対側。遠くに見える鶴岡八幡宮の目の前にある鳥居が、三の鳥居って呼ばれている場所です。この二の鳥居から八幡宮へ続く道が、若宮大路、なんと鎌倉時代にあの源頼朝が作ったって言われてるんですよー。まあ、この間まで工事してたので、今は鎌倉市建造って言うべきな気もしますけど。今の時期は桜並木も満開できれいだから、こっちも散歩におすすめです!」


 たしかにちょうど満開の桜が往来を薄紅色に染めている。ふわりと宙を揺蕩って飛んできた花弁が、私のひざ元に舞い落ちた。

 気づいた時雨さんが、軽く払ってくれる。


「寿葉さん、膝に花びらが」

「本当だ。ここまでも桜吹雪が届きそうですね」

「そうなんですよ、いやーいいですよね。ところで、お姉さん、寿葉ちゃんって言うんですねえ。風靡なお名前ですねえ。名は体を表すっていうか。せっかくの再会を祝したいし、このままお花見しません? 俺、寿葉ちゃんという花を眺めて優雅なひとときを過ごしたいなあ」

「働け」


 黙って話を聞いていた時雨さんがさっくりと言い放つ。敬語はどこかに置き忘れてきたようだ。


「ちなみに車道を挟んだ沿道には教会や鎌倉彫の記念館、お土産屋さんなんかが軒を連ねてます。小町通りより空いているので、姉妹店があるなら俺はこっちをお勧めしますねー」


 ――幸村さんは完全にスルーして話を進めたけれど。


(このふたり、どういう関係なんだろう……?)


 つくづく不思議になってくる。時雨さんは、仕事の依頼と言っていたけども。

 私は再び膝に辿り着いた花弁をたなうらに乗せて、その宙を掴むような柔らかさを感じながら話に耳を傾けた。


「与太話はそこまでにしてもらえませんか。本題に入りますが、幸村、今日の仕事が終わり次第うちへ来てください。憑き物祓いを頼みたいんです。何度も電話をかけたのに、なぜ出ないんですか」

「いやだから仕事中ですって。でもまあ、任せてください。寿葉ちゃんがいるなら速攻行きますよ。というか、むしろそのまま住み着きます」

「寿葉さん、スーパーで虫よけスプレーを買ったほうがいいようですよ」


 しれっと時雨さんが辛辣な台詞を繰り出すも、幸村さんはさして気にした様子もない。


「……あの、祓い屋さんって、幸村さんのことなんですか?」

「そうですよ。こんなちゃらんぽらんですが、生まれは由緒ある神社で信頼がおけます」

「いやー、照れるなー。そういうわけで寿葉ちゃん、神主の花嫁さんにならない?」


 笑顔を振りまく幸村さん。最初声をかけられたときは宗教の勧誘を疑ったけれど、本当に宗教関係の人だったなんて、と驚いたのは私だけの秘密だ。

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