往来の詐欺師との再会

 時計の針がぴったり十時を指す頃。


 玄関先で待ち合わせた私たちは、一緒に家を出た。


 からっと晴れた空を、白い雲が泳いでいく。門へと続く飛び石を渡りながら、私は池を覗いた。一般家庭の家というよりは、古民家カフェといった雰囲気の日本庭園が水面に映り込む。水面下を錦鯉や金魚がゆうゆうと泳いでいった。


「そういえば、時雨さんの用事って……?」

「祓い屋を探します」

「は、祓い屋」


 日常生活ではまず使わない単語だ。日本語常用単語集にはまず載っていないだろう。


 やはり、先ほど言っていたとおりにあのおじいさんを祓うためだろうか。たしかに、着物のクリーニングという目的から見ると正しいのかもしれない。


 だけど、愛する奥様のお茶を飲みたがるおじいさんを問答無用でお祓いしてしまうのは心が痛んだ。同時にそれが紗枝ちゃんの本当の希望なのかもわからなくて。


 とはいえ、門外漢の私が口をはさむことでもないのはわかっている。道中も黙り込んでアスファルトの上を転がる桜の花弁を眺めていれば、時雨さんがため息をついた。


「貴女がなにを考えているか、わかりますよ。細君を愛する夫の最期の願いも切り捨て、強制的に成仏させようとしている、心底意地が悪い冷酷無慈悲かつ人の心のないビジネスマンめ。……そうでしょう」

「いえ、そこまでは思ってなかったですけど」


 かなりの誇張表現で推測されて、私は静かに首を振った。


「いいえ、構いませんよ。貴女が僕をどう思おうと。こういった偽善的意見をぶつけられるのにはなれています」

「……そうですか」

「そうです。ですが、こちらもビジネスなので。依頼人は僕に着物のクリーニングを頼んだ。ならば僕としましては、契約の範疇で依頼に沿うだけの話です。そもそも叶うはずのない要望につき合うボランティア活動に精を出しているわけではないので。低収益事業になると判断したなら、当然切り捨てもしますよ」


 きっぱりと言い切ったものの、説明を重ねるところから見て自分を納得させたいような印象を受ける。


 知り合って間もないため、私の直感に過ぎないけれど。


(もしそうなら、だいぶ難儀な人みたいだなあ……)


 ぼんやりと考えながら、彼の隣を歩く。

 後はお互い無言のまま。鶴岡八幡宮の前の一の鳥居を通り過ぎ、信号を渡った時のことだ。


「ぎゃああああああああああああ! お姉さあああああああああああん!」

「ひっ!」


 周囲に轟いた野太い悲鳴に、私たちは一緒に震えあがった。


 振り返れば、昨日声をかけてきた車夫さんが全力疾走してくるところだ。あまりの迫力に後ずさるも、彼のほうが早い。

 ガシッと手を取られて、私は大いにたじろいだ。


「お姉さん、また会えたね……! これはやはり運命だと思うんだけどどうでしょうっ?」

「幸村、それは気の迷いですよ」

「うわっ、西御門さん! いたの? 気づきませんでした、お姉さんがあんまりにもお美しかったので! まるで一歩歩めばコンクリートジャングルにも柔草が茂り、花が香り、小鳥が歌うかのようなこの美の前には全てがかすむので仕方ないですよね!」


 ものすごいお世辞を猛スピードで羅列してくれる男性を、時雨さんは幸村と呼んだ。


 どうやらこのふたりはお知り合いらしい。意外な縁だ。とはいえ、正直どんな反応をすべきかわからない……。

 困惑して目を泳がせる私の隣で、時雨さんはあくまでビジネスライクな笑みを浮かべるばかり。


「ちょうどよかったです。貴方を探していたので」

「俺もお姉さんを探していたよ」


 時雨さんをスルーして幸村さんが浮かべたのは、きらめくイケメンスマイルだ。すかさず、時雨さんがあきれ返ったようなため息をこぼす。


「こら、僕を見なさい。仕事の依頼ですよ」

「西御門さぁん、俺は今、車夫のバイト中なんで副業の話とか無理っす。お姉さんの美を堪能するのにめちゃくちゃ忙しいんで」

「めちゃくちゃだな、おまえ……。それならもとまちユニオンまで送ってください。話はその間に」

「営業コース外でぇす!」

「残念ですね。彼女の買い物のためだったのに」

「どこへなりともお連れ致しますよ、レディ」


 拒絶から、一転。ためらいなく仕事を受けた幸村さんに私はさらに戸惑う。


 そんな彼はすぐに私の前にひざまずき、まるでおとぎ話の王子のように左胸に手を当てて見せた。そして、すっと差し伸べてきた右手を時雨さんが無言で取る。即座に幸村さんはぺっと手を払った。


「いつからレディになったんですか、西御門さん?」

「ナンパは後にしてほしいだけです。こっちは急いでるんですよ」

「というかおふたりってどういう関係ですか? なんでお姉さんと西御門さんが一緒にいるんですか? 俺、ジェラシーっす」

「彼女はうちの家政婦だ」

「なにそれマジジェラる」

「寿葉さん、無視して、どうぞ」


 時雨さんは私を促して、人力車に乗せた。いいのかな、買い物に行くだけなのに人力車なんて乗せてもらっちゃって。二人乗りの俥のすみにできる限り小さくなって座れば、隣に彼が腰を下ろす。


「あーあー、俺も隣に乗りたかったなー。西御門さん、代わりに走りません? 俺が座るので」

「馬鹿なこと言っていないで早くしてください」


 コントのようなやりとりは、当分終わる気配がなさそうだ。

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