第32話 人、それを黒歴史という


⚫︎アイ(藍香)


 私の投げた"緋神の祭矛"は放物線を描いて村の上空を旋回していたワイバーンの内、もっとも大きな個体の右翼をかすめた。


「凱旋」


 すぐに凱旋を使って"緋神の祭矛"を回収する。

 右翼の一部を傷つけられたワイバーンは少し不格好ではあるが飛び続けている。速度が落ちている分、狙いやすくなったと考えていいだろう。


 2投目は先ほどと同じ個体の頭を狙った。

 しかし、実際に命中したのは首だ。

 それなり以上のダメージを与えられたようで、ワイバーンは錐揉きりもみ回転をしながら村の外からに落下していった。


「凱旋」


 3投目の標的は上空で旋回していたワイバーンの中から適当に選んだ。狙ったのは2投目の時と同じワイバーンの頭。結果、狙い通り命中し頭を破壊されたワイバーンは慣性に従って村の外に墜落した。


「凱旋」


 それにしても凱旋が便利すぎる。

 これは修正されてしまうかもしれない。


 4投目を投げて狙い通りの軌道を描いてワイバーンの頭蓋を砕いた直後のことだった。残る3匹が私を見つけたらしい。正確には1匹が見つけて私を目標に飛行軌道を変更、残る2匹がそれに追随した形だ。


「凱旋」


 5投目、私に気がついて先頭を飛ぶワイバーンを狙ったが急旋回され回避されてしまった。大きな図体の割に小回りが効くというのは予想外だ。また外れた"緋神の祭矛"は追随していた2匹の内、真後ろを飛んでいたらしいワイバーンの左翼の根元に命中していた。翼の一部を破壊されたワイバーンは地面に降りていった。


「凱旋、緋狼召喚、人狼一体」


 凱旋で"緋神の祭矛"を回収した私はスキルを使用して自分のステータスを倍加、ワイバーンに向かって駆け出した。

 ワイバーンからすれば獲物から自分に飛び込んで来てくれたようなものなのだろう。先頭を走っていたワイバーンは、後ろ足を前に突き出すようにして私を目掛けて急降下して来た。


「その態勢じゃ回避は無理でしょ」


 6投目、頭ならギリギリ回避されてしまう可能性があると考えた私が狙ったのは首元だ。しかし、その投擲はこれまで以上のスピードで飛翔しワイバーンの頭に命中。食い破るようにワイバーンの頭蓋を砕く。

 頭蓋を砕かれたワイバーンの墜落に巻き込まれないよう私は少し大きく回避した。


「凱旋」


 狙いが外れた原因は人狼一体によって倍加したステータスだろう。特に筋力が倍加したことによる投擲速度の上昇は顕著だった。そのせいで狙いが逸れることを考えてなかった私の失策だ。


 7投目は逃げ出そうとしていたワイバーンを後方から撃ち抜いた。ジグザグを描くような形で逃げられていたら面倒だったが、真っ直ぐ逃げるワイバーンを狙った投擲が今更外れるわけもなく、私は村を襲っていたワイバーン6匹を全て……いや、5投目で落下しただけのワイバーンがまだ残っていた。


「凱旋」


 8投目は5投目の投擲で左翼を失い落下したワイバーンの頭蓋を砕いた。これまでの投擲で最も近い距離、そしてマトモに動いてもいない相手など的でしかない。


 私は生存者がいることを願って村へ向かった。

 それにしても凱旋を連呼するのが中二病を拗らせた人みたいで恥ずかしいのよね。マヨイの魔力弾みたいに思考発動できないかしら。


(凱旋)


 …………おかえり"緋神の祭矛"

 大丈夫、誰も見てない。



⚫︎マヨイ


「バルス、おい、着いたぞ」


「みぁう」


 バルスをお姫様抱っこしまま西の森を抜けて街道を全力疾走した僕は体感15分程度でソプラの街に到着した。

 今のところ疲労感は心地よい程度のものしか感じていない。この調子なら接続限界時間までゲームをしても問題ないだろう。

 ※現実での脱水症状などの危険性があります。マヨイはそこまで気が回ってません。


 現実のスタミナというのは肺活量に依存するのだと知り合いが言っていたが、VRに限らずゲームで一定以上のパフォーマンスを発揮できる時間は経験と慣れと知識を重ねることで向上するというのが僕の持論だ。実際は脳の何とかって分野の発達が関わってくるらしいけど、僕は対して興味がないので知らない。


「おーい、バ・ル・ス・さん?」


「ん、ん~」


 この状態でソプラの街に入るのは気まずいのでバルスを地面に下ろすことにした。マリモは気配遮断を使ってから定位置となっている僕の頭の上に移動、今はまだ軽いからいいけどマリモは虎だ。将来、大きくなったマリモに押しつぶされる気がする。


「はっ……お、おいマヨイ!あんな、あんな速いだなんて聞いてないぞ!」


「いや、僕の敏捷のステータスは5000を超えてるって言ったよね」


 例の如く低く申告しているので想像以上のスピードが出ていて当たり前なんだけどね。

 僕は嘘は言ってないので謝るつもりはない。


「それより、ここがソプラの街か?」


「そうだよ、あ、あれマードックさんだ」


 ソプラの街の外壁の上にマードックさんがいた。

 横にはKING'Sのメンバーだろう。午前中に見たような気がする人らも一緒だ。


「マードック? 仲間か?」


「いや、顔見知りのプロゲーマー」


「プロゲーマー!?」


 うん、普通はその反応だよね。

 周りにプロゲーマーが多い環境で育ったので、僕や藍香、それと暁がプロゲーマーと聞いても「へぇ……実績は?」となるんだが、普通のゲーマーに過ぎないバルスからすれば会ったことも聞いたこともない芸能人を紹介された感じなのかな。


「横にいるのはマードックさんと同じKING'Sっていうチームに所属しているプロゲーマーの人たちだね。さすがに名前までは分からないけど」


「待ってくれ、つまりボクらは今からプロゲーマーの人たちと一緒に行動するってことか!?」


「それはどうかな、どっちかというとソプラの街に残った僕の仲間と一緒に行動することになると思うよ」


 そういえば暁とクレアちゃんは何処にいるんだろう。


『クレアちゃ『ひゃひゃい!まにゃ異常はありゃりゃせん!』』


 緊張し過ぎてクレアちゃんが壊れた。

 ま、いいか。異常がないなら今のうちに合流するとしよう。


『暁、今ソプラの街に到着したよ。途中で稀有な人材も拾ってきた。今どこにいる?』


 返事が返って来ない。

 戦闘中かな?

 いや、異常はないとクレアちゃんが言っていたし……


『暁?』


 2度目の呼び掛けにも返事はなかった。

 代わりに僕とバルスのいるソプラの街の東の外壁から小さな人影が飛び降りて来た。


「兄さん!そいつから離れて!」

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