第2話

「ようやく配役が決まったね」

 お昼休み。私とつかっちゃんはお昼ご飯を食べながら、手にした紙の束を眺めていた。机を突き合わせて、コピー用紙を綴じたものに刷られた文字を追う。

「役まで決まったのに言うのもなんだけど。私、やっぱりもう一つの脚本の方がよかったなあ」

 前日の部活で、夏のコンクールで上演する作品の配役が決まった。

 先生が選んだ脚本二作のうち、部員全員の多数決で決まった作品だが、私はもう一つの脚本の方にまだ未練があった。

「もう一つのって、あの病気をテーマにしたやつ?」

「うん。あっちのが良くなかった?」

「やだよ、あんな暗い脚本」

 つかっちゃんは椅子にのけぞるようにして否定する。

「えー、だってあっちのが感動的じゃん。不治の病と闘病する少年と、それを支える少女。少年の死。ああいう方が絶対ウケるってー。美しいじゃない」

 それこそ儚い少年の姿をつかっちゃんが演じたら、会場中の観客を魅了できると思うのだけれど。

 そう言った私に、つかっちゃんは固い声で返した。


「美しくってたまるか」

 ちょっと怒ったような、つかっちゃんの声。

「え、そう思わない、かな。そうかな。やっぱあれかな、人が死んじゃうようなの、うちらが演じるのは難しいかな。ごめん」

 なんだか叱られたような気分になった。

 いい加減な態度だった後輩たちに、つかっちゃんがお説教をしていた時を思い出した。

 つかっちゃんは人が良いしかっこいいけど、真剣な時は誰よりも怖い。

 人にちゃんと厳しくできるのが、つかっちゃんが演劇部部長であるゆえんなのだ。


「んー、いいよ。実際、そういうのウケるしね。でも、決まったほうの脚本も好きだよ、私」

 切り替えるように笑って、つかっちゃんは改めて手にした脚本をめくった。私も気を取り直して、ぱらぱらとページをめくっていく。

「まあ多数決で、こっちのが多かったんだからねえ。でも、これはこれで難しそうじゃない?スポーツを題材にした作品なんて初めてだし、走ってるシーンなんてどうするの?」

 夏のコンクールで上演することが決まった作品は、高校生たちのひと夏の友情と、挫折と栄光について描かれた物語だった。

「一番重要な、短距離走のシーン。まさか舞台の端から端まで本当に走るわけにもいかないし、つかっちゃんはどう演じようと思う?」

 陸上部のエースである男子高校生を、つかっちゃんが演じる。挫折を乗り越えた彼が短距離走に挑むシーンが、もっとも重要なシーンだった。

「んー、そこは足踏みランニングかな」

「そうなるかなあ。でも、うまくやらないとなんか間抜けっぽくなっちゃう恐れがあるね。ただじたばたしてるだけに見えちゃうんじゃあ駄目だし」

「真剣なシーンって、観客をうまく引き込めないとしらけるか、最悪笑いを誘っちゃうしね」

「つまり、つかっちゃんの演技力が問われるわけですな。頑張れー」

 私がからかうようにして言うと、つかっちゃんは私に脚本を突きつけた。

「なに言ってんの。葵の役も重要なんだよ」

「へ?」

「走ってる間中、葵は私にエールを送る役でしょ。葵が本気のエールを送ってくれなくちゃ」

 私はつかっちゃん演じる男子高生の友人の役だ。挫折した友人を叱咤し、どこまでも応援する。

「葵が真剣に私を応援すればするほど、私の演技は説得力を増し、最高の陸上シーンが生まれるってわけよ」

 つかっちゃんは、女子生徒を陥落するイケメンな笑顔で言った。

「一生懸命に応援してよ、葵。『走れ、走れ』『走ってけ、空まで』って!」

 なんだかクサいなあと思っていた台詞。

 それを私が言うのだ。

 舞台の上、偽物のトラックを走る、偽物の選手に、本気で。

「うわー、なんか一気に緊張感増すじゃん!つかっちゃんの演技だけでなんとか乗り切ってよお!」

「弱気なことを言うなあ!」

 つかっちゃんは胸を張った。

「私達役者は本気で嘘をついて、嘘を本当に変えるんだよ。板張りのステージはトラックにも芝にもなるし、女子高生も男子高生になるし、公会堂は宇宙空間にもなる。天気だって、思いっきり晴れていようが雨も降るんだよ!」

「それはお天気雨ってやつでは?」

 弱気のあまりつまらないことに突っ込んだ私の頭に、脚本を丸めたハリセンが降ってきた。

 

 

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