4 反撃へ

 関羽らの訓練が始まったのと同じ頃。外では何度目かの防衛戦を強いられていた。相変わらず神族に分が悪い戦況であった。

 立て続けの襲撃は、疲弊しきっていた神族側ににはあまり戦える者が揃っていない。その為、自然と龍二達の負担が多くなる。

「どっせいっ!!」

「よっ、はっ、そらっ」

「ほいほいほいっとな」

 いつものように暴れまわる龍二達も、流石に疲労の色が隠せない。額に汗が滲んでおり、動きに鈍りが見えてきている。

(長引けばこちらに不利だぜ?)

(わーってるよ。つったってどうしようもないじゃん!!)

(そうだな)

 額から汗を流しながら龍二は戦う。幸い槍術は自信があったので自分の射程圏内に敵が入れば問題なかった。ただ、いつもより戦力が少ないので視野を広く持ち戦況を見極めねばならなかった。その分疲労はたまりやすい状況にある。

 龍二はチラッとある方を見た。親友安徳が『いつも以上』に機敏に動いている。

(少しはやるようになったじゃないか)

(ただ意地っ張りで負けず嫌いなだけだろ?)

 龍二は嘆息する。



 あの一件以来、安徳は仲間たちに協力してもらってここまで動けるようになったのだ。今も、玄武が隠れながら、敵の位置を指示して、適切に動いていた。

(あれはついに言わなんだな?)

 不意に紅龍が苦笑しながら龍二に訊く。

(言ったら楽しみ無くなんじゃん?)

(あぁ、それもそっか)

 わけがある。

 それは彼の失明から暫くたってからのことである。

 ある日、龍二は泰平に呼ばれて彼の部屋に行った時のことだ。

「それは本当か?」

 訝る龍二に泰平はうんと答えた。

「本当さ。タメさんの話じゃ、傷をつけた奴を倒せば彼の右眼は快復するらしいよ。あれは一種の呪術だとさ」

 ふぅ、と泰平は息をつく。彼の話では、九条為憲は貴族であり武士であるが、陰陽師でもあるそうだ。

「タメさんって何者?」

「貴族で陰陽師でもある武士」

 平然と答える泰平。泰平の式神なんだから知ってて当然かと龍二は思った。

「そんで、それをあいつに───」

「しっ」

「もがが!」

 泰平はいきなり龍二の口を押さえ、自分の唇に人差し指を当てた。

 その時、足音が聞こえた。龍二はそれが誰のものかすぐに分かった。

「おや、龍二に泰平じゃないですか。まだ起きていたのですか?」

 襖を開けたのは安徳であった。

「うん。龍二に訊きたいことがあってね」

「そうそう。ついでに俺も訊きたいことあったからさ」

 そうですかと安徳は特に疑うことはなかった。

「あまり夜更かししてはいけませんよ」と言い残して彼は自分の部屋に戻って行っ

た。



「「・・・・・・はぁ~~~~~~~~」」

 寿命が数年分縮んだ気がした。

「心臓に悪いわっ」

 泰平にどついた龍二。僕に当たるなと彼は龍二の後頭部を殴った。

「んで、あの意地っ張りバカの眼ん玉傷つけたドアホウはどこのどいつだ?」

「それは今レンさんが調べてくれてる。もう暫くかかるかな」

 レンさんとは彼の式神の一人で、齋藤右衛門尉蓮丞さいとううえもんのじょうれんじょうという武士だった人で、為憲や政義の同僚でもあったらしい。

「なぁ、一つ聞いていいか?」

「何だい?」

「お前どんだけ式神持ってんねん?」

 陰陽師の大家後藤家の人間は一人が持つ式神がやたらと多い。

 しかも、その中には農家や商人から源義経や藤原秀郷(通称俵藤太)など教科書に出てくるような有名人まで範囲が広い。

 一般的な式神は鬼であることが多いが、彼の上は規格外だ。ある意味謎が多い一族である。

「まぁいいや。ところでさ、龍二。今までの仕返しっつうか鬱憤晴らしっつうことで、このこと秘密にしない?」

 泰平が提案する。

「───乗った!」



 そのような経緯があったので、龍二は安徳にその事を告げなかった。

「これくらい、許されんだろ」

(ヤバくなったら、俺がフォローしてやんよ)

 うし、と龍二は戦いに集中することにした。


 龍彦や瑞穂、良介が中心となりオオクニヌシ邸で陣頭指揮をとって戦っていた。

「邪魔、だっ!!」

 達子が朱鋭を振るう。彼女の周りには無惨に斬り捨てられた魔族だった者達の亡骸が転がっていた。

「さあ次の獲物はどいつだ!!」

 狂戦士状態バーサーカーモードに入った達子は、手当たり次第敵を見つけては狩っていく。狂気を帯びた眼に睨まれてすくまぬ者はいなかった。

 そんな彼女を、義妹美琴は恐怖に思いながら見ていた。

「退けっ!」

 一時間程でようやく魔族が撤退を始めた。神族側は彼らに悟られぬようにホッと息をつく。

(そろそろ限界か?)

(俺はもうとっくに限界を超えているっ)



 疲労から座り込んだ彼の元に沈痛な面持ちで良介が近づいてきた。

「龍二、悪い知らせだ。先程、カラスギノミコト以下数十名が離反したって滿就が報告してきた」

「あ゛ーこのクソ大変な時にめんどくせぇ!!」

 彼は大地に身体を投げた。

「取り敢えず、そいつらはこの世に欠片一つとして残さねぇと誓っておく」

「そっか」

「人が必死こいて頑張ってんのに自分てめぇの保身しか考えねぇ奴って、無性にムカつかね? へーきで仲間裏切るとか、何なん? バカなの?」

「さぁ、僕には連中のことは分からない。変にプライドが高いんでしょうよ。ま、そんなことより、今の君は相当疲れているようだからここで休んでいくといいさ。回復するまでここにいてあげる」

「ん。じゃあ寝る」

 龍二は寝息を立て始めた。


















 ここは、龍二の深層心理の世界。龍二本人は夢の中に旅立っていて、ここにはいない。

『全く、いるなら挨拶にこいや』

 紅龍が眼の前で胡座を掻いている直垂ひたたれ姿の男に文句を言った。

 男の顔立ちは龍二そっくりであった。

『しょうがないだろ? 出るタイミング分かんなかったんだから』

『子供かお前は』

『うっせぇよコウ』

 直垂の男は口を尖らせた。

『やれやれ。天下に名高い鬼進藤が聞いて呆れるぞ龍将たつまさ

 紅龍がため息をついた。



 彼は龍二の先祖であり前世である。何故生前の姿を保ったままなのか、彼でもわからないらしい。

 生前、彼は相模守として相模国(今の神奈川県と静岡県一部)を治めており、かつ当時の室町幕府将軍足利義輝の側近としてに仕えたことがある男だ。

 名を進藤宗十郎龍将しんどうそうじゅうろうたつまさという。

 当時の彼は義輝の右腕として八面六臂の活躍をみせ、諸大名達から畏怖と敬意の意味を込め『鬼進藤』や『将軍家最強の懐刀』の二つ名でよばれていた。

 そして、かつて伏龍と紅龍の主人だった。



『しっかし、俺はお前までいるとは思わなかったぞ』

『俺だってびっくりしたぜ。まさかお前らが龍二おれのげんせの相棒になってるなんて夢にも思ってなかったからな』

かみの悪戯じゃねぇの?』

 ひょっとしてコイツは神に愛されたんじゃないかと続ける。

『コイツは才能の塊だ。上手く開花すれば、間違いなくあの龍彦を超えるぞ』

『俺もそう思った。〝覇気〟、完全学習眼パーフェクトラーニングアイ全視野オールヴィジョンの才能まであるとはな。まだ覚醒前だが、世が世なら、間違いなく龍二は世界最強の武士もののふになってたはずだ』

 龍将は嘆息するしかなかった。

『少なくとも、俺達が視覚できない何か途方もない力が働いているのは確かだな』

 クククと紅龍が笑い出した。

『しかし、お前が外来語を使うとは思わなんだぞ』

 紅龍が関心した。

『こっちの方が何かカッコイイじゃん?』

 真顔で答えるのがおかしかったのか、紅龍は声を殺して笑い、それを見て龍将はむすっとして機嫌を損ねた。

『さて、おしゃべりはここまでにしとくか。おい龍将。お前、今度の戦をどう見る?』

 問われた龍将は、そうさなぁと思っていることを口にした。

『俺達の分が圧倒的に悪いな。団結力ってのがこれっぽっちもない。オオクニヌシを責めるわけではないが、永き時の流れで大半の神は怠惰な心が宿ってしまったようだな。堕落した者が考えることは、決まって己が保身と欲よ』

『やはり、そうか』

『早く手を打つことだ。今の神族は砂上の楼閣に等しい』

 そうだろうなと思った。

 度重なる戦で彼らは疲弊し、おまけに不幸な出来事が重なった。己が身を天秤にかけて、どちらの方が生き残り易いか考えたら、愚問であろう。

『四面楚歌状態だな』

『あぁ。この状況を打破するには、何かで流れを呼ぶしかないな』

 龍将はあごに手をやった。

 そして紅龍に聞こえないくらいの小声で呟いた。

『一度、俺が出てみる、か』













「オオクニヌシ。ここは一つ奇襲カケてみないか?」

 夜、蝋燭の灯火の仄かな明かりしかない部屋で、龍彦がオオクニヌシに提案した。

 それを聞いたオオクニヌシは渋った。

「それは構わないのですが、ここの守りはどうなさるのですか?」

「瑞穂と澪龍を守将とし、徳篤の倅と成良とその倅、修業組とその教授陣にヤマトタケルノミコトを置く。奴には既に話してあるし、遊撃隊として知介に龍造、更に黄龍を指揮官補佐として配置する」

「・・・・・・・・・」

「いつまでも守勢のままじゃ、俺達はいずれ破綻する。ここいらで奴らの伸びきった鼻をへし折ってやらねぇとな」

 龍彦は口角を吊り上げる。

 その時、オオクニヌシに仕える者の一人が襖越しに声をかけてきた。

「失礼します。イザナギ様をお連れしました」

 オオクニヌシは驚いた。彼が来るとは誰からも聞いていなかった。

「えっ?」

「すまんなオオクニヌシ。俺が呼んだんだ」

 龍彦が断ると同時に、イザナギが入室した。

「本気か? 人間」

 開口一番、イザナギが龍彦を睨んだ。

「本気だ」

 彼は短く告げた。

「勝算は、あるんだろうな?」

「そんなもん知るか」

 はっきりと言い切る龍彦にイザナギは愕然とした。

「なっ・・・・・・・・・」

「ただでさえ士気が絶賛ダダ下がり中の俺達だぜ? むしろ勝てる方が奇跡なくらいだ」

「なら何故───」

「それでも、やらぬよりマシだろ?」

 イザナギは押し黙り、オオクニヌシの隣に座った。

作戦はなしを聞こう」

 龍彦は眼の前に地図を広げた。その時、一緒に瑞穂と澪龍が入ってきた。彼に呼ばれていたようだ。

「今回攻めるのはミシェルビッチの治めるこの地だ」

 そこはここから東南に10キロいったくらいの広大な地だった。

「守備軍はさっき言った通りだ。それ以外は全部ここに投じ、制圧する。いいな瑞穂、澪龍」

「はいはーい」

「お任せ下さい龍彦様。きっと守りきって見せましょう。ですから、皆さん生きて帰ってきてくださいね」

「ふん。お前、この俺を誰だと思っているんだ? 誰も死なせるかよ」

「あらあら、これは失礼致しましたわ」

 クスクスと澪龍は笑った。

 オオクニヌシやイザナギはこれを見て必ず生きて帰ってこようという気になったと後に語ったという。

「善は急げという。すぐにここを発つ準備をしろ。連中に気づかれたら終わりだからな」

 それから彼らは急ぎつつ落ち着いて行動し、数十分後には支度を終わらせて、ミシェルビッチの領土へ発って行った。

「さぁ、私達も準備を終わらせるわよ」

 澪龍が手を打った。















「よしよし。気持ちいいくらい来てくれたわね」

 オオクニヌシらがここを離れて暫く、この近辺で離反した神族らが攻め込んできた。やはりゼウスに唆された連中共である。

「良いですか皆さん。我々の目的はあくまでこの屋敷の死守です。くれぐれも深追いは厳禁ですよ。特に翼徳さん?」

 じとっとした眼で安徳は張飛を見つめた。

「わ、分かってるよっ」

 そっぽを向く張飛だったが、追う気満々だったことは既にバレバレだった。

「はぁ~、姉さんってホントバカよね」

 清恋はわざとらしくため息を吐いた。

「ばッ、バカっていうな!」

「事実でしょ? 大体、姉さんは顔に出やすいのよ」

「そ、そんなことは、ない!」

「はいはい」

「止めなさいみっともないっ!」

 張飛は関羽に殴られた。

「さて、うるさいのが黙ったところで話を進めましょうか。元譲さんと劉封君達は東、雲長さんと悠香さん、翼徳さんに清恋さんとヤマトタケルノミコトさんは西、仲謀さん達と南雲君達は南、残りは私達と一緒に北を守ってもらいます。破龍さん達は遊軍として待機してください」


「おう」

「任せろ」

 瑞穂は人が変わったように指示を飛ばした。むしろこちらが普段の彼女である。

「安徳君の言った通り、今回我々の任務はこの屋敷の死守です。くれぐれも欲に眼が眩んで勝手に追わないように」

「加えて、コウ君の守護も私達の大切な務めですからね」

「なら澪龍や。それはわしが引き受けよう」

「ありがとうございます伏龍様」

「その代わり、屋敷は任せる。しっかりと役目を果たせよ?」

「はい」

 そんな会話をしているうちに、敵が迫ってきた。

「安徳君。戦況に応じた指示は任せるわよ」

「任されましょう」

 眼の不自由な彼の守りは良介が買って出た。

「さぁ、戦を始めますよ」

 瑞穂の大号令のもと、守備軍は迎撃体制をとった。

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