3 準備

 魔族の侵攻は日を追う毎に勢いを増し神族の領土を次々と侵食していった。

 神族は戦力不足に加え、満身創痍に近く防戦一方になる他なかった。

 オオクニヌシら将としての者を除いて戦力になる者と言えば、彼らの戦争に巻き込まれた人間達だけである。

 それも〝極めて異質な力を持った〟者達で、特にその中でもオオクニヌシの知り合いである進藤家と彼らの親友である一族は桁外れの強さだった。主戦力といってもいい。


 オオクニヌシらの『人間』という生物の常識がぶっ飛ばされたのは昔の話である。彼らは進んで戦地で戦ったしオオクニヌシも彼らの助けを有り難く思った。

 しかし今更ながらそれを嫌った気位が高く、下等生物である人間に助力を請うオオクニヌシに見切りをつけた一部の神族が魔族側に寝返りオオクニヌシ陣営に攻撃を始めた。

 神族は一枚岩ではなかったのだ。

 このようにして、オオクニヌシ側はますます窮地に立たされていくのであった。



「まあすこぶる評判の悪いことで」

 まるで他人事のように進藤龍二はやれやれという顔で周りを見回していた。

 大部屋に集まった面子の大半が人間だった。

 メンバーは龍二を始めとして佐々木安徳、後藤泰平、神戸達子、池田良介、近藤明美、四宝院華奈未、高円宮公煕、南雲俊介、奈良沢貴子、進藤龍彦、進藤龍造、進藤沙奈江、後藤晶泰、後藤和美、神戸美琴(藍実)、三上未奈、池田成良、戸部知介、藤宮明、戸部萌、劉封、劉禅、呉禁、星彩、関平、趙香、趙雲、関羽、張飛、夏候惇、張遼、周瑜、孫権、孫尚香といった面々。神族側は、オオクニヌシ、アマテラス、スサノヲら数名である。


 彼らの傍には護衛を兼ねた龍が座っていた。

 その後ろに青龍は監視役として天龍と玄武の首根っこを掴んで座していて、『四聖』や麒麟、後藤家の式神も一緒だった。

「呆れてものが言えないな」

 龍彦はハッキリと吐き捨てた。

「保身しか脳にねぇ政治家と変わらねぇよこれじゃあ」

「ひどく程度の低い俗物だしな」

「神にも優劣があるし、その中にもどうしようもないバカもおる。

 そう、眼くじらたてるでない」


「そうだぞ晶泰。奴らの器量がすこぶる小さいだけだ。気にすることない」

 伏龍と破龍が晶泰らを宥めながらも魔族側についた神族を侮蔑する。

「しかし、まいったな。俺達の攻撃ちからが奴らに通じないとは」

 破龍はデカイため息をついて腕を組む。他の龍も同じような態度をとっている。


 それは数日前に遡る。同じように魔族側からの襲撃があったがその時は普段と違いアキレスなどの幹部クラスが率いてきたのだ。その時応戦したのが破龍などの応援側が対峙したのだが、彼らの炎が一切通用しないことが判明したからだった。その時は途中で駆け付けた龍二の助太刀により難を逃れたが、この衝撃は彼らに一抹の不安を残さざるを得なかったことがあった。


また連中が来襲した場合、最悪の事態すら想像できる。その為、空気が重くなっていた。


「───ふふん。なら、幹部共はわしらが引き受けてやろうじゃないか。のぅ、紅や」

 重苦しい空気の中で、自信満々に伏龍が告げた。ぎょっとしたのは彼の主である龍二だ。

「おうよ。俺達に任せとけ」

 紅龍が続く。空気が怪しくなってきた。

「えっ・・・・・・・・・?」

 オオクニヌシが懸念する。彼らとて龍である以上、その力は通用しないのではないかと意見した。


 しかし伏龍は笑みを崩さなかった。

「わしらの焔を甘く見るでない」

「根本が違うからな」

「? それは一体・・・・・・・・・」

「見てれば、分かるわい」

 ちなみに、二人の主人である龍二は置いてきぼりを喰らっている。彼らの話が通れば必然的に自分が幹部クラスの連中の相手をしなくてはならなくなる。

 だから待ったをかけよとした。

「おいちょっと───」

 と言いかけた時に

「安心せいオオクニヌシ。こやつらなら適任じゃ」

「えっ───?」

 思わぬ援護射撃が飛んできた。青龍だ。

「そうだな。次元が違う強さだからな。こいつらなら十分役目を果たしてくれるさ」

「いやちょっと───」

「というわけじゃオオクニヌシ」

「奴らは俺達に任せてもらうぞ」

「待っ───」

「───貴方がたがそこまで言うなら、お任せします」

「───・・・・・・・・・」

 反論できずに決まってしまった。ぽかんと口を開けている龍二。そしてそれは深いため息を吐いた。


「おい、二バカ。お主らも手伝え」

 不意に伏龍が龍王と天龍を見た。

「お前らも俺達と幹部連中の相手な。異論は認めぬからの」

 すぐに二人が反論した。

「おいお前ら何勝手に決めてんだよ!」

「そーだそーだ! 私達の意見を聞けー!」

「断る。主ら、何かと理由つけて拒否することくらい分からんとでも思うたか」


 彼は切り捨てた。

「ぐっ・・・・・・。だが、主の許可が───」

 途端に伏龍の顔が歪んだ。ほれ、と伏龍が横を指した。

『わ~い二号と一緒だー♪♪♪』

「はーなーれーろーさーなーねーぇ!」

「ふむ、これは天龍殿を更生させる良い機会」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 彼らの主は結構乗り気であった。

 二人はげんなりとした。

「さて・・・・・・、何か、異論、あるか?」

 そして、トドメの一言。

『ございません』


「───天姉ぇ様、可愛そうですぅ」

 少し離れた所で一部始終を見ていた煉龍が寂しい視線を送っていた。

「・・・・・・いや、あれくらいでちょうどいいんじゃない?」

 南雲は呆れて言う。実際、彼はあの二人がこの子達のトップであることがどうしても信じられなかった。

「でもぉ・・・・・・・・・」

「煉ちゃん。しょうがないよ。私もそう思うもん」

 奈良沢が肯定すると煉龍はしゅんとしてしまった。


「あのさ、南雲?」

「何? 奈良沢さん」

 その奈良沢の視線は煉龍に注がれていたので察しがついた。

 煉龍は場違いなメイド姿だった。

「いや、僕も着替えるように言ったんだけど・・・・・・・・・」

 すると、煉龍は半泣きになりながら上目遣いで南雲に訴えた。

「やですぅ! 私は俊介君といる限りこの姿でいたいんですぅっ!」

 破壊力抜群の上に予想以上に可愛かった。下手したら、一部の人間には核爆弾級の威力を誇る兵器になりうる気がした。

「・・・・・・これに負けました」

「・・・・・・あっ、うん、無理ねこれ」

 奈良沢が珍しく納得した。この状態の彼女に何かしようとする者がいたなら、全員がその者を全力でフルボッコにすると思った。

「悪かったよ。よしよし」

「~~ふにぁ♪」

 そしてその筆頭は南雲であろうと確信していた。


「さ、幹部連中の話はこれで終わりだ。次は、お前らの話だ」

 紅龍に指された劉封達は、突然のことにきょとんとしていた。

「俺達だけじゃ、いくらなんでも限界がある。そこで、お前らには今日から徹底的に武術を叩き込んでやる。本戦までにはマシになってるだろ」

 理由は言わなくても分かるよな? と彼は皆の眼を見た。

 一同は頷いて見せる。

「だけどねぇ、私達の実力で敵うのかしら?」

 それも懸念材料の一つだった。生身の人間が人間を超越した連中に勝てるのかどうか。

「安心せい。わしらがなんとかしてやる。その時間もわしとそこのバカの力でどうとでもしてやるわい」


 もうどうとでもなれと龍王はやけくそな返事をした。

「時間が惜しいわ伏龍殿。早くやりましょう」

 関羽が促せば、張飛や夏候惇は肩をぶんぶん回してやる気に満ちていた。

「結構。じゃが少し待っとくれ。場所を用意せねばならんからの」

「場所?」

 関羽は首を傾げた。

「そうだ。今は少しでも時間が惜しいから、こことの空間を隔離しなければならないんだ」と龍王。

「簡単にいえば、ここより時間の進みが格段に遅い場所を作り、そこでお主らを鍛えるんじゃ」

「そうなりゃ時間気にしなくていいだろ?」


 だから待っていてくれと龍王が言った。彼女らはそれまで鍛練することにした。

 今は一分一秒も惜しかった。

「姉さん。それまでの間私達に稽古つけてくれない?」

「うっしゃ。それなら久し振りに稽古つけてやるわ。準備しろっ」

「雲長殿どうです? たまには」

「あらいいわね。じゃあお願いするわ」

 彼らはそれぞれ散って行った。


「・・・・・・いいねぇ~、若いって」

 そんな彼らを見ながら龍二はジジくさい台詞を吐いた。

「何ジジ臭いこと吐いてんだよ龍二」

「こうでもしなきゃ、この現実から逃げられん」

 ほれ、と自分の後ろを指差す龍二。

「~~~~♪♪♪」

 そこには、さっきの南雲と煉龍とまではいかないが、可愛い子猫のように頬擦りしているご機嫌な達子の姿があり、それを恨めしそうに遠目から見ている趙香と美琴の姿があった。

 龍二の顔は終始朱かった。

「あー・・・・・・何かゴメン」

「いや、分かってもらえればそれで良い」

「にゃ~~~~♪」

 なすがままにされている龍二。これも彼の宿命(さだめ)なんだろうと割り切ることにした。そうでもしなきゃ彼があまりにも不憫でならなかった。


「ねぇやす兄ぃ。私も稽古したいんだけど」

 そこに和美がやって来た。手には薙刀を持っていた。

「───うん、その異様に露出の高い服をとっとと着替えて普通の格好になったら稽古つけてあげる」

「えぇ~せっかくお洒落したのにぃ」

「そっか。じゃあお前が中三の頃にしでかしたオモシロオカシイ出来事について今この場で大声で語ってもいいんだね?」

「すぐに着替えてくるねっ」

 脱兎の如く駆けて行った。はぁ、と泰平はため息をついた。

 その一部始終を見ていた彼らの式神はゲラゲラ腹を抱えて爆笑していた。


『あーおもれ!! 腹痛てぇ!!!』

『だっはっはっはっはっは!!』

『いつ見ても面白いものですこと』

「・・・・・・ホント、しまりがないね」

 それを離れた場所から見ていた公熙が深いため息をついた。

「緊張感というものは、龍二君達にはないみたいよ?」

 ニコニコしながら華奈美が言う。

「でも、ある程度はあってほしいわ」

 明美は嘆息する。

「ま、無駄だろうけどね」

 それでも彼女は少しでいいから緊張感というものを持ってほしいと切に思った。










「───」

「あー伏龍殿? まさか、ここから入るので?」

 三日後、龍二などを除いた面々が朝早くに青龍によって庭に集められた。

 眼の前には〝次元の穴〟とも言うべき裂け目が存在していた。

 その中からドス黒い何かが見えた。

「そうじゃよ」

 平然と言ってのける伏龍はさっさとその〝裂け目〟中に入ってしまった。

「何をしておる。早う来ぬか」

 ひょっこり顔を出した伏龍が手招きしている。

 関羽らは「どうする?」と言った表情で隣同士で見合って戸惑っていた。

「あーじれったいっ」

 紅龍は、劉封の首根っこを掴んだ。

「えっ?」

 そしてその穴目掛けて力一杯ぶん投げた。

「うわああああぁぁぁぁぁ」

 劉封は穴に消えた。

「行かねぇんなら俺がぶん投げるぞ?」

 脅してきた。

「・・・・・・行くしか、なさそうね」

 意を決した関羽が勇気を振り絞って中に入った。残りも彼女の後に続いた。

 全員が入り終わると、その入り口はゆっくり閉じていき、きれいさっぱり消えてしまった。

 中に広がっていた光景に関羽らは感嘆の息を漏らす。

 懐かしの中華大陸であり、雰囲気も本物みたいにそっくりであった。

「この方が、主らはやりやすかろう?」

 伏龍がどや顔する。正直に敵わないと思った。

「ふふん。わしは教える者に最適な環境で教えるのが信条でな」

 彼の考えはさておき。

 関羽は改めて本日の指導者を見る。

 伏龍を始めに『四聖』に麒麟、紅龍、進藤龍造、破龍、藤宮明、龍王と言った豪華な面々だった(龍王の存在には首を捻るが)。

「ねぇ、龍王(この人)使えるの?」

「失敬な! 俺だってやるときゃやるんだよ!」

「じゃあ普段からやる気出せバカ主」

「これ破龍。こやつも珍しくやる気だしたのじゃ。そう言ってやるな」


話が逸れてしまったので伏龍は軌道修正する。

「さて、前にも話たが、主らには時間がない。すぐに始めようぞ」

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