6章 決戦                                                   1 第一ラウンド前のひと時

「ふふん、流石武神と謳われた関雲長と猛将夏侯元譲じゃな。飲み込みが早うて助かるわい」

「いえいえ。我々などまだまだ」

「謙遜するな。他の面子も、そこで早速へばりやがったガキ連中よりマシだぜ?」

「相も変わらずお厳しいお言葉で」

 いつ魔族との戦いが起こるか分からないこの頃。戦力が圧倒的に足りない神族サイドは早急にそれを整える必要に迫れられていた。

 その為、陣営は相談の上応援に来てくれた関羽や劉封ら人間達に特異能力を習得させることにした。

 すなわち龍の力である。伏龍・天龍・黄龍から力の欠片を彼らの身体に分け与え、その能力をある程度まで使いこなせるように訓練を始めたのだ。


 掌から炎を出すイメージを掴んだ彼らは、それを己の得物に纏わせての模擬戦を行っていた。関羽や夏侯惇といった数多の戦場を経験してきたベテラン勢は早々に物にしたのに対し、経験の浅い劉封達は能力の使い方に苦戦して負けを重ねていた。

 

 連戦連敗に意気消沈していた若者達に伏龍がそっと寄って彼らを自身の側によるように手招きした。

「良いかお主ら。己の得物を己の身体の一部として考えるのじゃ」

 伏龍が人差し指を立てながらアドバイスする。

「得物を身体の一部?」

「そうだ。例えば剣なら『手が刃物のように鋭利に伸びて硬化した』みたいにな」

 いつの間にか寄ってきていた黄龍が言葉を繋ぐ。

「故に、得物を単なる道具として考えぬことじゃな。武器というのは手入れをすればそれだけ長持ちするからの」

 ふむふむと劉封は頷く。

「剣なんて人を数人斬ってしまったらもう使い物にならなくなる。原因は骨に当たることもあるが、一番は血糊だ。血糊が付着した剣は切れ味が格段に悪くなる」

「もう一つアドバイスじゃ。今、お主らはわしらの力を使いこなす『訓練』をしているのじゃ。戦場で生き抜くための術を一つ増やすためのな。じゃから、負けてもよい。じゃが、負けた原因と課題を洗い出し、次に繋げることは忘れてはならん」

 ありがたい言葉に若者たちが活気を取り戻したその横で、何やら笑い声が聞こえる。

 そこに視線を向ければ玄武とコウフラハと天龍が子供の様に遊んでいた。

「いいの子龍。あのままで?」

「・・・・・・もう、諦めました」

 関羽は時々この男が憐れに思えて仕方ないときがある。

 龍の棟梁的存在でありながら、全くそれを思わせることなくただただ子供のようにはしゃいだり遊んだり───いやはや。



「みなさーん、ご飯ですよぉ~」

 そこに、煉龍と南雲、公煕、華奈未、瞑龍、奈良沢が軽食を持って現れた。

 空腹であった若者達は早速がっつき始めた。

「一つ思うんだ」

 食事にありつきながら、関平が公煕と華奈未を指差した。

「何でこいつらは訓練しねぇんだ? こいつらだって俺達と同じだろ」

「あぁ、それはね───」

 公煕は近くに落ちていた小枝を拾い、華奈未に向かって放り投げた。華奈未はそれを手刀で行った。朱金の炎を纏った真空の刃が虚空を天へ昇っていく。

「と言うわけでね」

 ちなみにと公熙はその辺に転がっていた剣を拾い上げ、構えてみた。

 その刀身を朱金の炎が包み込む。

「僕ら、もういっちょ前に戦えるんだよ」

 関平を始め劉封達は唖然とした。いつからか訓練に参加してないと思ったら、自分達の遥か上を言っていたとは思わなかった。

「俺らと一緒にやってたのに??」

「何で?」

「〝心優しく可愛いコーチ〟一同に親切丁寧に教わっただけさ」

 関平は脳をフル回転させて該当者を探した。が、そんな人物は彼の中に思い浮かんでこなかった。

 可愛いだけ、とか心優しいとかどちらか一方だけなら該当者がいないわけではないのだが、それを二つ持っている人などいただろうか。

 関平が必死に考えている横で煉龍が頬を押さえ、にへらっとした顔でいたのは誰も知らない。

「あらあら、〝心優しく可愛い〟だなんて」

「照れるよね~」

 縁側から、一部始終を見ていた瑞穂と未奈、澪龍、幻龍は笑顔だった。

「でも意外よね。瑞穂ちゃん、いつもなら『待ってよ~龍二~♪』とか言って愛しの弟君を追っかけてるのに」

 意外そうな顔で主人を見上げる澪龍に、瑞穂はむくれた。

「だってぇ~最近龍二構ってくれないんだも~んっ」

「それは理由が───」

 そこまで言いかけたところで、ここ最近のお決まりとなった怒号愛声が轟いた。

「いい加減にしろテメェら─────ッ!!!!!!」

「「やーだーよー(ですー)」」

「何があっのであろうな、主」

 茶を啜りながら幻龍が呟く。

「さぁ? ただ、龍二君は恐ろしく女性に好かれることくらいは分かったかな?」

「そうか」

 二人して茶を啜った。

「うぅ~」

 瑞穂は涙目だった。

「情けないひとね。たかが従弟おとうとが構ってくれないだけで」

「だってぇ~」

 そこに再び怒号が轟く。

「おいこらテメっ離れろ沙奈姉ぇ!!」

『私が可愛い弟君二号を離すと思ったかー♪』

「「アァーッ!沙奈江さんずるーいっ!!!」」

「あぁもう誰かたーすーけーろー!」

 もうため息しか出てこなかった。

 これ以上は見て見ぬフリをしてやるのがせめてもの情けというやつであろう。

「ねぇれーちゃん。佐々木君はどこにいるか分かる?」

「えーと、確か用事があるとかで泰平君のところに行ったわね」

 未奈は「ありがと」とだけ言ってそれ以上何も言わなかった。

「それが、どうしたの?」

「いいえ別に」

 返事は素っ気なかった。

 その後の言葉は澪龍に聞こえなかった。

「佐々木君はホント無茶をする子だなぁ。聞いていた通りだわ」












「何か分かりましたか?」

 左眼に眼帯をつけながら、安徳は泰平に尋ねた。

 泰平はあからさまなため息をついた。君はホントバカだなぁという眼を向けながら右眼を指した。

「結論を言うと、君の右眼は近々見えなくなる」

「えらく直球できますね」

「バカにはド直球で云わないと無茶しかねないからね!」

 口だけ微笑む泰平はジィーッと安徳を睨んだ。その眼は何かを訴えていた。

 ジィ──────────・・・・・・・・・・・・

 数十分後。

「分かりました! 分かりましたからもう睨まないで下さい」

 ついに安徳が折れた。泰平は渋々引っ込んだが、次やったら容赦しねぇと眼が語っていた。

「それで、私の左眼はどうでした?」

 彼が知りたいのはそこらしい。はぁ、と泰平はため息一つ。

「最近、何か身体に変化無かった?」

 そういえばと安徳はその変化を口にしてみる。

「そうですね、最近眼帯越しに相手の動きがゆっくり見えるようになったり、〝見えないものが見えたり〟しますね」

 成程ねぇと泰平は顎を摩った。

「あくまで僕の見解だけど毒の副作用か、それとも何らかの原因で毒が変じたものかは分からない。けど、その結果君の眼は見えないものが見える、相手の動きがスローモーションのように見えるといった特殊能力が身についたようだね。

 ───そろそろ、右眼、見えなくなってきたんじゃないかい?」

「よく、分かりましたね」

 苦笑する安徳。

「僕は人の些細な変化に聡いんだよ。それに小さい頃からの親友ダチナメんな。

 ま、今まで無茶した報いと思って諦めろインテリ気取り君」


 泰平はズバッと切り捨てた。安徳は何も言わなかった。

 一つ訊いて良いかいと尋ねると、安徳はどうぞと促した。

「盲目になるのは怖いかい?」

 別にと安徳は無愛想に答える。

「私は身に起きたことは無条件に受け入れることを信条としてますから。お忘れですか?」

 誰が忘れるかバーカと泰平は安徳の額を小突いた。

「忘れてないかの確認だ」と泰平は指を立てた。

「全く、僕の周りにいるのはどうしてこうもバカばっかり集まっているのかな」

 安徳は嘆息する。

「今更ですよ。それに、貴方こそ意外とバカですよ私から云わせれば」

 黙らっしゃいと泰平。

「取り敢えず君には自重とか自制とか覚えてもらいたいものだね。龍二共々」

「それは───」

「無理とか吐かしやがったらおじさんにこれまでのこと包み隠さず何だったら誇張してバラすけど、良いかな?」

「卑怯ですよ」

 明らかに不満である安徳に「何なら美枝よしえさんにも話そうか?」と言われ、安徳は従った。

 念には念をと泰平は誓紙を書かせた。













「あぁ、もう」

 壁に背を預けた趙雲は疲労感に苛まれていた。

「どこに行ったんだよもう」

 彼は厄介で面倒で世話がかかることこの上ない能天気天然娘を捜していた。

 少し頼みたいことがあったから捜しているのだが、精神年齢がお子ちゃまに等しい彼女は一カ所に留まっていたりジッとしているのが苦手で、かつ好奇心旺盛である。

 一瞬でも眼を離すとあっという間に姿を消してしまうのだ。

「どうかしましたか、子龍さん」

 声をかけられ、顔を向けるとアマテラスが酒を持って立っていた。

 ───神の世界にも酒はあるんだな───

 彼がこの世界に来て持った感想の一つである。最近では、人間じみている彼らに親近感を感じている。

 もう一度声をかけられ我に返った趙雲はわけを話した。

「いえ、ちょっと私のあいぼうを探していまして」

「あぁ、天龍さんなら、先程から外で玄武君とコウちゃんと一緒に遊んでましたよ?」

 趙雲がガックリと肩を落とす。見つかって安堵したのと嫌気である。

(あのヒトはもう)

 外見は超がつくほど美形で、文句のつけようのない身のこなし。

 黙っていればモテる。どうでもいいけど。

 だがそれを凌駕するほど精神年齢は子供と大差がない。だから威厳というものが一切感じられない。

 彼女の父も彼女と同じく威厳の欠片もない。むしろ友人に近い感覚を覚えたくらい。


「よくこんなんで他の龍は文句を言わないなぁ」

 そんなことも考えたこともある。

 だがそれは彼女と長く過ごしていたうちに変わった。

「あんな性格だからこそ彼らは彼女についているのだ」と。

 敢えて加えるなら、彼女の下にいる黄龍や聖龍がしっかりしているからだと思った。

 ふふっ

 そう考えると彼女のことで悩む自分がバカバカしく思えて趙雲の口から自然と笑みが漏れた。

「どうかしましたか?」

「いや、ちょっと」

 しかしアマテラスは何か悟ったらしく、微笑んだ。

「天龍さんのことですか?」

 彼の心を読み取るように、アマテラスは尋ねる。

 彼は面食らった顔で思わず「何で分かった!?」と言ってしまった。

 簡単なことですとアマテラスは云った。

「子龍さんが困ったような顔やそうやって笑った表情をする時は、大抵天龍さんのことだって青龍さんが仰ってましたから」

「・・・・・・・・・はぁ、あの人はもう」

 趙雲は後ろ髪を掻きながらはにかんだ。彼とも長いがよくわかっていらっしゃる。あぁ憎たらしいやら頼もしいのやら、なかなかどうして。

「天龍さんって好い人じゃないですか。我々も何度か助けられましたよ」

 クスクス笑うアマテラスを見て思わず、趙雲も笑った。

「頼りになる時は頼りになるんですが、普段が普段なのでまーったくアテにならないんですよ」

 と言いながら、彼は歩き出した。

「アマテラスさん。私も混ざってよろしいですか?」

 良いですよとアマテラスは一緒についていった。











「神々の世界ねぇ。俺らの世界と変わんねぇからすごしやすいな」

「それはオオクニヌシが治めているからさ。親父」

「違いない。龍造の言葉にゃ一理ある」

「とんでもない。誉めすぎですよ」

 オオクニヌシの自室で、龍造・晶泰・龍彦・オオクニヌシ本人は酒とささやかな肴を前におき、雑談を楽しんでいた。

「しかし龍造殿。貴方の息子さんは随分と可愛がられていますな。そんなにお盛んなのですか?」

「違う違う。単に『女難』の死神に惚れられただけさ」

 場が笑いに包まれる。

「失礼します」

 そこに、アマテラスが酒を持って入ってきた。

「お邪魔します」

 その後ろから趙雲がひょいと顔を出した。

「子龍さんか。ちょうどいい、アマテラスさんも一献どうだ?」

 龍造が瓶酒を左右に振りながら微笑む。

「あら? じゃあお言葉に甘えましょうか子龍様」

「はい。甘えましょう」

「こりゃいい! 家の先祖と酒を飲めるたぁ粋だわな」

 龍彦は快笑して早速瓶を一つ空けてしまった。















 神戸藍実は神々の住む世界の空を飛んでいる。銀の髪を靡かせ、純白の翼を羽ばたかせ、彼女〝達〟は空の旅を楽しんでいた。

「(美琴、空の旅はどうかしら?)」

『すっっっっっっごく気持ちいいよ藍実ちゃん♪』

 そんな彼女達の上には、一人の乗客がちょこんと乗っていた。

 藍実は彼女の方に首を向けた。

「貴方はどうかしら? カガミノヒメちゃん」

「スッゴく気持ちいー!!」

 乗客の名はカガミノヒメ。神と魔族のハーフの子供だ。

 それを見上げる子供達がいた。カガミノヒメと同じハーフである。彼らはすでに藍実に〝乗車済み〟である。

 乗車を終えた子供達は後藤和美と彼女の式神藤原京子と風見庄五郎弼宗かざみしょうごろうのりむね北条筝美ほうじょうことみが責任持って遊んでいる。

「楽しんでもらえて、わたくしも嬉しいわ」

 笑って暫く遊覧飛行を楽しんだ後、彼女らは他の人の待つ丘に降り立った。

「さて、と。シェビルさんどうします? 行きますか?」

 美琴(藍実)は彼らの親代わりにあたるシェビルなる『魔族』の女性に尋ねた。

 シェビルは隣の神族の男、カグツチノミコトを見る。カグツチノミコトはこっくり頷く。

「お願いします」

「はい」

 いらっしゃいと子供達を招き寄せる。

 和美は三人に藍実の手伝いをするように告げた。

「京子さんに筝美さん、弼宗さん。藍実さんを手伝ってあげて」

「はい」

「任せて和美ちゃん」

「承知仕まつった」

 彼女達はいけるだけの人数を請け負った。

「ではわたくし達も帰りましょうか」

 藍実が促す。ウンと和美は藍実の側に寄った。残りの子らはシェビルとカグツチノミコトが抱えた。

「では、オオクニヌシノミコトの館までご案内しますわ」


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