閑話参  もう一人の

「(もう疲れるなぁ)」

 龍二はぐったり畳に突っ伏した。たれぱんだと化していた。

 最早日常恒例行事に定着しつつある龍二を巡る女達の大乱闘。咎める者など誰もいない。

 唯一の頼みの綱が安徳なのだが、生憎と彼は関羽達の〝特別訓練〟の講師として朝早くからいない。泰平は政義や為憲らとゲラゲラ笑いながら傍観としゃれこんでるし、龍造はそれを肴に朝から酒を飲みながら談笑、良介と明美は朝食の準備でアマテラスと一緒に台所にいる。明と萌は伏龍の依頼で出払っている。

 呉禁や趙香が乱闘を静めようと頑張っているが、大した効果はない。

 はぁ、とため息をつく龍二のやる気は既に奈落の底に落ちている。


「俺って何よ?」

『玩具(おもちゃ)じゃないか?』

 ガクッ

「ちょっ、おまっ、今ものすっげぇ傷ついたぞ俺?!」

『事実だろ?』

「ぎゃん!」

 グサッ

 間髪なく告げられ、龍二の心臓にぶっとい槍が突き刺さった。

 畳にへのへのもへじを書きながらいじけている龍二を見て紅龍はやりすぎたと少し反省した。

「なぁ紅龍。今ふと思い出したんだかどさ」

 切り替えが早い主に呆れながら、紅龍は訊く。

『何だ、龍二』

「何でお前『狂龍』なんて呼ばれてんだ?」

『あぁ、それか』

 ぼんっ、と紅龍が顕現する。

「百聞は一見に如かずって言うしな。まっ、見てくれや」

 ほえっ? と龍二が首を捻っていると紅龍の後ろからにゅーっと誰かが出てきた。

「よォ、我が主殿。お初にお目にかかるな」

 男は紅龍と瓜二つの顔をしていた。

「・・・・・・アンタ誰??」

 口を開けてポカーンとしている彼に、紅龍は彼の横に移動し告げた。

「コレはもう一人の俺だ」

「・・・・・・はい?」

「二重人格ってあるだろ? 俺はコイツのもう一つの人格って奴さ」

「はぁ」

 龍二は要領を得ないように首を傾げていた。

「まぁ俺のことはもう一人のコイツって理解してくれるだけでいいぜ」

 主殿の質問だが、ともう一人の紅龍が続けた。

「主殿が言う〝狂龍〟という二つ名は基本的に俺のことだ」

「どゆこと??」

「まぁ、その辺のことを話してやんよ」

 そう言って、紅龍ともう一人の紅龍は交互に語りだした。














 紅龍が初めて宿ったのは、晋王朝時代の当主趙險ちょうけんという人物だった。

 趙險は大陸を渡り日本に帰化した駁艸ばくそうの曾祖父にあたる。彼は今日の進藤流槍術の源流を作ったと伝えられていて、中国では、始祖である趙子龍と同じくらい敬服されている。

 彼は最初戸惑ったそうだ。何せ自分に『五大龍』が宿るなど考えていなかったのだ。

 ただそれは時間が解決してくれた。次第にそれを受け入れるようになり、彼が当主になる頃には親友の付き合いに変わっていたという。

 次の宿主は平安朝は一条帝の時代。趙家が進藤と改姓した後の分家の一つ、草夏くさか家の草夏庸麻呂《くさかのつねまろ》という男だった。

 この男は一条帝のもとで左大臣にまで上り詰めたが、この男相当な野心家であったらしく、自身に紅龍が宿ってると知るや、自分が天下を治めようと画策し始めた。

 強大な力を得た庸麻呂に恐れるものはない。庸麻呂は一条帝を蔑ろにし次々と強行的な政策を唱え、それに反対した同僚を次々と闇討ちし始めた。

 宿主の所業に紅龍怒り狂っていた。主に逆らえない自分のふがいなさに、力の意味を履き違え暴力を振るう庸麻呂の非道さに。

 そんな彼の思いから生まれたのがもう一人の紅龍なのだと言う。

───アンタの怨み、俺が晴らしてやろうじゃないか───

 その場面を、当時の映像付きで詳細に話してくれた。

「ご丁寧にどうも」







「───何奴」

 寝床から起き上がり、側に常置している龍爪の穂先を気配の方向に剥けながら、当時の進藤宗家当主・進藤鎭陽しんどうのしげはるは闇に問い掛ける。

「我が名は紅龍」

『あら、珍しいわね』

 闇から姿を現した男は短く告げ、鎭陽の前で立ち止まった。彼の龍はすっと現れてそんな言葉を吐き、鎭陽は「ほぅ」と関心の眼差しを向ける。同時に龍爪を脇に置き立ち上がる。

「我が家でも名高き五大龍のそなたが、この俺に何用か?」

 『紅龍』は単刀直入に言った。

「明日、我が主草夏庸麻呂を討ってもらいたい」

「・・・・・・・・・」

 鎭陽は襖を開け、誰もいないことを確認して再び閉めた。彼の龍も居住まいを正して彼に正対していた。

「聞こう」

 『紅龍』は告げた。

「お前も知っていると思うが、庸麻呂は俺を手に入れたことで天下を我が物にせんと画策を始めている。近い内にお前達に対して反旗を翻すつもりだ」

「あぁ、知っていた。故にどうするか一族で思案していたところだ」

 彼の龍も首肯するように頷く。相手は全てを呑み込む地獄の業火を持つとされる『五大龍』の一角である。綿密な計画を立てねば一族が滅ぶと考えていた。

「その必要はない鎭陽。一瞬で終わる」

「根拠は?」

「俺が奴の精神を乗っ取る。そうしたら、迷わず奴の心の臓を貫け」

 そう言いながら、彼は部屋のある一角に紅き焔を放つ。

 焔は蒼き焔によって相殺された。

「盗み聞きとは感心しないぜ。『四聖』青龍」

 苦笑が漏れると共に、『四聖』青龍は姿を現した。

「別に盗み聞きしようとしてしたわけじゃない。鎭陽の頼みで道長の屋敷に出向いた帰りじゃよ」

「道長・・・・・・太政大臣藤原道長のことか」

 そうじゃ、と座した青龍は「道長からじゃ」と鎭陽に一通の書状を手渡した。

「鎭陽。勅が下りた。明日庸麻呂を討つ」

 鎭陽は書状を広げた。『勅』の一文字の隣につらつら書かれた文字は見るに及ばなかった。事に及ぶ経緯と庸麻呂の罪状、帝の言葉が書かれているのだろう。

「速やかに庸麻呂を討ち取り皇室の安寧を取り戻すべし」と締め括られていた。

 署名書きは帝と道長の名がしたためられていた。本来の勅旨とは違うあたり緊急に認められたものだろう。

 これに先立ち、太上大臣藤原道長は同じ内容を計画実行者である佐々木・後藤・神戸の三家と陰陽大家の賀茂・安倍の代表者を自邸に招いて話したという。

 念には念として、秘密理に一条帝を始めとする都に住む全ての者は、今夜から道長の主導のもと、武家の二大棟梁とされる源・平一族を護衛として廃都難波京に一時避難を開始しているらしい。

「時に紅龍」

「何だ?」

「お主、何者じゃ? 奴ではあるまい」

 青龍の問い掛けに「何を馬鹿な事を───」と鎭陽が口にしようとしたところで突然『紅龍』が笑い出したので、鎭陽は眼を丸くした。

「お前の眼はごまかせなんだか」

「わしを誰だと思うておるのじゃ。奴の『気』を知らぬはずなかろうが」

 おいてきぼりを食らった鎭陽は青龍に説明を求めた。

「こ奴は紅龍のもう一つの人格じゃ。恐らく、奴の庸麻呂に対する怨嗟の念から作り出されたのじゃろう」

「ご名答」

 『紅龍』が拍手を送った。

「青龍の言う通りだ。俺は紅龍の念が作り出した本来存在しない龍だ。ま、好きに呼んでくれ」

「よし、お前今日から紅冥龍こうめいりゅう略してこーめいな」

 今度は『紅龍』が眼を丸くした。それを聞いて苦笑する青龍。

「よろしくこーめい」

「あ、あぁ、よろしく・・・・・・・・・」と紅冥龍は戸惑いを隠せなかった。

 青龍が咳ばらいする。

「わしらが注意を惹き付ける。お主は焔龍の炎を纏わせた龍爪で奴の心の臓を貫くのじゃ」

 鎭陽は頷いた。

「青龍。奴に気取られぬよう一族を集めてくれ。打ち合わせをしたい」












 計画は翌日実行された。決行場所は大内裏から少し離れた、通称『別院』と呼ばれていたある御殿。

 「帝危篤」という偽報を庸麻呂に伝え、庸麻呂がのこのこ駆け付けて来たところを待ち構えていた太政大臣道長と右大臣でもある進藤鎭陽が帝の勅令を読み上げ、後藤や神戸ら協力者が庸麻呂を取り囲んだ。更に用心して『別院』の回りを二重三重と進藤一族が取り囲んでいた。

 謀られたことに激怒した草夏庸麻呂は紅龍の力を解き放ち、都を焼き尽くそうとした。そうはさせじと安倍晴明と賀茂保直かものやすただ、後藤頼泰が結界を張って被害を最小限に防ぎ、神戸・佐々木両家がそれぞれの得物で庸麻呂に攻撃する。青龍らも庸麻呂の注意を引く事に専念した。


 そこで打ち合わせ通り紅冥龍が庸麻呂の精神を乗っ取り無防備となった所で鎭陽の槍が庸麻呂の心臓を貫いた。こうして庸麻呂の野望は潰えた。

 後、紅冥龍の提案により、紅龍は『呪われた龍』として、彼を宿した者が彼の力に溺れるかどうかを判断した上で紅龍を殺すか否かを当主に委ねるようになった。

 それは時が流れるにつれて現在進藤家に伝わっているような伝承が残ったのだと言う。


 少し話は脱線するが、と紅冥龍は進藤家の成り立ちを話始めた。

 武家と朝廷の戦いとされる治承・寿永の乱。進藤家は頼朝に味方した(佐々木・神戸・後藤も同じ)。源氏が勝ち、頼朝は彼らに鎌倉にいて欲しいと願いでた。

 が、元来進藤家は代々皇家の守護を担ってきた。源氏に味方したのも、彼が帝を擁護することを約束したからだ。

 結果として進藤家は二つに家を分けることにした。長男の太郎龍実たろうたつざねが頼朝と鎌倉に残り、次男の次郎恒龍じろうつねたつは京に戻り帝の守護を務めた。

 後に京の進藤家は明治期に改姓し都院みやこのいん家として今も残っているらしい。

「俺の伝承はな、室町の世で、宗十郎龍将そうじゅうろうたつまさや当時の室町将軍義輝が〝改竄〟したやつなんだ」

「へーそうなん?」

「その方が後の世の者にいい薬になると思ってな」

「ま、義輝には伏龍の記述改竄にも一役買ってもらったしな」

 彼らの話を聞く限り、足利義輝───今は工藤義輝と偽名を名乗っている───は自分達一族についての理解が相当なものだったんだなと感じた。

「唯単に俺達の力に興味があっただけだぞ。義輝ヤツの場合」

 まぁそれは置いといて。

「義輝だけではない。歴代の足利将軍は俺達や他の三家に対しても寛容に待遇してくれた。全てを知った上でな」

 まぁ最後の義昭とか言う〝ボンクラ暗君〟は俺達を毛嫌いしてたし、俺らも奴には愛想尽きて一切協力しなかった、と笑って済ませた。

 それでいいのかよと龍二はツッこむが華麗にスルーされた。無視すんなという心の叫びもスルーされた。

「信長・秀吉・家康は共にいて楽しかった」

 その頃の話もなかなか面白かったが、龍二が特に興味を引いたのは大坂夏の陣の話だった。


「あの時ほど心踊ることはなかったぜ」

「特に真田左衛門佐信繁さなださえもんのすけのぶざねとの一騎討ちは実に爽快だった」

 真田左衛門佐信繁───自分達がよく耳にする幸村の名は通称とされている───は豊臣軍でただ一人、東軍大将徳川家康を追い込んだ勇将で、真田丸などの策で東軍を散々に苦しめたことで知られている。


 通説では真田幸村を討ち取ったのは徳川家康の孫松平忠直だと言われているが、実際はどうやら当時の彼らの主人・進藤千重郎龍由しんどうせんじゅうろうたつよりであったらしいのだが、彼はその手柄を忠直に譲ったらしい。

「俺達が目立つのは甚だ世間体に良くないからな」と言うのが理由らしい。

 聞いたところ、壮絶とした戦いであったと言う。

 それはそれとして、家康はその手柄により龍由を武蔵五十万石の大大名に取り上げ、武蔵守むさしのかみとして老中に任じるなど破格の待遇をしたと言う。

 本来、武蔵守は徳川将軍家が武蔵を治めている為任命することはないのだが、進藤家の力を認めての特例処置らしい。

 以後、代々の進藤家当主を含めた四家当主は影で徳川幕府四百年を支えたそうだ。


 後、明治維新の折りは幕府軍につき、勝海舟と西郷隆盛との会合、江戸城無血開城、維新政府にも参加し日本の為に今日まで尽くしてきたそうだ。

「おいこら。途中からまーた家の歴史になっちゃいねぇか?」

「んな小せぇことは気にすんなよ」

 そんなこと言われてもとツッこもうとして諦めた。家の歴史を聞けただけでもまぁ良しとするか。

「つかよ、俺始めてお前と会った時フツーに接してきたよな? 何でさネ??」

「そりゃ簡単。伏龍がいたからな、信頼するに値しただけのことよ」

「伏ってすげぇな」

「俺達『五大龍』のNo.2だからな。実質的筆頭だし」

「でもよ、伏龍って伏が認めた時しか出てこねぇんだろ? 何で?」

 あぁそれね、と紅龍は説明を始める。

「アイツの気まぐれだ。加えてかなーり〝ひねくれた〟奴だから滅多に起きないんだなこれが。なんせ気に入った奴がいないと目覚めないと来た。それが原因で何人犠牲になったことやら」

 龍二がそっと手をあげる。

「はい質問。いつから伏龍を宿した奴は二匹の龍を持つようになったんだ?」

 答えやがれテメェらこんちくしょうと眼が訴えていた。

 あ゛ーと紅龍と紅冥龍があからさまな表情をしていた。

「答えて答えろ答えやがれぇ!」

 龍二は暴走寸前だった。

「分かった分かった話す話すから!」

「落ち着け主殿!」

 二人が宥める。

「えっと・・・・・・ありゃ確か二代頼家の時代で・・・・・・あん時の当主は・・・・・・そうだ、龍臣たつおみの頃だな」

「そうそう。あの娘バカも流石に無視できなかったんだろうな。奴を宿した者にこーっそり別の龍を送り込んだんだよ」

「子も子なら親も親ってか」

 その事は片隅に追いやるとして、どうやら伏龍はかなりのへそ曲がりらしい。

「まーいいや。取り敢えず、これ以上は俺の頭がパンクする」

 結論として伏龍は謎である。

「暇潰しにはならばぁっ!?」

 その時、龍二の後頭部を達子の柔らかなお尻が乗り掛かりそのまま前のめりに倒れた。

「痛ったいじゃないっ!!」

 勢いよく立ち上がるや、自分を投げ飛ばしたカスガノミコトめがけて突進した。その際龍二の顔面をバネ代わりとした為、彼は顔に二度の痛撃を受けた。完全なとばっちりである。

 ギャーギャー

 ギャーギャー

「・・・・・・・・・」

 やかましい音声を出しながら二人の争いを続ける彼女達を尻目に、沙奈江は弟の頬を突っついていた。

 ツンツン

 ペタペタ

 ツンツン

 ペタペタ

 姉になすがままにされながら、きっとアイツらにこれが見つかったら俺は今度こそ死ぬんだろうな、と絶望しながらも、気づかずにそのまま終われとわずかな希望を抱くのであった。

「に~ご~う~♪」

 そんな弟の心情を知ってか知らずか、沙奈江は満面の笑みを浮かべながら満足気に弟と戯れていた。

「(はぁ・・・・・・・・・)」

(頑張れよ、主殿)

 紅冥龍の励ましは今の龍二には励ましにならなかった。

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