2 父





「と言うわけで、そろそろ色々教えてよおっちゃん」

 翌日の夜半。オオクニヌシの部屋に押し掛けた龍二達は開口一番切り出した。部屋には、オオクニヌシ親子の他にイザナギが座していた。

 きょとんとしていたがすぐにオオクニヌシ夫婦はゆっくり頷く。

「そうだな。ここまで付き合ってもらったんだし、事の顛末くらい話してやらないと割に合わないかな」

「そうですね。貴方達には、知っておいてもらわないといけないわね」

 カスガやイザナミは何も言わない。同意したのだろう。オオクニは座るように勧めると、手際よくアマテラスが座布団を置いていく。


「流石おっちゃん。話が分かる」

 にゃははと龍二がそこに胡座を掻くと、ちゃっかりカスガがその上にちょこんと座った。

「ていっ」

 即座に兄のスサノオが彼女の頭にチョップして引きずって部屋の片隅に行くと、そのまま説教タイムに突入した。

「そうだな・・・。話は俺が生まれた頃の前後になるが」

 そう言って、オオクニヌシは語りだした。

 


 オオクニヌシの父から聞いたことを含めると、彼が生まれた頃、神族と魔族は共存していたらしい。神族と魔族が一緒になって家庭をつくることだって珍しいことではなかったようだ。

 それ以前は、今に似た感じで互いに覇権を争っていたのだがある時を境に両族の王———ゼウスの父とオオクニヌシの父が歩み寄ったことで覇権争いに終止符が打たれ、長い平和な時が流れていったという。


 その時代に生まれた彼は魔族に対する偏見などあるはずもなく魔王の息子ゼウスと互いを親友と呼び合う仲であったそうだ。

 成長したゼウスはやがて神族の女性を妻に娶ったらしい。

 名はミナツキノヒメといって、神族の中でも高貴な一族の娘だったそうだ。龍二達の世界で言うなら貴族という部類だ。

 ミナツキノヒメとは相思相愛だったようでよくゼウスに尽くした。端から見ていても羨ましいことこの上ないと評判であった。


 夫婦になって五年くらい経った頃、初めての子をもうけた。その子供こそコウフラハだった。彼らの古い言葉で『挫けぬ者・信念を曲げぬ者』という意味らしい。

 だが、とオオクニヌシは言う。その平和な時代であっても、神魔が共存することに異議を唱える一派がそれぞれにあったそうだ。その一派はお互い影で様々な勢力を煽動したりする活動を行っていたが、両先代の王がよくそれを鎮圧した。ゼウスやオオクニヌシも王の下、鎮圧活動に参加したことがあるそうだ。


「今思えば、アレはその後始まることの序曲に過ぎなかったんだな」とオオクニヌシは哀愁を漂わせる。

 今の原因を作った張本人は既に亡い。彼は神族との共存を真っ向から反対する魔族一派の首領で、先代魔王の側近だったある貴族だったそうだ。先代から絶大な信頼を寄せられていた人物で、先代もそれを知った時は大きな衝撃を受けただろうとオオクニヌシは推測した。

「それを知ったのはアイツの手紙だったからな」

 

 ゼウスによってある日オオクニヌシの元に急報がもたらされた。それは先代魔王が側近によって暗殺されたというのだ。ところが、魔族内では何故か主犯は神族の若者とされおり、反魔王一派である本当の主犯である側近が煽動して魔族の大半が神族討つべしの方向に向かっているという内容だ。

「困ったぞ」

 この大事は瞬く間に神族にも広まり、と憤った一族から魔族討つべしの声が日を増して強くなっていったらしい。想像するに難くない。彼らはまさに連中の思う壷となっていたのだ。

「オオクニヌシ。ゼウスと協力して奴を討て。後の事は総てお前に任せる」

 事態を憂いた先代は、オオクニヌシに命じた。

 早速オオクニヌシはミナツキノヒメを介してゼウスと連絡を取りつつ、部隊の編成を急いだ。事は隠密裏に行う他は無かった。

 この時、ミナツキノヒメには凶刃が迫っていた。当然だ。彼女は神族であり犯人とされている一族なのだから。だが、その危険を省みず彼女は協力してくれた。


 ゼウスらの協力により、首謀者一味は隠密裏に殲滅することができた。だが、この件も何故か神族によるものとされてしまい神魔の関係修復は事実上不可能となってしまった。

 殲滅の数日後にゼウスに呼び出されたオオクニヌシは、闇夜に紛れてゼウスの邸宅を訪れた。そこで聞かされたのは、ミナツキノヒメと幼い息子コウフラハが狙われているという。理由は彼女が神族であり、今回の一件の裏を引いているということ、彼女の血を引いているコウフラハ共々血祭りにあげて宣戦布告すべしという声が上がっているということだった。今でこそ魔王となったゼウスが抑えているが、暴発するのは時間の問題であるという。

 彼がオオクニヌシを呼んだのは、この二人を連れて帰り、匿ってほしいとのことだった。

 親友の懇願を、彼は二つ返事で引き受けた。

「次に会う時は戦場だな」

 返ろうとしたときに聞かされた親友の言葉が今でも耳に残っている。


「とまあ、こんな感じだ」

 そう言ってオオクニヌシは眼を閉じた。

「そんなことがあったんね」

 聞き終えた龍二は深くため息を吐いた。

「ありがとねおっちゃん。話してくれて」

「いや、協力してもらってる以上これくらいはな」

「俄然やる気が出た。ちゃっちゃと終わらせてやんよ」

 言葉は変だが、彼の笑顔を見てオオクニヌシは複雑な気持ちになった。

『暗い顔をするでない。わしらはこうした面倒事に巻き込まれるのは慣れておるし、協力するのはまんざらでもない』

 いつの間にか現れていた伏龍が笑んだ。



「成程そういうことでしたか」

 続いて安徳は顎に手をやった。

「なかなかどうして。こりゃ骨が折れるねぇ」

「でも、俊介君嬉しそうですぅ~」

「骨が折れる程僕はやる気が出るんだ」

 頼もしいねと泰平。南雲はピースしながら「でしょ?」とおどける。

「アタシはまだ開いた口が塞がらないわ」

「無理もないわ」

「そのことはゆっくり考えたらいいよ。焦るもんじゃないしね」

 少年たちが思い思いの言葉を口にしているとオオクニヌシが申し訳なさそうに告げる。

「彼の言う通りだ。無理にこちらも協力してもらうこともない」

 すると、ここに集まった全員がくるっと彼に向いた。

『だけど関わった以上最後まで全力で協力するけどね!』

 全員が笑顔で宣言した。それにオオクニヌシは自然と微笑み、何とも頼もしいなぁとイザナギが呟いた。

「彼らといると、非日常的なものが何故か楽しくなっちゃうからね」

 劉封がため息をついた。

「ですが、和解しなかったのは驚きですね」

 誰かの疑問に答えたのは龍造である。

「簡単な話さ。オオクニヌシと奴が和解したところで下は怒りが収まらない場所まできちまった。それだけさ」

「・・・・・・成程」

「それはさておいて、問題はこれからだよね」

 良介が言う。

 向こうはほぼ無傷の戦力がごまんとあるのに対し、こちらは連戦による負傷などでまだ戦力の半数以上が回復していない。回復までに時間がかかる。

「その分は安心しろ。俺と親父がカバーしてやる」

「俺達も忘れないでくれよ」

 ふふんと胸を反る龍二達。進藤親子とその一族や彼らの相棒だけでここの戦力の殆どを担っていると言っていい。

 他にも数時間前にヤマトタケルノミコトやカガチノミコトらが援軍にきたが、まだタヲヤメらの旧領地を平定して間も無く、治安はあまりよくないのを知っていた。オオクニヌシはすぐに彼らを戻した。

 つんつん

 龍二の背中を呉禁が突っついた。何だと顔を向けると、彼は不安そうな顔をしていた。

「大丈夫だって。何とかなるよ」

 頭をくしゃくしゃ撫でると、彼は少し安堵したようだ。

「ほれ」と龍二は彼を自分の膝の上に乗せた。そして愛ではじめた。

「おじさん達がいても安心できないしね」

「それに、こちらの士気は芳しくありませんものね」

 瑞穂、澪龍がぼやく。

「そうも言ってられないわよ。敵はこっちの都合で待ってくれないんだから」

 朱雀の言うことも尤もであり、早急な対策を要した。

「当面はおじさん達を頼るしかないかな」

「任せておけ。砕や焔と共にやってやる」

 話し合いが行われている最中、龍二はキョロキョロと誰かを探していた。

 神亀が問えば、じい様の姿が見えないとか。

「龍彦さんなら、『メンドいからパス』だってさ」

 鳳凰が答えると龍二は「あ~」と間の抜けた返事をした。

「あの男らしいわ」

「うん。じぃ様って長ったらしい話の時はいつもいなかったし」

 龍彦がまだ『劉超』と名乗っていた頃。彼は軍議とか作戦会議等々の場には決まってバックレていた。

 「かったるい」とか「めんどい」とかが主な理由であった。

「なあ青龍。じぃ様が軍にいた頃はどうしてたの?」

「そうさな。奴が軍にいた時は山崎の小僧が伝えていたし、どこかのはた迷惑なバカが送ったあの世界ではわしが伝えておった。今回も後でわしが報告しておこう」

「でもさ青龍。じぃ様って軍のトップだったんだろ? だったらさ───」

 そこで青龍が口を挟んだ。過ちに気づいたように龍二を制止する。

「・・・すまんな。わしの言葉が足らなんだ。奴がバックレるのは会議等の内容が時かしかせんよ。じゃから、今回の件も大方予想がついた故同じ話を二度聞く必要がないと判断したんじゃろう」

 そうなんと龍二はあっさり納得した。考えればあのじぃ様がそんな適当なことしないかと思い直したようだ。

「さ、て。龍二や。少し騒がしくするが、気にせんでくれよ?」

 その時、今まで黙って横に座っていた伏龍がゆっくり歩き出した。彼ははいよと適当に手を振った。

 これから恐怖が訪れることを知らないある緊張感のかけらもない主従はいつも通りだった。

『おーちゃーん。あーそーぼー♪』

「いいなそれ♪ よし、何をして───」

「ほう? 真剣な話をしているのに随分と楽しそうじゃのぅお主ら」

 ヌッと顔を現した笑顔の魔王。沙奈江主従は全身から滝のような汗を流しながら固まっていた。

「ちょっと、こっちに来てくれぬかのぅ」

「『サア! イエッサー!』」

 その姿を見た龍二と龍一行は額に手を当て落胆した。

「沙奈姉ぇ・・・・・・・・・」

「天龍様・・・・・・・・・はぁ」

「・・・・・・苦労、してるんだな」

 オオクニヌシが優しく龍二の肩に手を置いた。一行は黙って頷いた。

 ちょうどそこに未奈がやって来た。

「あら、お取り混み中?」

「ああいいよ先生。いつもの事だから」

「左様。主が気にすることはない」

「そう? ならいいけど」

 説教組はほっといて他の者達は今後の対応について話し合うことにした。

 その中、高円宮公熙はそっと華奈美に近寄った。

「君はどうする?」との問いに対し、彼女は貴方はどうするのと質問を質問で返した。

「無論、僕は戦うさ」

 彼は即答だった。

「皇族だった僕はずっと人に守られてきたからね。今度は僕が人を守る番だ」

 貴方らしいと華奈美は微笑する。そして「私もそのつもりよ」と告げた。

 最も彼女の場合、龍造が強制的に駆り出すであろうが。

「助けてもらった恩はきっちりしっかり返すのが僕の信条でね」

 その為の力も得たし、と強制的には手の平に青々とした炎を出して見せた。

「すまねぇな。君らにも協力してもらうことにならってしまって」

 白々しいと華奈美。

「何をおっしゃいます龍造様。元々協力させる気満々だったじゃありませんか。顔に書いてますよ」

 あの龍造に対して容赦ない。

「龍造。お前もまだまだだな」

「はっはっは。違いない」

 龍造に悪びれる様子は微塵もない。

「とは言え俺も鬼じゃない。彼らには俺達のサポートをしてもらう。それだけに専念してもらう」

 だそうだと公熙は南雲達に伝えた。

「私達もしっかりサポートするですぅ!」

「俺もだ」

「私もよ」

 煉龍や雷龍といった龍達も意欲が増している。

「当面は守勢に力点を入れる。未奈は彼らの護りを頼む」

 よろしくてよと未奈。

「ありがとう龍造さん。恩に着る」

「やめろオオクニヌシ。前にも言ったろ。持ちつ持たれつってよ」

 はははと二人が笑い出した。

「よし、そうと決まったら早速準備をしないとな。安徳やるぞ」

「南雲君に煉。お前らも参加しろ。龍二、明と萌と一緒に劉封達の鍛練をしてやれ」

 龍造の指示が飛ぶ。皆はその通りにせっせと動き出す。

 龍造達が協議している間、『四聖』と進藤に仕える龍達が屋敷の四方に散らばり警戒の任に着いた。






 きれいな夜である。星々が淡く輝き、満月が柔らかな明かりは見ている者の心の闇を浄化してくれるようだ。

 コウフラハは一人、そんな夜を辛うじて戦火を免れた縁側で眺めていた。

「こんな所で何やってんだ、コウ」

「龍彦様?」

 声に気づいて振り向けばそこにいたのは龍彦だった。

 酒を持った彼はコウフラハの横によっこらしょっと腰を下ろした。

「いいんですか龍彦様? おじさんが今回の原因を説明してるのに」

 今時分、オオクニヌシが龍二達に今回の経緯を説明しているのにというのになぜ彼がここにいるのか解せなかったからだ。

「あらかた予想はついているからな。聞く必要はない」

 猪口で酒を飲む龍彦を見ながら彼はさらに首を傾げる。何も聞いていないのに予想がつくということは一体どういうことだろうかと。

「お前こそ、あの場にいなくていいのか?」

 龍彦が聞き返した。確かに彼は今回の当事者に等しい立場である。彼の口から語ることも龍二達は興味を持つだろうと。

 その質問にコウフラハは「今日はここで月を見ていたい気分なんです」と返した。

「そうか」とだけ龍彦はそれ以上聞かなかった。

神界こっちの世界にも星はあるんだな」

「はい。綺麗でしょ?」

「あぁ、良いもんだ」

 暫く沈黙が続いた。

「今日は、お母さんの命日なんです」

 ぽっつりコウフラハが呟いた。

「・・・・・・そうか」

 龍彦は夜空を見上げていた。

「お前の父親、確か魔族だったな。母親は、何か言ってたか?」

 コウフラハはにっこり笑って答えた。

「とっても優しい父親だったそうです。今は事情で魔界にいるけど、いつか『呪縛』から解き放たれてこっちに来るって言ってました」

 それに、とコウフラハは続ける。

「お父さん、魔界じゃ結構な地位にいて、オオクニヌシのおじさんとも友達だったとも言ってましたよ」

「そうか」

 龍彦はそれだけ言った。彼が自分の父親が誰なのか母親から聞かされているかもしれないと思ったが、本人が話さない以上無理に聞くことはなかった。

「おじさんはね」

 コウフラハが話すに任せ、龍彦は彼の話に耳を傾けた。

「僕が小さい頃からお父さんの代わりにお父さんをしてくれたんです。ハーフの僕に優しく接してくれたし。今も、僕の大事な二番目のお父さんです」

「だが、お前は他の奴等から虐待されてたじゃないか」

 龍彦は口を挟んだ。

「でも、いつもおばさんやカスガお姉ちゃんやイザナミお姉ちゃんにスサノオお兄ちゃんが助けてくれたし、龍彦様だって助けてくれたし、龍二様や玄君や呉禁君という友達ができたから今は苦じゃないんです」

「強いな」

 思わず口から出た言葉は、彼に聞き取られることはなかった。

「コウ。一つ聞くが、お前は今父親に会いたいか?」

 唐突に訊いてみると、コウフラハは少し考えた後こっくりと頷いた。

「会ってゆっくり話がしたい」

 その笑顔を、龍彦は悲しげな表情で見つめた。

(やるせねぇな)

 彼を思うと、心苦しく、彼の頭を優しく撫でることしかできなかった。

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