2 それぞれの思惑

 翌日。

 オオクニヌシ邸を何度目かの魔族の襲撃があった。

 ただいつもと違うことは、仲間であるはずの神族の一部が離反してそちらに参加しているくらいである。

「欲に眼が眩んだか」

 苦々しげに吐き捨てるフツヌシノミコトの横では、イザナミノミコトが怒りを露に裏切り者共を容赦なく始末していった。

「所詮、俺達も人間と何も変わらないということだな」

 他の神族は同族を殺すのに躊躇いを覚えている中、龍二達もイサナギ同様向かって来る者を容赦なく骸にしていった。


「彼らの初陣にしてはいきなりハード過ぎるよ」

 泰平がぼやいた。これまでの修行でようやく『四聖』の力を習得した劉封や呉禁らは、戦慣れしていた趙兄弟らに守られながら『初実戦』に苦悩していた。

「焦るなよ」

 短く青龍が言う。劉封らは力強く頷く。



 別の場所で、龍彦は虚しい気持ちで神を殺していた。

「神とは名ばかり、か」

「ヤマネガミめ・・・・・・ゼウスに誑かされやがったな」

 彼の隣にいて、壁を拳で叩いたイザナギノミコトは苦虫を噛み潰した顔をしていた。

「おのれっ!!」

「怒るなイサナギ。まずは周辺で奴らと同じような裏切者を探れ」

 龍彦の言葉に冷静さを取り戻したイサナギは、オオクニヌシやフツヌシノミコトらと共に部下を各州に派遣して情勢を探った。それから、残りの襲撃者を退けた後に龍彦はオオクニら主だったものに大広間に集まるように言伝した。


 

 数十分くらいで戻ってきた彼らからの報告を受けたオオクニヌシや龍彦は顔をしかめた。

「やれやれ。面倒だな」

 ヤマネガミやタヲヤメノオオミコトを始め数州の州長の裏切りを確認したそうだ。そのどれもがここを囲むような位置にいる者達なので実質オオクニは籠の中の鳥になりつつある。

「神族と言えど、己の欲には勝てぬようじゃな」

 大広間に重い空気が漂う。

「神とは名ばかり。その通りだな」

 ぽっつりイサナギが呟いた。

「これから変えていけばいい」と龍彦は言うがイサナギは力の無い返事した。余程ショックだったのだろう。


「提携関係だった黒淵は潰えたとは言え、奴らはまだ本気では無さそうだしな」

「幹部連中が出てきてないからのぅ。しかも、わしらは〝準備不足〟も祟っておる。〝門〟は押さえておるが、カヤノミコトがどこまで耐えられるかが問題よ」

「外からじわりじわり追い込むやり方か。効率的だな。しかも自分達は手を汚さず戦力を減らさずってわけだ」

「オオクニヌシよ。何か対策は立てているのか?」

「いや。まだ何も。離反州近辺の州には警戒するようにと伝えたのみで・・・・・・・・・」

「ひとまず防御施設の復旧。それから負傷者の世話に周囲の警戒。やれることはやっておくべきだ」

 龍彦がそう伝えるとオオクニヌシ達は頷き散会した。


 ただ一人龍二は残った。相棒二人がにゅっと出てきて車座になった。

「念の為、龍造に伝えておいた方が良くないか?」

「その必要はなかろう。あちらはつい先日戦を終えたばかりじゃ。まだ復旧もままならない龍造達にあまり負担をかけさせたくない」

「それはそうだが・・・・・・しかし危険だぞ。門は俺達の要だ。それを失うのは俺達の喉元に手をかけられたに等しいぞ」

「お主はどうも心配性じゃな。安心せい何とかなろうよ。神には神の意地があろうからの」

「え? 何とかなるのこれ?」

「・・・・・・お前のその自信は全体どこからくるのか不思議でしょうがないよ」

 今さらじゃと伏龍は瓶子を満たしていた酒を飲み干した。いつ用意したのというツッコミを龍二は飲み込んだ。

「わしの直感はよく当たるからのぅ」

「アーソウデスネソウデシタネ」

「そなの?」

「何をふて腐れておる紅龍。らしくないじゃないか。」

「いや、何となくヘソを曲げたフリをしてみた」

「主や。まぁ、やることはやるから安心せい」

 龍二はきょとんとしたまままぁいいかと思い任せたと手を振ってそのまま突っ伏した。

「それじゃ、俺はこちらの戦力増強を図るか」

「その前に、一杯どうじゃ?」

「いただこう」

 紅龍は一口に飲み干すと、上機嫌で部屋を出た。伏龍はふふんと瓶子に酒を入れた。















「龍二君、何してるです?」

 カスガノミコトは大部屋で突っ伏している龍二に声をかけた。

 他の者は稽古やら雑談やらに夢中になっているのに、彼だけは何もせず死体のようにに眠りこけているからである。

「起きるですよ~。そんなとこで寝てたら風邪引~く~で~す~よ~」

 いくら揺すろうが叩こうが、彼は全く起きる気配がなかった。

「・・・・・・zzz・・・・・・zzz」

 スヤスヤと彼は幸せそうに寝ていた。それが何か可愛かったので頬を突いてみた。

 プニプニ

「あっ。これは・・・・・・・・・」

 プニプニ。プニプニ

「気持ちいいです~」

 カスガノミコトの顔が悦に染まった。

 それから数十分彼女は龍二の頬を堪能した。

「はふぅ。堪能したです」

 カスガノミコトは愉しみまくったのち、敷布団をだしてそこに彼を運んだ。


















 劉封達は華龍らの指導のもとで術の鍛練をしていた。

 数ヶ月の間になかなか成長し、基本部分はほぼマスターしたと言ってよい。

 ただ上級技はまだその域に達していないので当分は基本技に多少の応用を効かせた技とを合わせた戦い方でこの先を乗り切ることになった。

「上出来じゃない?」

 朱雀が、青龍と模擬戦をしている劉禅を見ながら素直に述べた。イザナミや麒麟も同様の感想を述べていた。

「なかなか素質があるんじゃないか?」

 そこに紅龍がやって来た。やって来るなり模擬戦に強引に混ざり青龍と共に鍛錬を始めた。


「なぁんか楽しそうだね?」

 玄武がそんな彼の態度に意外そうな表情を浮かべていると、他の四聖は声高に笑い始めた。


「進藤龍二という最高の主に会えたからだろうよ」

 黄龍が笑うが、玄武にはそういうものかなと首を傾げる。

「お子ちゃまにはまだ分かんないわよねー?」

「お子ちゃま言うなーっ!! むきゃ──────っ!!」

 怒る玄武。だが背格好が小学六年生と大して変わらないのでその怒顔はかなり可愛いかったりする。

 故に、それに萌えた朱雀に抱上げられ頬擦り攻めにあってしまった。

「にゃあぁぁ! はにゃれろー!」

「もうっ、可愛いな玄武は」

「・・・・・・くれぐれも玄武を殺すなよ?」

「はーい♪」

 眼をハートにしながらの生返事。コイツ絶対聞いてねぇなと思いつつ、彼は放置した。朱雀のことだから大丈夫だろうと信頼していた。

「苦労するなお前も」

 そこに、同情する麒麟が白虎に労いの言葉をかけた。

 白虎は疲れたように息を吐いた。

「自由奔放なお子様とジジ臭い大将様と傍若無人なお嬢様の世話はホント苦労するよ」

「そうか」

 できることがあれば協力してやるよと麒麟は言った。その時はと白虎はやんわり笑んだ。


 彼らの鍛錬は一戦終えるごとに青龍達が親切丁寧にその者への講評をする。言葉で上手く伝わっていないと判断するや実演を交えてその意図を伝える。

 勿論、その者の理解力に合わせて言葉を選んで語る。

「そういえば華龍。美琴はどうした?」

 不意に麒麟が華龍に尋ねると、彼女はふふっと笑った。

「コウ君と一緒に空の『お散歩』に行きましたわ。姫も一緒ですよ」

「へぇ。そいつぁ愉しそうだな」

「ふふっ」

「随分嬉しそうじゃないか」

「はい♪」

 華龍の花のような笑顔。その理由は口にしなくても麒麟には分かった。何より彼はそれが嬉しかった。


「若いっていいわね~」

 その頃、鍛錬場の近くに建てた休憩所の縁側で暢気に茶をすすっているのは、澪龍、瑞穂、南雲、奈良沢、煉龍、瞑龍らである。先程酒を飲んでいた伏龍は彼らの稽古をのほほんと見学していた。

「お茶は美味いね~」

「和むわね~」

「おいしいですぅ~」

「そうだね~」

「・・・・・・主僕揃ってジジ臭いことを口にしおっておって」

「そう言う伏龍様はしゃべり方がもうおじいちゃんですぅ~」

「───何ぞ、言うたかの煉?」

「~♪」

 煉龍は口笛を吹いた。


「しっかし、神界も僕らの世界と大して変わらないんだね」

「そうね~。ヒメちゃん(趙香のこと)達も元気そうだし」

「や~も~こっちに住んでもいいかも~」

「お主らは和みすぎじゃ」

 伏龍はツッコミをしようとして止めた。たまにはこういった時間も悪くはない。


「澪や。どれ、わしらもアレらの教授に加わるとしようじゃないか」

「あらいいですわね。しっかり鍛えて差し上げましょう」

「どうしごいてやろうかのぅ」

 腰をあげた澪龍はニコリと微笑み、彼らはリーダーの瑞穂に一言断りを入れてから劉封らの稽古に〝飛び入り参加〟した。

「どれ、わしらも少しお主らを揉んでやろうじゃないか」

「げっ!?」

「わしが来たからには生温い鍛練などさせんぞ」

「んふふ。覚悟なさいな」

 劉封らの顔が青ざめた。この二人は死ぬ数十歩手前まで体力を持っていかれるのを知っているからだ。


「珍しいこともあるんだな」

 その頃、一勝負終わり休息中だった青龍に後ろから男が話し掛けてきた。

「お主か」

 青龍は男の姿を確認するとふふんと笑んだ。

「お主らと過ごすのは、我らの楽しみでな」

 こうして人と触れ合うのは彼らにとって唯一の娯楽であることを龍彦は以前相棒である黄龍から聞いたことがある。

 永い時を生きる彼らは、その時々の人と関わることで何かを得ようとしているようだ。

「だと、いいんだがな」

 意味深な発言をする龍彦に、青龍は眉を潜めた。

「───その様子だと、あまり芳しい話ではなさそうじゃな」

 二人は場所を移した。


「結論から言えば芳しくないな」

 鍛錬場からオオクニヌシ邸の龍彦の部屋に場所を移し二人は相対して座る。酒の代わりに青龍は茶を龍彦に差し出した。彼はそれを一気に飲み干した。

「オオクニヌシと奴の仲間の間をいい案配で離反組が遮断してやがる。こちらから救援を求めるのは難しいだろうよ」

「ふん。考えるじゃないか」

「魔族は目敏い。奴らの心の中にある゛闇〟をよく見抜いてやがる」

「神同士の争い、か。まるで神話の世界じゃな」

「そうだな。西洋の神々の争いの一端が日本の神に変わっただけだが」

 茶をすすりながら語り合う二人の元にオオクニヌシがやって来た。二人の気配を察したらしい。

 龍彦は黙って茶の入った湯飲みを手渡した。

「貴方がたの世界の神話とやらは知りませんが、神とは言え我らも生き物です。生ある限り欲は山のように沸きあがるもの。現に私にも欲はありますからな」

 ふん、と青龍が鼻で笑った。嘲笑ではなく、彼の素直な発言に思わず吹き出したような感じである。彼も、それを受けて苦笑いする。

「何、その方が親しみがあって良いわ。人を創造し、崇めさせるだけで何もせず、自分に不都合なことあろうものなら勝手に人を滅ぼそうとするくだらぬ考えしか持たぬ畜生以下の愚神よりか、わしは好きじゃな」

「・・・・・・・・・」

 オオクニヌシは何も言わず湯呑みの中を一息で飲み干す。

「さて・・・・・・、今優先すべきは外より内ぞ。獅子身中の虫を排さぬ限り、我らに勝機は見えぬ」

 その通りだと龍彦が青龍の言葉を次ぐ。

「俺もゼウスらへの備えを最低限に、スクネやタヲヤメノオオミコト父子に全力を注ぐ方がいいと考える」

 だからこれは孫達にも話しておくべきだと龍彦は告げた。

「そうじゃな。その件についてはわしから話しておこう」

 そうそうと青龍は彼に言った。

「オオクニヌシよ。お主は屋敷周辺の警戒を怠らぬようにせい。二三日中に奴らは攻めてくるぞ」

 オオクニヌシはぽかんとしていた。何故そんなことが分かるのかと彼が訊くと、青龍は微笑した。

「〝年寄り〟の勘じゃ」


















「それは本当に約束できるのであろうな?」

「あぁ、それは約束する。オオクニヌシを討てば貴方に『神王』の位を与え領土を保証しよう」

「忘れるなよ」

 去り行く訪問者に念を押して、神は奥に下がった。

 訪問者は連れと共に彼の家を去り、自らの国へ帰るべく黒き翼を広げた。


「よろしいのですか? あんなことを約束して」

 連れのミカエルが主人であるゼウスに問うとゼウスは頭を横に振り、誰かを嘲笑った。

「あんな〝ちんけ〟な小者ごときが神々をまとめるだと? 笑わせるなよ。あんな奴はただの〝当て馬〟よ。オオクニヌシを討つ為のな」

 ミカエルは黙っていた。

 考えてもみろとゼウスは続ける。

「同族との絆より己の野心を優先させる愚者に王が務まるはずないだろう。第一、そんな奴の野心は際限がない。たとえ我らと同盟を結んだところで、それは一時的なものよ。いつ俺達を裏切るかわからん。そんな奴を信用すること自体馬鹿らしい」

「───随分とオオクニヌシをたてるのですね」

 呆れたような、非難するような口調でミカエルは主人に言った。

 ゼウスは鼻で笑った。


「敵とは言え、俺はオオクニヌシと親友だったんだ。しかもライバルに相応しい男。あれほどの人物、もう出ないだろうよ」

 そこで一旦言葉を切って、彼は続ける。


「奴の一族がまとまっていれば、まともにりあえたものを」

 ゼウスは、好敵手オオクニヌシのいる方に哀愁の顔を向けた。

「差し出がましいようですが」

 ミカエルが口を濁す。ゼウスは気にすることなく「話せ」と彼を促した。

 彼は思い切って話題を変えた。


「コウ様のことです」

 躊躇いがちに、それでいて意を決したように言った。

 ゼウスの表情が曇った。

「・・・・・・それは、俺と神族の妻ミナツキノヒメとの間に産まれたコウフラハのことを言っているのか?」

 ミカエルはそうですと頷いた。

「聞けば、コウ様はあちらでかなり不遇な扱いを受けているというじゃありませんか。この際、彼をこちら側に───」

 ミカエルは最後まで言う前にゼウスがそれを遮った。

「ミカエルよ。俺はアレを連れ戻す気はないぞ」

 ゼウスの予想外の解答に、ミカエルは血相を変えた。無理もない。

「何故です! 彼の者をこちらに迎えれば我らにとってどれほど!」

「馬鹿かお前は。〝敵に肉親がいる〟と聞いたらコウはどう思う」


 ゼウスの切り返しに、ミカエルは言葉に詰まった。冷静に考えてみれば、『あの事件』により離れ離れになった親子とは言え、まだ幼かったコウフラハがそれを覚えているはずがない。

「確かに、俺は奴の『実の親』だ。だが〝育ての親〟はオオクニヌシだ。俺の記憶がほとんどないあいつに『実の親は魔族の王だ』なんて誰かが言ってみろ。コウの立場はどうなる?」

「そ、それは・・・・・・・・・」

 困惑するミカエルをゼウスはじっと見つめる。

「混血種ってのを一番分かっているのはお前じゃないか。違うかミカエル」


 痛いところを突かれたと思った。彼の言う通り、ミカエルは混血種なのだ。彼の場合は、神族の父と魔族の母だったので、コウフラハの逆である。これを知っているのはゼウスただ一人である。

 彼の父母は今もゼウスの腹心の保護のもと静かに暮らしていた。

 ミカエルは、年月を経ることで力を得て、色違いだった翼を魔法によって黒に統一させている。

「ミカエル」

 その口調はどこか哀愁に満ちているとミカエルは感じ取った。

「俺はミナツキノヒメを愛していた。神族との共存を望んでいた。だが『あの事件』が引き金で神魔の溝は深まり、俺は彼女と息子を追放するしかなかった」

「はい」

「オオクニヌシはそれを承知の上でミナツキを受け入れアイツを妻にしてくれた。俺は心の底から嬉しかったよ。

───その彼女は、大分前に死んだらしい。奴の娘アマテラスの密書でそう伝えられたよ」

「・・・・・・・・・」

「『あの事件』の主犯である父───先代が何を考えていたかは知らん。だが俺は、また昔のように神魔が共存しあう世界にしたいと思っている」

「ならば何故───」

 オオクニヌシと和睦しないのか。何故〝あんなこと〟をしたのか。ミカエルは理解できなかった。

 ゼウスは静かにかぶりを振った。

「遅すぎたんだよ。何もかもがな。もう修復不可能な所まできてしまったんだ。

 俺と奴が和解したとしても、下の連中が納得すまい。もう、俺達は戦う他ないのだ」

 乾いた、悲しき笑いをミカエルに向けた。

「・・・・・・この俺をどう思う。ミカエル」

 彼は、静かに首を横に振った。

「貴方は私達の立派な王です。私はいつまでも貴方についていきます」

「───ふん、バカが」

 それ以後、彼らが話すことはなかった。

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