第13話 藤坂一星

 黒木あきらはすごい。あの柏木美華といとも簡単に友達になり、同時に「まりりん」こと桜井まりや、その取り巻きともちゃんと仲が良い。どうしてあんなに人間関係を掌握しょうあくするのが上手いのだろう。読心術どくしんじゅつ心得こころえでもあるんじゃないかと思うくらいだ。


 黒木あきらは、その点では天才だと思う。僕なんかが「天才」と呼ばれてもてはやされるのに、黒木あきらの才能が、本人にさえ自覚されていないのはおかしい。


 黒木あきらは、自分の才能を悪用しないところもまた良い。みんなが仲良く、快く過ごせるように、あのひょうきんな顔で目端めはしをきかせ、必要であれば助け舟を出している。自分の才能を、自分の権力のために利用しようなどとしないところが良い。


 でも、黒木あきらをベッドに連れて行きたい、という気にはならない。なぜだろう。この僕でさえ食指が動かないというのも、なかなか難儀なことだ。隙がなさすぎるからだろうか? もしかしたら、処女じゃなくなれば色気が出るタイプなのかもしれない。


 誰かヤってくんないかなぁ。悪くないんだけどな、黒木あきら。


「藤坂くん。」


 黒木あきらのことを考えていたら、黒木あきらに名前を呼ばれて、僕は驚く。


「一星でいいよ。」と僕は笑顔で答える。


「じゃあ一星くん、この後、美華と3人でご飯食べに行かない?」と黒木あきらが僕に聞く。


 今日は、彼女の美音子さんと久しぶりに会う予定だ。社会人で残業が多い彼女とは、夜遅くにならないと会えない。でも、今日は会った方がいいだろう。僕は、ひとり旅から一昨日帰って来たばかりだ。


 僕は、時々ふらりと旅に出る。日帰りの時もあれば、一週間くらいの時もある。いつぞやは一月くらい帰ってこなくて、僕の両親を大層心配させてしまったし、その時の彼女には振られてしまった。


 それでも、僕が僕でいるために、僕はたまに携帯電話を置いて一人旅に出る必要があるのだ。


 僕は、美音子さんのことが好きだ。10歳年上の彼女は、年上でぽっちゃりした体型であることを気にしているが、僕が彼女よりも10歳年上の女の人や、20キロくらい重い女性と付き合ったことがあることを、彼女は知らない。


 僕は、美音子さんのふくよかな腹部や太ももに顔を埋めるのが好きだし、彼女がベッドで恥ずかしげもなく乱れるところが好きだ。セックスの最中に、あえぎながら、「ここを触って」と具体的にお願いしてくるのも良い。


 今日会っておかないと、そのうち振られてしまいそうだ。そうでなくても、そろそろ潮時な気配はするが。


「夜9時には帰らないといけないけど、その前でいいなら。」と僕が笑顔で答えると、黒木あきらは全てをお見通しのような目をして、


「じゃあ、マトリョーシカに予約入れるよ。6時でどう?早めのご飯。」と言った。


 マトリョーシカは隠れ屋的なロシア料理の小料理屋だ。ロシア人の夫と日本人の妻で切り盛りしている小さな店で、普通の大学生が行くようなところではない。ロールキャベツが感動的においしくて、値段も良心的ないいお店で、僕のお気に入りである。


 きっと黒木あきらは、僕じゃなかったら、チェーン店の居酒屋とか、もっと大学生にふさわしい場所を選んだはずだ。


「いいね。」と僕は答えた。


 黒木あきらは何か企んでいるのだろう。でも、誰かの手のひらで転がされるのも、悪くはない。



「あきらは、安定感がありすぎるのかなぁ。」と僕が言うと、黒木あきらはテーブルに顔を伏せて「やっぱりそう?」とこぼした。


「黒木さん」と呼んでいたら「あきらでいい。」と言われたので、「一星くん」「あきら」と呼ぶ仲になった。柏木美華は「美華さん」だ。


 相変わらず衝撃を受けるくらい美味しいロールキャベツを食べ、ウォッカを使ったカクテルなんかを飲んでいるうちに「黒木あきらはなぜモテないか」という話しになってしまった。酔っ払うと意外と面倒臭い女である。


「美華がいないところで探さないとなぁ。」とあきらが言うと


「どういう意味よ?」と柏木美華がにらむ。


「楽そうでチャラいサークルに入って、適当な男の子とさっさと寝ちゃった方がいいのかな?」黒木あきらがそう言うので


「それは、けっこう、いいアイディアかも。」と僕が相槌あいづちを打つ。


「一星くん!」と柏木美華が僕のこともにらむ。


「僕、あきらはけっこう魅力的だと思うけど?」と僕が言う。嘘は言っていない。


「別に言わなくていいよ、そういうこと。」とあきらがまたまた面倒な仕上がりになっている。


「だって、一星くん、美華が好きでしょ?」


 そう黒木あきらに言われて、僕は一瞬口ごもる。


「あきら!」と柏木美華が顔を真っ赤にして声を上げる。


 僕は、かろうじていつもの笑顔を取り戻す。


 僕を一瞬でも取り乱させるなんて、やっぱりすごいな、黒木あきら。

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