第11話 黒木あきら

 初めて黒木あきらを見たとき、私はこんな顔に生まれたかったと思った。


 360度どこから見ても人の良さそうな顔だ。表情が豊かで目がくるくるとよく動く。ふんわりとした雰囲気や安定感のある体型もいい。黒木あきらのまわりはいつも人でいっぱいで、彼女が口を開けばみんなが笑顔になる。私が口を開くとその場が静まるのと、まるで対照的だ。太陽みたいな人だと思う。


 それに加えて、頭の回転が早くて器用だ。バイトをいくつも掛け持ちしているようだし、場を和ませるのが天才的にうまい。こういう人は、どこに行っても幸せに生きていけるのだろう。まだろくに話しをしたこともないのに、私にはすでに「黒木あきらが社会人になって結婚し、子どもが2、3人できて、幸せそうに暮らしている」姿が容易に想像できる。


 黒木あきらにガムをもらったときは本当に嬉しくて、私は今でもぶどう味のキシリトール入りガムを食べずにとっている。黒木あきらとお友達になれたら、私もあの陽だまりのグループに入れるのだろうか。


 私は今日も、目立たない服を着て、目立たないように無言で教室に入る。


 そのとたん、今までおしゃべりをしていた女の子のグループが口を閉じて、教室がシーンとする。(あ、見つかった。)と反射的に思った。どんなに注意をしていても、陰口を言われるのはなぜだろう。私は何をしたのだろう。女の子たちが私に視線を向け、ニヤニヤと笑いながらお互いに目配せをする。一人だけ、そっぽを向いた黒木あきらが見えた。


「色目使っちゃってさ。」と女の子の一人が私に聞こえるように言う。私はその子のほうをみる。名前が思い出せない。きっと、可愛い娘なのだろうが、私には全員同じ顔に見える。


 その娘に向かって「人を殺しそうな目」を出現させようとしたところで、「まりりん、なに言ってんの〜。」とすっとんきょうな声が聞こえた。黒木あきらだ。


「柏木さんは、色目とか使ってないよ。よく見てみなよ。」黒木あきらはグループの女の子たちにニコニコと笑顔を向けながら言う。「どう考えても、まりりんの方が女子力高いかっこしてんじゃん。」


 一瞬、みんながびっくりした顔をする。そのうちの一人がぷっと吹き出した。それにつられてみんなが笑う。私もなんとか笑顔を作る。


「そのネイル、めっちゃ可愛いね。どこでやってもらったの?」と黒木あきらが「まりりん」の手を覗き込む。他の女の子たちも一緒になってネイルに目をやる。


「まりりん」は、少し困惑した様子で「え?じ、自分でやってるけど?」としどろもどろに答える。


 黒木あきらは目を丸くして「え〜!信じらんない!どうやって?」と驚愕の声をあげる。「今度、私にもやってもらえないかなぁ。お金払うからさ。」と黒木あきらが言うと、他の娘たちも「私も〜!」と口々に言う。


「まりりん」は自分に注目が集まって、照れたように笑っている。すでに、誰のうちで「まりりん」のネイルをやってもらうのか、計画が練られ始める。私は、自分がみんなの関心から外れてほっとする。


 黒木あきらが、皆に気づかれないように私に笑顔を向け、ウインクした。私は全身が震えた。


(お見事。)と心の中で拍手した。

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