第4話 休日

「美華ちゃん、そろそろ起きなさい。」そう言って母が私を揺り起こす。土曜日の、もう正午だ。私は眠い目をこすりながら起き上がる。困った笑顔の母を見ながら「はーい。」と子供らしい返事をする。


 昨晩は明け方まで漫画を読んでいたのでまだ眠い。眠気覚ましにシャワーを浴びると、脱衣所に私の服が用意してあった。鮮やかな色のスカートに、品の良いカットソーとカーディガンを着る。姿見に映る自分は、「まるで雑誌の中から抜け出たような」女の子だ。


 なぜなら、母が高校生が読むような雑誌を熟読し、頭から爪先までスタイリングしてくれるからだ。流行を抑え、かつ悪目立ちしないように適度にコンサバな洋服や靴を、私に買い与え、アイロンを掛け、組み合わせをコーディネートした状態で、脱衣所に置いておいてくれる。


 着替えてキッチンへ行くと、体に良いスムージーとトーストが用意されている。母の用意する食事はどれもおいしい。心を込めて作ってくれているのがわかる。私は母には心から感謝している。衣食住を完璧に揃え、私の前ではいつも笑顔でいてくれ、父の文句を一言もこぼさない母を。母は、何一つ悪いことなどしていない。いつも私のために一生懸命に心を尽くしてくれる。


 なのに、時々母をメッタ刺しにしたい衝動にかられる。


「今日の予定は?」と私に聞く母に


「友達と図書館。来週試験だから。」と嘘を付く。


 図書館に試験勉強に行くのは本当だ。他に行くところもないし、古田に「勉強のほうを頑張れ」とはっぱをかけられたので、少しやる気になっている。


(図書館に一緒に行けるような友達がいたらなぁ。)と思う。私が、休日に流行りの服を着て、友達と連れ立って出かけるような女の子だったらどんなにいいだろう。私にとっても。母にとっても。


 母の目に映る私は、人気者で美少女の、自慢の娘なのだと思う。そんな娘は存在しないのに。


 オタクで、いじめられっ子で、ファッションや恋愛に一ミリの関心もない、負け犬の私も、母の視界には存在しない。


「ごちそうさま。」と言って皿を片付け、私は家を出た。


 母の選ぶ服を着て外出すると、私はものすごく目立つ。下を向いて足早に商店街を歩いても、ナンパされたり、ガラの悪い男たちに下品な声をかけられたりする。


「髪を切ろうか。」と突然、思い立った。私はふわふわとしたくせ毛で、染めてもいないのに茶色に近いこげ茶だ。フェミニンすぎて、学校でも目立つのだ。短くしたら、多少は目立たなくなるのではないかと思った。短くても流行りの髪型にすれば、母も怒らないかもしれない。


 私は商店街の中にある、目についた美容院に飛び込んだ。


「バッサリ、短く切りたいです。」と希望を伝えると、私の担当になった20代後半くらいの女性の美容師さんは一緒に雑誌を見ながら、ベリーショートの髪型を勧めてくれた。


 一時間後、私は鏡を見ながら感激していた。全く印象が違う。自然に顔が緩む。


「ありがとうございます。」と笑顔で言うと、美容師さんはにっこり笑って「よくお似合いです。すっごく可愛いですよ。」と言ってくれた。


 私は笑顔で美容院を出た。愉快だった。ふと「服も変えてみよう」と思い立った。「母の希望するような私」じゃない自分で、街を歩いてみたかった。お客がおばさんばっかりの安い服屋さんに入り、ウエストにゴムが入った小豆色のズボンと、変なロゴのついたTシャツを買い、お金を払うときにタグを取ってもらい、試着室で着替えた。


 鏡を見て私は吹き出した。ファッションにとんでもなく疎い私でさえ、変な格好だと思った。オフホワイトのキラキラしたローヒールのサンダルが浮いていた。靴も買い換えたかったが、お小遣いを使い切ってしまったので、そのまま家に帰ることにした。


 髪を切り服を変えただけで、商店街を歩いても声をかけられなくなった。痛快だった。


 スキップでもしそうなくらい、いつもより何十倍も軽い足取りで、私は自宅への道を歩いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る