⑤攻略対象その2~童顔委員長~

 アマトの左腕のケガなんだけど、結果的には軽い打撲で済んだ。すぐに治るらしいと言っていたので、ひとまず僕は胸を撫で下ろした。


 共に帰ってきた片瀬さんは申し訳なさそうな顔をしていたけど、それでもアマトとは打ち解けたらしい。というのは、二人が違和感なく自然に会話をしていたことからなんだけど……。だけれど、接点は確実に生まれた。


 ――――そして時刻は過ぎ、お昼休み。


「んで、二人目は? 今回は流石に自分から動くぞ……、もう痛い思いはしたくねぇからな……」


 英語の教科書を机の中に仕舞い込もうとする黒髪ロングの神様に、アマトは事務的な感じで尋ねてきた。

 自分から訊きに来てくれたことが嬉しかったのか、神様は浮ついた動きでポケットから手帳のようなものを取り出す。


「……恋愛目録?」


 傍目からの僕は思わず声を出して読み上げる。

 文房具屋さんにでも売っていそうな、特に珍しさを感じない掌サイズの手帳。題字は赤のボールペンで『恋愛目録』とだけ、丁寧な、やや角の丸い文字で記されていた。

 神様はクルクルと器用にペンを回しながら『恋愛目録』を開いて、


「ヤル気があることはいいことだね。うん、次の標的はあの子」


 神様が指を差した先――――それは、


「委員長かい。んでも、委員長なら片瀬とは比べて話し掛けやすそうだな」


 と、アマトが言ったその時、コツンと何かが床に落ちた音がした。


「おっと」


 どうやら神様がペンを落としたようだ。アマトがそれに気づき、神様の代わりに拾ってあげ、


「ペンの先にファンシーなイチゴが付いてんじゃねえか。こりゃあ可愛い、無機質な神様だと思ってたけど。西野なら、『これもギャップ萌えの一つ』なんて訳の分からんこと言いそうだな」


 ピクリと、尖ったように細い神様の髪先が揺れたような気がした。同時にジト目で頬を膨らまし、パシンとアマトからペンを奪い取った。


「言ったよね? 私を口説くなら攻略対象を口説けって。ずいぶんと余裕みたいだけど?」

「別に口説いてねえよ。思ったことを言ったまでだ」


 神様は何か言いたそうだったが、アマトは気にせずにキョロキョロと教室を眺めた。そしてアマトは丸坊主の西野くんの元へ行き、


「西野、また榊原センセイに『ラブコメ研究会』の申請に行くんだろ? でもよ、このままだと前回の二の舞で跳ね返されちまう。なら、榊原センセイと仲がいい委員長の前川に申請書を通すってのはどうだ? 前川が説得すりゃあ勝機が見えるかもだぜ?」


 と適当なことを言って、西野くんから部の申請書を受け取ったアマト。アマトはそれをダシに、友達とこれから食事を取ろうとしていた委員長さんに尋ねに行く。


「ヘイ委員長、話があるんだがいいか?」

「わ、わたし?」


 前川まえかわそら


 このクラスの委員長で、すごく頭が良いとクラスからは称されている(実際の試験などの点数は知らないけど)。身長は平均的な女子高生よりも小さく、スタイルもそれほどではあるけど、キュートな童顔はとても可愛らしいと思う。ショートのオレンジ髪につけた黒のリボンがチャームポイントかな? 性格は面倒見が良いところが特徴的だが、異性の人間と親しく話す場面はあまり見られない。典型的な奥手そうな女の子、という感じだろうか。


「ちょっと委員長に用があってだな……」


 そう言いつつ、アマトは申請書を彼女に渡した。前川さんは申請書にざっと目を通す。


「……これって、どういうことかな?」


 疑問を問いかける前川委員長に、アマトはなぜだか周りに聞こえない程度の大きさで、前川さんに説明を始めたのだ。

 おかしい、とは思う。たかが『ラブコメ研究会』の申請のはずなのに、ナイショにすべきことなのだろうか? 何かしらの狙いがアマトにはあるのか?

 僕の隣でアマトを観察していた神様も、彼の行いに懐疑的な様子を見せた。


「……ふむふむ、何かしらのことを企んでいるようだね。さしずめ――……、」


 そう口走りながら神様は『恋愛目録』にペンを走らせていく。


「……………………じー」


 神様は僕のほっぺをデコピンで弾き、


「こらっ、見んな! 次見たら百代先まで呪ってやるんだからっ」


 ササッと僕から遠ざかった神様。おかげで手帳の中身を知ることはできなかった。

 おっと、話を元に戻さないと。

 アマトはすでに説明を終えたのか、前川さんから緩やかに離れていく。そして僕らのところにやって来て、


「こりゃあ面白い結果だったな」

「どういうこと?」

「俺は最初、委員長はウブそうな女だと思ってたんだよ。けど確信した。アイツは男慣れしてるってことがよ」


 確信をもった言い方だった。神様が不思議そうに、


「それの根拠はあるの?」


 アマトはチラリと前川委員長を目の端で見据えながら説明を始めた。


「まず、委員長は俺の顔を、目を見てしっかりと話をした。んで、男と話しているからって言葉にブレはなかったし、詰まることなく流暢に話していた。さらには最後にポンポンと肩まで叩いてくれるほどに男に抵抗がなかったんだよ。俺たちの年代になれば男女の差を意識する頃、けども委員長は本当に慣れているみたいだった、男と接することにな」

「……ふぅん、よくそこまで観察できるもんだね」

「さらに面白いことに、片瀬の態度と委員長の態度は対照的だったんだよな、これがまた。見るからに男慣れしてそうな片瀬は俺と話をする時挙動不審で、委員長は堂々としていた。他にも対照的な点がいくつもあるんだぜ」


 純粋に、すごいと思った。

 ただ会話をするだけで、ここまで事細かに観察できるその能力に。本当に映画が好きだからという理由で培われた能力なのだろうか?

 と、そこでアマトが、


「それはそうと神様。今からどうするんだ?」

「ん、私? 私がどうかしたって?」


 キョトンとする神様。アマトはまるで友達でも誘うような口調で、


「昼はどうするんだ? 一人でベンチにでも座って食べるのか?」


 ああ、そういえば昼食の時間だった。すっかり忘れていた。

 神様はどうでもよさそうに、


「……別に、考えてなかったし」

「そっか、なら俺たちと一緒に食べないか? 一人じゃ寂しいだろ? どうしても一人で過ごしたいなら、それでも構わんが」


 僕は拒否を願いたい。今日は違う人と一緒に食べようかな? と考えてみたものの、アマトが心配になったので止めることにする。

 神様は困ったように視線を逸らした。やがて、


「……う、うんまあ……、キミを監視する必要があるし、そこまで誘うならご一緒させてもらっても…………いいかな?」


 アマトは爽やかに笑って、


「そっか、それじゃあ昼メシでも買いに行こうとするか」


 財布を取り出したアマトは残りのお金の量を確認し落胆する。僕がお弁当のおかずを分けてあげようか? と誘う前に、神様が神様のチカラで恵んであげようか、と自分から冗談っぽく提案してきた。『ラブゲーム』以外の話題で自分からアマトに動きを見せたのは、これが初めてだと思う。そのことがちょっとばかし意外だと思った僕であった。

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