②恋愛成就の神様

「たっくよぉイーさん、洋画を通じて感動を共有することの何が悪いんだろうなぁ?」


 結局、部の申請は通ることがなかった。

 そして特定の部活動に入っていない僕らは、これ以上校内での予定がないので下校することにした。時刻は午後五時、太陽は地平線にだいぶ近づき、辺りはオレンジ色の光で包まれている。もう一時間もすれば完全に暗闇が支配するだろう。


 この隣の篠宮天祷と一緒に帰るようになってからどれほどの時間が経ったのか? 彼と出会ったのは高校入学時で、あれからまだ二か月も経っていないのか。


 出会いのきっかけは語って人に聞かせるほど立派なモノじゃない。ちょっと気が合って話し始めたくらいかな? けど僕はアマトとおしゃべりすると楽しいし、彼だって僕のことを気さくに『イーさん』と呼んでくれるし。だけどそのイーさんの由来は僕の名前にあると思うけど、未だにその理由が分からないし、不親切にも教えてくれないのだ。


「俺はこの前さ、『オカルト部』に潜入調査してきたんだ」


 洋画好きというからには、やはりオカルトという分野も気になるのだろうか?


「潜入調査? 部室に潜り込んだの……? やめてよ、変質者だって思われるでしょ……」

「違う違う、堂々と部室に行って話を持ちかけたんだ」

「はなし? 相談事でもあったの?」

「ああ、これまで俺が経験したオカルトなことについてだ。相手のことを深く知るためにはエサを用意する、これ意外と効果的だぜ?」


「んで、持ちかけたらオカルト部にはどう言われたの?」

「『興味ない』の一言だよ。酷いだろ? 話のネタを用意してやったのに……、本当に何がしたいんだろうな、アイツら」


 その後もアマトはいらない部の名前を挙げていき、洋画の素晴らしさを交えて僕に愚痴を漏らしていく。

 

「――――そこのキミ、ちょっといいかな?」


 とても清らかで澄み通るような声だった。


「あん? 俺のことか?」


 アマトは立ち止まり、声の方に目を向ける。

 石畳の階段の上に座っているのは、とびっきり美人な女の子だった。癖のない黒髪ロングは背中中段あたりまでスラリと伸び、切り揃えられた前髪は水玉模様のヘアバンドで留めてある。文句なしのスタイルで、身に着ける制服の着こなしは優等生のごとく抜群だった。


 そして僕の目に留まったのは、彼女の着用する制服――紺のブレザーは僕らの高校と同じ。だが、こんなにも注目を集めてしまうような女の子が在籍しているなんて聞いたことがない。


「そう、フツメン茶髪くんのこと。薄水色髪の男装女子は興味なし、邪魔するならどっか行って」


 茶髪、すなわちアマトのこと。それでは薄水色髪の男装女子とは……。


「ちょっと! 男装なんかじゃなくて僕は立派な男だよ!」


 まったく、失礼な女の子だ。初対面には初対面なりの接し方というものがあろうに。

 息を吐くように毒を吐き捨てたその黒髪ロングの女の子は、カツンと石畳の地面を蹴るように立ち上がり、


「神様、お願いがあってキミに会いに来たんだ。ちょっと時間を取るけど、いいかな?」


 フワリと風のように舞い上がる黒髪、神様を自称する女の子は不敵な笑みでアマトに求めた。


「神様なら昨日神社に行って会ったはずなんだよなぁ……。えーっと……お金の神様だっけ? ほぉ、わざわざ俺に会いに来てくれたのか。今時の神様は景気が悪いのか? 賽銭でも恵んでほしいのか? ハッ、ンなワケねーか」


 苦笑いを浮かべ、整えられた茶髪を小さく掻くアマト。

 そんなアマトの戸惑いを受け入れるように、神様は顔を綻ばせながら後ろで手を組んで、


「キミの言うそれは別の神様のことだよ、きっと」

「じゃあアンタは何の神様なんだ? 死神か?」


 死神と呼ぼうには不釣り合いな外見の彼女。白く細い人差し指を柔らかな唇に当て、


「私は――恋愛成就の神様」


 そっと一言、そう呟いた。


「恋愛成就? 生憎だが、今の俺には想い人なんかいないし用はないぞ。誰かが俺を好きになって、神様が伝言係パシリをヤラされてるなら分かるけど」


 アマトの拒否を聞けども、神様は引く姿勢を見せず、


「ここで話を最初に戻すよ。私はキミにお願いがあってここに来たの」

「で、そのお願いってヤツは?」

「――――『ラブゲーム』、私考案の恋愛ゲームをぜひキミにやってもらいたくて来たんだ」


 ゲーム、だけども遊びに来たという雰囲気では決してない。

 気が付いたら太陽の大部分が地平線に身を沈め、各地に設置されてある蛍光に光が灯し始めた。黒の空間が神様の髪を、身体を静かに包み込む。


「その『ラブゲーム』ってのはどんなゲームだ? ルールが複雑だとヤル気が起きないんですけど?」

「なーに、とびっきり簡単なルールだよ。一言で説明するなら――――二人の女の子をデレさせろ。期限は今週の金曜日まで」


 彼女の宣言通り説明は一言で済んだ。けど、それは……、


「でも、それじゃあ二股掛けることになるよねっ。そんなの無理じゃ……」

「――――部外者が一々口を挟むな、つってんだよ。邪魔するなら帰れ」


 アマトに向ける顔、仕草とは打って変わって、嫌悪感に満ちた顔ばせで彼女は放ってきた。アマトに対するお姉さん口調とは違う、棘の含まれた冷たい口調。見下したような目つき、面差し。

 だけれどもアマトは庇ってくれるように僕の前に出て、


「まあまあ、イーさんは見かけと一緒で無害な人間だ。神様を脅かすような存在なんかじゃねえよ」

「……そう、キミがそう言うならそういうことで。で、『ラブゲーム』はどうする?」

「どうするって、二人の女は俺が適当に決めていいのか?」

「うん、私は神様だからね。何たってお申し付けをしてくれても構わないよ。素直になれないツンデレ系女の子や、好きな気持ちを暴走させたヤンデレ系。あとあと、普段は冷静に振舞う仕事熱心な、けれども想いのアナタには心を許すクーデレ系生徒会長とか?」


 指を折って楽しそうにいくつもの『属性』を数えていく神様。


「――――ハリウッド女優」


 アマトは答えた。


「…………はい? 今なんて?」


 思わず聞き返したのは神様。パッチリとした目が丸く開かれる。


「ハリウッド女優と恋人になりたい」


 神様は溜息を付き、がっくりと肩をすくめ、


「そういうスべった回答はよしてよ。もっと本能に従って、付き合いたい女の子を思い浮かべてごらん。単純に胸が大きい女の子だって良いし、青春を楽しむスポーツ系女子だって構わないし」


 やれやれと、榊原先生と同じような呆れた反応を見せる神様。

 ――けれども、アマトは真剣な眼差しだった。決してふざけて言った回答ではない、僕が断言できてしまうほどに。


「別に受けを狙って答えたワケじゃないぞ。ハリウッド女優が用意できないんなら、この話はなかったことでいいな。それじゃ」


 アマトは神様から背を向けた。下らない面倒事は避けるのに限る、後姿はそう語っているように見えた。

 ――――だが、


「ふーん、逃げるんだ」


 爽やかな声質とは裏腹に、脳内を舐め回すような、そんな一言。

 ――――そして。

 頭上に設置されてあった電灯が何の前触れもなく、僕の足元にガシャンと音を立てて落ちた。


「うわああああっ!?」


 白の蛍光灯は石畳にぶつかった衝撃で、跡形もなく粉々に砕け散った。辺り一帯に破片が散乱する。僕は驚いて情けなく腰が砕けてしまい、ペタンと石畳に尻もちを付いた。

 何の前触れもなかった。蛍光の光が点滅するとか、ミシミシと音を立てていただとか、そういった前触れは一切感じられなかった。のに……、


「イーさん! 大丈夫か!」


 すぐに駆け寄ってきたアマト。


「うん、ケガはないよ……、大丈夫」


 アマトは僕に肩を貸してくれた。アマトの力を借りて僕はおもむろに立ち上がる。


 そして。


 アマトは神様と名乗る女の子を静かに見据えた。対照的に、神様は呑気そうに僕とアマトを見やり、


「わったし~、神様だもーん。一人や二人の命くらい、蟻を踏みつぶすみたいなものだし~。そうだっ、仮にキミがゲームに失敗したら、攻略対象の二人は自殺させちゃおっかな?」


 幼児向けアニメに出てくるような魔法使いのごとく彼女は言った。

 ゾクリと、背中に冷たいものが走る。

 それは神様だから何でもできる、ではなく命を軽々しく捉えているような発言から。

 アマトは顔を静かに伏せた。神様は黒石のような瞳で彼の仕草を細かく観察し、そして笑う。


「いいぜ、受けてやるよ、そのゲーム。だからイーさんに危害を加えるなよ」

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