理不尽な恋愛ゲームに篠宮天祷の【破天荒】は通用するか?

安桜砂名

①篠宮天祷

 生徒会担当の榊原さかきばら海音うみねセンセイは訝しげに一枚の紙きれに視線で追っていた。僕らの数学教師でもあるのだけれど、彼女が目を通すその紙は数式などややこしいものは書かれておらず、そこにはシンプルに雑な文字で簡潔に纏められている。


「新規の部活を立ち上げるからには、自己満足で終わるようなものを作らないように、と私は口を酸っぱくして言ってるのだが……。はぁ、今週で三件目だぞ、たしか……。『ラブコメ研究会』に『戦隊部』……、こんなくだらない部を作るヒマがあったらもっと勉強をしろと……」


 黒に近い茶髪ロングの一部を指でクルクルと、フォークでスパゲティを絡め取るように回しながら、榊原先生の色気を帯びた溜息が忙しい職員室にかき消されていく。


「ふふっ、俺の立ち上げる部は『ラブコメ研究会』や『戦隊部』なんかとは格が違うんだなぁ」


 先生の前で堂々と腕組みをしながら自身満々に宣言をするのは篠宮しのみや天祷あまと。明るい茶髪を整髪料で整え、バッチリと紺のブレザーを着こなす清潔感のある男だ。

 榊原先生は再度溜息を吐き、呆れたように指で摘まんだ書類を僕らに見せつけ、


「――――『洋画を通じて感動を共有し、平和な学園を創り上げていくことのできる部。名前はまだ決まっていない』」


 機械が発するような棒読みで彼女は書類の内容を読み上げる。


「…………まず訊こう、なぜ洋画なんだ。邦画じゃダメなのか?」


 先生は椅子を引きクルリと回転、足を組んで物問う。黒の女性用スーツを着用しているからか、妙に艶めかしい光景だ。

 アマトは鼻で笑って、


「邦画とか笑わせないでくださいよ。島国の作った低予算お遊戯会なんて誰が見るんですか。俺は莫大な金を掛けて作り上げた壮大な作品に惹かれてるんでっ」

「……じゃあ、邦画を見て感動して泣いた昨日の私は何なんだ」

「あっ、ああ……。感性は人それぞれだし……」


 榊原先生はアマトに書類を突き返し、


「ともかくっ、自己満足な部は無理だ。できたとしても部費は下りないし、部室だって貸せないかもしれん」


 アマトは先生の前だっていうのに、失礼承知で露骨に嫌そうな顔で、


「先生に彼氏がいるってこと、バラしてもいいんですかぁ?」


 同時にニヤケながら事表すのはアマト、『なっ……』と口走ったのは榊原先生。


「べっ、別に年頃の女に彼氏がいたっていいだろう? 私も二十代半ば、何も問題でも?」

「フッ、女子の人気を得たいがために、彼氏がいないアピールを必死にするのは一体どこの誰やら……」


 先生はピクピクと頬を引きつらせてアマトを見上げるように、


「……こっ、コイツッ。ふっ、ふふふふふははは……証拠がなければ意味はないぞ、篠宮クン?」

「俺が先生のトコに来る前に、先生はスマホの画面を眺めていた。そん時、待ち受けには犬の写真が見えたんだよ。たしか先生の自宅はマンションで、ペット禁止だってことを耳にしたことがあってな。ネット上の画像かと思えば、写真の隅には『榊原』なんて名前が見えた。これっておかしいだろ?」

「ふんっ、証拠には不十分すぎるな。その家、私の実家だと言ったらどうする?」


「いや、そのスマホに付いてる犬のストラップ。それ、よくCMの宣伝で見かけるぞ。携帯電話の、男女ペアの契約をして貰えるヤツだろ? 一つじゃどこにも売ってない非売品だよなぁ?」

「ぐっ。そこまでジロジロとプライバシーを覗くなよ……。私、一応これでも女だぞ……」

「さらに、さっきの待ち受けには時計が映っていた。そこの曜日は日曜日。平日は勤務で忙しくても、休みの日になれば彼氏の家に遊びに行くことができる。これでもう確定だろう」


 アマトは意気揚々に言った。反対に榊原先生は渋った表情で、


「それとこれとは部の申請に関係ないだろ。どっちにしろ、今は部活が余ってる状況なんだ。予算だって無限にある訳じゃない」

「それなら『オカルト部』や『数学研究会』を潰さないか? センセイが言う自己満足だろ、その二つ。特に『数学研究会』なんか出会いの温床になってるって噂だぞ?」


 榊原先生は口をへの字に曲げ、ピクピクと眉を寄せて、


「その二つの部は古くから伝統のある部だ。それに『数学研究会』は私出身の部なんだが。ま、数学の苦手な文系脳の篠宮クンには分からないか」

「おいテメェ、ほんとに教師か!? このご時世、確実に炎上する発言だろ!?」

「女教師のプライベートを覗く男子高校生のほうが炎上事案じゃないですかぁ~?」


 へらへらと笑ったあと、やれやれと言った調子に手を挙げる先生。


「部の申請には最低三人の部員が必要だ。まずはそこから考えろ」


 そうして先生はアマトを退けるように立ち上がり、邪魔者から逃げることが叶った解放感からくる笑みで手を振った。


「じゃ~ね~、ばいばーい」

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