・・・

 最終確認を済ませる。空気を入れ替えようと思って窓を開けると、くすんだ空に星が光っていた。日に日に、空が曇って行く。人が霞み、景色が色あせていく。体が思うように動かなくなっていく。絶望に埋もれていた感情が、次第に血を流さなくなっていく。


 これが消えて行くと言う現実なのだろうか。


 泣き崩れた父親を、初めて見た。いつも笑顔で、疲れた表情一つ見せなかった父が、初めて自分の前で泣いた。

 自分の妻と離婚した時も、妻が児童虐待の罪で裁判になった時も、決して俺たちには自分の感情の機微を見せなかった父が、だ。


 夢は見ないと誓った。

 期待をしなければ、傷つくこともなかった。

 けれど、それも限界があった。


 ふと生きていれば、と考えることがある。価値なんてなくてもいいから、ただ生きていられれば、と思うことが。


 何も成し遂げなくていい。才能もなくていい。夢を見続けるだけでもいい。


 生きていたい。


 なんて不公平な世の中だ。


 ただ生きているだけの人は、自分をいらないと信じて自殺する。生きているだけで価値があるのに、それを自ら捨てて行く。先には絶望しかないと信じて、あるはずの未来を捨てる。


 ふざけるな。

 ふざけんなよ。


 生きていれば夢を見られるだろう。

 生きていれば幸せになれるかもしれないだろう。

 死んだら何も得られないんだよ。

 幸せもクソもないんだよ。


 どうせ死ぬなら、一人でも誰かを救ってやる。

 短い人生なら、何かをなせなきゃ不公平じゃないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る