第4話 メイドと友達。

 「お帰りなさいませ、ご主人様」

「ただいま」


 学校が終わり、家に帰った僕を出迎えたのはメイド服に着替えた陽菜だ。先生に呼び出され、長くなるだろうと思い、陽菜を先に帰らせたのだ。

 最初こそ待つとは言っていたが、美味しい夕飯をお願いと言ったら「お任せください」と頼もしい返事をして帰って行った。

 案の定長くなった。


「先生からは何と?」

「いや、特に何とも」

「そうですか。夕飯とお風呂、どちらを先にいたしますか?」

「夕飯で」

「かしこまりました」


 昨日より少し豪華な夕飯を食べ風呂に入る。陽菜は律儀に手の込んだ夕飯を用意してきた。お腹も程よく膨れ、その余韻に浸りながら湯船につかり、今日先生から受けた話を反芻する。

 放課後、職員室に呼び出された俺はとても困った。


「あまり教師が人間関係に口を出すのはよくないけど、朝野があまりクラスに馴染めてないような気がするのよ」


 担任の女性教師は、それはもう困ったと言わんばかりの声だった。

 頭の中で何となく今日一日を振り返ってみるが、確かに、休み時間は僕が話しかけないと黙々と読書に勤しみ、弁当も、僕と二人で食べている。

 ただ、それは本人の気質によるものもあるだろう。なぜ僕を呼び出してまで心配するのだ。


「まだ日も経っていないですし。これからだと思いますが……」


 探りを入れるべく、そう言ってみる。


「そうだね、確かにそうだ。けど、日暮は確か幼馴染だそうじゃないか」


 あっ、何頼まれるかわかった。


「朝野がクラスに馴染めるよう協力してあげてくれないか?」


 その後、そういうのは同性である女子に頼んだ方が良いと思いますが? とか反論してみたが、お前にしか頼めないとか、そんな事を連呼され、結局押し切られてしまった。


「私に、成績は優秀だがコミュニケーションに難ありと書かせないでくれよ。入試成績二位で、今のところ、授業態度に問題無い。小テストの点数も今のところは全部満点なんだ」

「それ、言っちゃって良いのですか?」

「結果が悪いなら問題だが、良いなら良いだろ」


 どうしたものか。

 布良さんなら仲良くしてくれそうだけどな。だが大事なのは本人の意思だ。

 この間デパートで会ってから布良さんもちょくちょく陽菜に話しかけてはくれている。応じはしているがそれはとても事務的な対応だ。

 重要なのは陽菜が友達になりたいと思うことだ。

 


「陽菜、手は空いてるか?」

「はい、今日の仕事は既に完了しています」


 どう切り出したものか。陽菜なら、話しを聞かない、ということは無さそうだが。


「学校生活は楽しいか?」

「ご主人様に不便が無ければ、私は何も思うところはありません」


そう言いながらホットミルクを差し出す。

絶妙に飲みやすい温度のミルクを飲みながら、陽菜の表情を伺うが、いつもの無表情だ。


「僕は良いけど陽菜も入学したからには有意義な学校生活にしてほしいな」

「高校で学ぶ範囲に関しては、既に勉強してあるので、学校の授業は復習のようなものです」


 当然のように授業を受ける必要なんて無いという陽菜。本当に仕事のために入学したのか。


「人間関係を広げて見識を深めるとか?」

「仕事上のコミュニケーションさえできれば、困ることはあまりないと思いますが」

「そうだね、なるほど確かにそうだ」


 仕方ない。あまりこういう言い方はしたくないが、仕方あるまいて。


「なぁ、陽菜。メイドの仕事で、近所の人とコミュニケーションを取ることだってあるだろう。そこで何の話題も出せず、かといって他の話題にもついていけず。しかも下手なことを言って反感を買った時、それはご主人様の名誉を傷つけることに繋がらないか?」


 反応を伺う、表情は変わってない。結構卑怯な言い方だとは思うが、陽菜に有意義な学校生活を送ってもらいたいというのも事実だ。

 やがて、重々しく口を開き。


「わかりました。おそらくご主人様は友達を作れとおっしゃられるつもりなのでしょう……。布良さんは私にもよく話しかけてくれるのでそこから練習してみようと思います」


 一件落着。あとは明日の陽菜を見守るとしよう。

 上手くやりそうだが、ちょっと不安。微妙な気分だ。




 次の日。学校に着いた陽菜は早速行動に出た。

 電光石火。鞄を机に置いて、スマホを弄っていた布良さんの席の前に立つ。


「おはようございます。布良さん」

「おはよう朝野さん。どうかしたの?」

「あぁ、いえ、そうですね……。今日は洗濯物がよく乾きそうな良いお天気ですね」

「うん、そうだね」


 天気の話題という、話題に困った時に手を出すカードを最初に切り、会話が止まる。

 ネタ切れ早いな。

 隣の席から見ていて、悲惨な光景だと思う。どうにか会話を続けようと、目でそこから動くなと訴える陽菜と、どうしたものかと困っている布良さん。

 フォロー入れるか。


「お前、日暮相馬だよな」


 なんて悩んでいたら、後ろから声をかけられる。


「そうだけど」

「俺、桐野京介っていうのだが、まぁとりあえずよろしく」

「あ、あぁ」


 髪も短く、真面目なスポーツ少年という印象にミスマッチな、頬の傷痕。それを掻きながら、指で付いて来いと合図。素直に従うことにする。

 連れてこられたのは一階の自販機。 

 まだ早い時間だ。

 校舎も静かで、遠くから運動部が朝練する声が聞こえる。


「コーラで良いか?」

「あぁ」

「ほい」

「振るなよ」

「わりぃ」

「んで、何の用だ?」


 吹き出さないように慎重に開けて一口。

 心地の良い炭酸の刺激と、爽やかな甘みが流れ込んでくる。


「あぁ。あの、よ。俺さ、県外から来たから、まぁ、知り合いとかいないわけで」

「おう」

「それで、お前、男子とは全然話してないからよ、逆に声かけやすかったから。あー」


 物怖じしなさそうに見えて、案外、人を選んでいたのか。

 目元を抑えて言葉を選ぶように唸る桐野。

 もう一口飲んで、僕は口を開く。


「昼」

「ひ、昼?」

「弁当、食べない?」

「お、おう。よっしゃ」


 陽菜に友達作れと言っておいて、僕が何もしないわけにはいかないだろう。

 昼休み、初めて高校で、友人と昼食を食べる。結構新鮮な時間だった。


「日暮。お前の弁当、美味そうだな」

「そういう君の弁当は……男らしな」


 彩り、味、共に満点な、陽菜お手製弁当。

 しばらく余所様の弁当を食べられそうにない。




 夜。キッチンから出てきた陽菜の手には、珍しくスマホがあった。


「布良さん?」

「はい、勤務中に申し訳ありません。深夜になるとさすがに迷惑だと思いますので」

「人間関係を築けと言ったのは俺だし、気にしなくて良いよ」

「ありがとうございます」


 折角、お互い新しい場所に来たんだ。

 陽菜にも、その機会を、大事に過ごして欲しいと思うのは、おかしなことじゃないはず。

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