第3話おれの戦場は褥の上

 本能寺で明智光秀に追い詰められ

火薬を爆発させて自ら命を絶った信長は

この世とあの世をつなぐ洞窟をトボトボと歩いていた。


「お乱の野郎! あんなによくしてやったのに

 おれを足蹴にしやがって!」

と怒りに体を震わせながら真っ暗な暗闇を歩いている

信長のもとに大勢の亡者の群れがどっと

押し寄せてきた。いずれも灰色の顔に

金色の目を光らせて恐ろしい形相だが

信長はひるまずににらみ返した。


「よくも我らを生きながら焼き殺してくれたな。

 それも男の戦いなどに関わりのない女や幼子までも」


「おまえらは荒木村重あらきむらしげの手下どもか?」


「そうだ。我々はこの日が来るのをずっと待っていた。

 生前おまえが犯した悪行の報いを受けるがいい!」


 この言葉を合図に無数の手が伸びてきて

信長の四肢をバラバラに引き裂こうとした。

それは想像を絶する苦しみで、

蹴散らそうにも足に何本もの手が絡みついて

身動きがとれない。とうとう首をもぎ取られそうになったとき、

どこからか𠮟りつけるような鋭い声が聞こえた。その途端、

亡者の群れは散り散りになって消えた。信長は

その場にしゃがみ込んだまま恩人である

見知らぬ人物がいる方向を見つめた。背の高さからして

男のようだったが、逆光でこちらから顔は見えない。

一応礼を言おうとしたがそれより先に謎の男が


「せっかく時を巻き戻したのにまた同じ失敗を

 繰り返してしまいましたね」

と言ってせせら笑った。


「無礼な! わしが何度も明智にやられている

 とでもいうのか!」


「おやおや。そんな態度を取られると先ほどの亡者を呼び戻して

 思う存分復讐をさせてあげたくなってきますね」

と脅された信長は冷や汗をかいて黙り込んだ。


「ハハハ、冗談ですよ。あなたにはまだ利用価値があるのに

 そんなことしませんってば。もしお望みなら

 この後一度だけ元通り復活させてあげることも

 できますがどうしますか?」

 

「何だと!? 貴様は南蛮の神か?」


「神だったのは遠い昔のことです。

 それより早く取引を始めましょう。あなたは元の姿のまま無傷で

 あの場所から脱出し、その後も私の庇護を受け続ける。

 だがその代わりにあなたの恋人(男)であった

 あの蘭の花の精のような若者の命が永遠に私のものに

 なるということでいかがでしょうか?」


「絶対にダメだ! あれはわしのものだ!」

と血相を変えて怒鳴る信長を堕ちた神はさらに挑発した。


「ふふ。そう言うと思いました。あなたという邪魔者が

 この世から消え去ったおかげで彼はこれから

 ほかの男と幸せに暮らすことができるのに

 殺してしまうのはかわいそうですね」


「何!? あれが生きているだと!?

 あの状況でそれはありえん! 貴様、わしを馬鹿にしておるのか!

 だがもし本当に生きておるならあれはわしの死を悲しみ

 ほかの男には目もくれないはず!」


「現実逃避はやめろって。これだけ年が離れていて

 凶暴な性格のあんたが好かれるわけないだろうが」

と腹の中で考えながら男は別な条件を提示した。


「わかりました。あの子の命をもらうのは

 やめにしましょう。もう一度だけ

 時を巻き戻してあなたを脱出だけさせて

 あげますが、それ以外は一切手助けしませんからね」


 この言葉を最後に男の姿は消え、

信長の魂は元いた世界の方に押し戻されて行った。




 森蘭丸もりらんまるの名で知られる美少年、

森お乱は1577年、数え十三歳の時に織田信長おだのぶなが

小姓として仕え始めた。主従が初めて対面した日、お乱は


「早く一人前の男になっていくさで父や兄のように手柄を立てたいと思います」

と目をキラキラさせて語ったが、

信長は肘をついた姿勢でニヤニヤしながらその様子を見つめていた。

 その数日後、夜更けにお乱を寝所に呼び出した信長はこう言った。


「おまえを望み通りいくさに出してやろうと思う」


 主君の言葉を聞いたお乱の顔がぱっと輝いた。


「まことでございますか!?」


「ああ、手取り足取り教えてやるからもっと近う寄れ」


 まんまと罠に引っかかったお乱は主君の

手招きする方にいざり寄っていったが、

そのときふと、頭に浮かんだ疑問を口にした。


「あの、戦はどこで行われるのでしょう?」


「このしとねの上よ」


「え……? 褥の上の戦とはつまり房事あれのことか……?」

とつぶやく自分の声がお乱の混乱した頭の中で響いた。 

信長は顔面蒼白になって震えているお乱を

押し倒すと息もできないほど激しく口を吸った。

さんざん体をいじりまわされたあげく、

後庭しりに異物を差し込まれた瞬間、

あまりの激痛にお乱は悲鳴をあげながら


「ギャーッ! 痛い! 気付かないうちにおれは何かへまをして

 串刺しの刑に処せられているに違いない!」

と思ったほどだった。

 やがて自分が何をされているのか

気付いたお乱は


「ああ痛い! おやめください!」

と叫ぶと、部屋から逃げ出そうとしたが、

襟首をつかまれて引き戻された。信長は

もがき暴れるお乱を布団の中に引きずり込みながらこう言った。


「これ、武士もののふたるもの背中を向けて戦場から逃げ出すでない。

 わしの言う通りにするなら何でも好きなものを褒美にやろう」


「戦は戦でも床のお相手をするのはいやでございます! 

 今日限りお暇をいただきたく……」

と抗弁したお乱だったが


「誰のおかげでおまえの家が今の地位を得ていると思っている!」

とどやしつけられ震え上がったのだった。

 夜が明けるころようやく解放されたお乱は

痛む体を引きずりながら自分の寝床に帰ってめそめそ泣いた。

明け方近く、いつの間にかうとうとしていたお乱の

夢に亡き父が現れこうさとした。


「そんなに嘆き悲しむでない。いっそ上様を利用してやるのだ。

 そのうちひげが生えて体つきが男らしくたくましくなれば

 前田殿のようにお役御免になるであろう」


 前田利家は十二歳のころ、やはり小姓として信長に

仕えていたが、色白で頬が赤く非常に

かわいらしかったのでむりやりしとね

引きずり込まれたといわれている。

中年になってから仲間の武将に

その話を持ち出されてからかわれた利家は

真っ赤になって憤慨していたという。

 

「ひどいな。自分はごつくて上様の好みじゃないから

 そんなことが言えるんだ」

と言い返そうとした瞬間、お乱は目を覚ました。


「兄弟の中で一人だけ母親に顔が似たせいで

 こんなことになるなんて。なんて運が悪いんだ。

 早く髭が生えてこないかな」

と鏡に映る中性的な美しい顔を見ながら

お乱は深く嘆き悲しむのだった。



 それからというもの、お乱は毎晩のように

抱かれたが、真っ昼間でも油断ならなかった。

あるとき文書を書いているときに背後から主君に

抱きすくめられたお乱は字が歪んでしまわないかと

ハラハラした。だがお乱をもっとも悩ませたのは

城の人気のない場所や時には遠乗りで出かけた屋外で

何の前触れもなく乱暴に抱かれることであった。

 その日も立ったまま壁に手をついた姿勢で

背後から攻められていたお乱は

こちらが毎度肉が裂け、骨を砕くにひとしい激痛を

味わっているのに主君が自分だけ

快楽を味わっているのが急に許せなくなった。


「おれが毎回どんなに痛い思いをしているか

 身をもってわからせてやろう。 

 殺されたって構うものか」

と半ばやけになったお乱はいきなり

渾身の力で主君を押し倒すと、香油も塗らぬまま

己の武器で奥深くまで攻め入った。

ところが予想に反して嬌声をあげながら嬉々として身を任せる

主君の様子にお乱は怖気をふるった。

その日を境にねやで男役を命じられることが何度かあったが、

これがまた厄介であった。一晩のうちに果てしなく求められる

という地獄の責め苦にあったのである。結局お乱は


「腰が痛くてつとめに支障が出るのでご勘弁を」

と自分から言い出してまた抱かれる側に戻ったのだった。

 お乱は主君を憎みながらも仕事で認められると

とても嬉しかったので必死で働いて

実務の能力を磨いていった。だが

周囲は愛人(男)だから取り立てられているのだろうと

陰口をたたいた。それを物陰から聞いていた

お乱は色白の頬を紅潮させながら心の中でこう誓った。


「おまえらに何が分かるってんだ! おれが

 どれだけ努力していると思っているんだ!

 よしもうこうなったら褥の上こそおれの戦場だと

 開き直ってやれ! いつかあの男を打ち負かしてやるのだ!」



 過去の記憶を夢に見ながら熟睡していたお乱は


「おい、いい加減に起きろ!」

とどやされて目を覚ました。戦場で自分を刺した

男の顔が目の前にあるのを見たお乱は仰天して

起き上がろうとしたがどういうわけか手足がまったく動かない。


「おまえは明智の手先だな! おれを殺すならさっさと殺せ!」


「ギャアギャアうるせえな。殺すつもりなら

 とっくにそうしてるわ」

安田作兵衛やすださくべえは答えた。


「おまえの目的は一体何だ!?」


「決まってるだろう。おれはおまえの体がほしいのさ。

 あの時おまえに切られた傷が治ったら

 たっぷりかわいがってやるから覚悟しな」

と言い放つと作兵衛はゲラゲラ笑った。


「ちくしょう! おれはどこに行っても襲われるらしい。

 こんなことならあの時死んでいればよかった」

こんなことを言いながら悔し涙を流す

お乱の顔を作兵衛はじっと見つめながら、


「泣き顔まで美しいな。こんな上玉を

 明智のオヤジみたいな小者にやるには惜しく

 なってきたからもっと高く売れる相手を

 探して引き渡してやろう。それまでに

 おれの武器が元通りになって飽きるほど

 こいつを抱ければよいのだが」

などと考えていたのだった。




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