外に出てソラは周囲を見渡す。セシルの姿はもう見当たらない。


「確かリヴェルトス商会って言ってたっけ」


 荷物の中から地図を取り出して、商会の建物がある場所を探す。


「ここからだと、あっちの方向か」


 位置の目星をつけると、ソラは体内魔力を循環させて身体強化の魔法を使う。そして足に力を集中させて、高く跳躍した。

 近くの家屋の屋根に降り立つと、目星をつけた方角を見据える。


「……あった」


 視界に大きな建物が見えた。建物の壁には、商会の証である紋様が装飾されている。その下にはリヴェルトス商会の文字も刻んである。

 ソラは一つ深呼吸をして、地を強く蹴り高く跳んだ。屋根から屋根へと飛び移り、建物との距離を詰めていく。

 屋根伝いに移動しながら、ソラは眼下の街を見下ろしていた。セシルの姿が無いか探すが見当たらない。足を止めて周囲をよく確かめてみる。


(おかしい……セシルが出て行ってからそんなに時間は経っていないはず。普通に向かったらまだ道中のはずなのに……)


 あの家から商会建物まではそれなりの距離があるはずだ。だというのに道のどこを見てもセシルの姿が見当たらない。よもや同じように屋根伝いに移動したのか。


(ううん、違う。もしそうなら、どこかに魔力の痕跡があるはずだ。でもそれが無いということは……)


 ソラは思考を巡らせて考える。ありとあらゆる可能性を列挙する。しかしどれも納得行くものがない。


「まさか……」


 ふと何かを思いつき、ソラは地面に降り立った。


「なんだ!? 空から突然!」


 道を歩いていた者たちがソラの姿を見てどよめくが、今はそんなことを構っている暇はない。ソラは地面に触れて目蓋を閉じた。

 淡い光がソラの身を包み、手のひらから流れるようにして地面に広がっていく。すると閉ざされた視界に風景が浮かび上がってきた。

 風景は地面の下へと潜り進んでいく。そしてその先にあるものを見つけた。


「そういうことか……」


 ソラは魔法を解くと立ち上がり、周囲の人間に声を掛けた。


「すみません。この辺りにどこか地下の道に繋がる所はありますか?」


 ソラの問いに通行人たちは首を傾げる。


「確か商会の連中が物資を運ぶために使っている地下道の入り口がこの辺にあったはずだが……」

「あの、それどこか教えてくれませんか?」


 ソラはすぐ様地図を広げて、場所を示すよう促す。


「ええと、確かこのあたりに小屋があったはず。表向きは保管庫って話だけど。でもあそこは傭兵連中が常に警備してて――」

「ありがとうございます!」


 通行人の男が言い終わるよりも先に、ソラは示された方向へ一目散に駆け出した。


(きっと彼らは地下道を使ったんだ。だから一般の道を見ても姿が無いんだ……!)


 地下道を使うとなると、どこへ連れて行かれるか分からない。場合によっては商会建物以外という可能性もある。ともなれば、その地下道へと向かうしかなかった。

 走り出してから数分。向かう方向に小屋を見つけた。話にあった通り、武器を携帯した男二人が警戒した様子で周囲を見ている。よく見れば、取り巻きのように一緒にいた二人だ。


「お前はあの女のところにいた……! おい止まれ!」


 男たちはソラの姿を視認すると、短剣を抜いて構えた。対しソラは速度を緩めることなく無言で駆ける。


「くそ!」


 男の一人がソラ目掛けて突進する。短剣の切っ先がソラの顔を捉えて、そのまま突き刺す。


「なっ……!?」


 ことはなく、短剣の刃は一瞬のうちに消え、代わりにソラの手のひらが男の顔に触れていた。


「悪いけど少し眠っててね」


 男は意識を失うと、その場に崩れた。


「な、何をしたお前!」


 相方の男が狼狽しながらナイフを向ける。対しソラは表情を変えずに、静かに男を見据える。


「別に何も。眠りの魔法を掛けただけだよ」


 そう言うなり、ソラの姿が男の視界から消えた。


「なっ……どこに行きやが……た……」


 男は身構えるも、突然意識を失って倒れる。その傍らには悠然と立つソラの姿があった。


「悪いけど、ここは通してもらうよ」


 そう言い残すと、ソラは小屋の扉を開ける。開くなり風が吹き抜けた。扉の先には確かに地下へと続く坂がある。


「待っててセシル」


 ソラは躊躇うことなく、地下への道に入った。

 地下道の中は薄暗く、空気も冷たい。また湿っぽさもあった。

 ソラは道を間違えないためにも〝人が通った痕跡を追う魔法〟を使い、それに従って進む。この時足音が響かないよう音を消す魔法も使用して、周囲を警戒する。

 物静かな道を進み続けていると、道の先に一つ扉が現れた。扉は人一人が通れる程の大きさで、およそ物流には向かない幅だ。

 扉の痕跡を今一度確かめてみる。反応からしてほんの僅か前に、この場所を誰かが通ったようだった。


「一応、念のために……」


 ソラは呼吸を整えて目蓋を閉じる。魔力を身に纏うと、ソラの姿は人には見えない状態となった。透明化魔法だ。

 それと並行して、扉の先の構造を透視魔法を使って確認する。扉の先にあるのは階段だった。


「よし、行こう」


 ソラは扉を開くと階段を登っていく。

 道中誰ともすれ違うことなく登り切ると、広い廊下に出た。左、右と見回すが人の気配はない。


(ここ……どこだろう?)


 歩いてきた方角から鑑みて、ここが商会建物内であるのは間違いない。だが今いる場所がどこに位置するのかソラには分からなかった。

 幸い、追っていた痕跡とそれ以外の区別は出来ている。ここは痕跡を追って進むしかなかった。

 痕跡を足がかりに歩いていると、向かう先から二人の男が歩いてきた。うち片方は胸のあたりに高価なブローチを付けていることから、商会内でも位の高い人間か或いはどこかの貴族だと分かる。

 なにかの情報にはならないかと、ソラは彼らの話に聞き耳を立てた。


「最近やけに子供を連れてきているよなあの人」

「なんでもあれ、売り物にするらしいですよ。全く悪趣味もいいところです」

「そう言いながらあんたも楽しんでいるんだろう? クローネさん」


 男の問いに、ブローチを付けた男・クローネは不気味な笑みを浮かべた。長い前髪で隠れた左目が、髪の隙間から怪しく光っている。


「それはもう。子供の持つ魔力核は色々な物に使えますからねぇ。なんなら私が全部買い占めて実験材料にしてもいいくらいです。なんて、冗談ですけど」

「あんたの方がよっぽど悪趣味だと俺は思うけどな」


 クローネの答えに男は引き攣った笑いを浮かべた。


「ま、明日にはあの子供たち搬送されるみたいですけどね」


(全員? セシル以外にも子供たちがいるってこと?)


 クローネの言葉にソラは歯噛みする。どうやらセシル以外にも複数人子供が捕らえられているらしい。だがこの情報は極めて有効なものだった。


「ところでクローネさん。あんた今回何を買いに来たんだっけか」

「いえ、今回は特に何も? 魔法の使役を頼まれまして」

「ああ、子供を搬送するための」

「ええ。彼の伝手であの魔法を扱える者は、私くらいしかいませんからね」


 話し声が少しずつ遠ざかっていく。二人の話、特にクローネという男の話は気になったソラだったが、今はセシルたちを助けることを優先にしている。

 ソラは男たちが来た方に向き直ると、痕跡を探る。痕跡は男達がやってきた方向へと伸びている。

 痕跡を辿って進むと、ある扉の前でそれは途切れた。扉は至って普通の作りで、これもまた人一人が通れるくらいの幅だ。


『これで依頼された人数が揃ったな』


 扉に手を掛けた時だった。扉の向こうから話し声が聞こえた。

 慌てて扉から離れ、様子を伺うソラ。扉が開くと出てきたのは、セシルを連れて行ったあの男だった。


「漸く向こうの嫌味を聞かなくて済むぜ。あとは今日中に運ぶ準備を終わらせて、明日には出発か」


 男が去っていくのを待ちながら、ソラは考える。そもそも彼らに依頼した人物は何を目的としているのだろうかと。

 先の男たちの間では、子供の魔力核について話が出ていた。

 確かに子供の持つ魔力核は大人よりは小さい物だが、その分蓄積されている魔力の濃度が高いとされている。原因については諸説あるが、ともかく子供の魔力核を扱った実験は過去に行われていたのも歴史として残っている。今では禁忌の行為としており、行えば重罪人としてその身柄を永遠に拘束されることになる。

 そうなる危険性を厭わず、果たして子供の魔力核を求めるだろうか。甚だ疑問だ。


(それか別の目的があるのか……)


 いずれにせよ、止めることに変わりはない。約束のためだけではなく、己の境遇が故に。

 男の姿が見えなくなるのを計らって、ソラは扉に手を掛けた。鍵が掛かっているが、この程度の錠を破るのは造作もない。僅かな魔力を注ぐだけで、掛けられていた錠は容易く解かれる。

 扉を開けるとその先に階段があった。また地下へと続く階段だ。壁には松明が取り付けられ、淡い光が行く道を照らしている。


 一歩一歩警戒しながら進んでいくと、声が近づいてくる。声音から察するに子供の声。それも複数だ。

 階段を下り切ると、薄暗く開けた場所に出た。


「そんな……なんで……?」


 飛び込んできた光景に、ソラは絶句した。

 父親や母親を呼び泣き叫んでいる子供たち。檻に入れられているその数は十を超え、二十人程だ。

 明らかに異様な光景だ。普通これだけの子供がいなくなれば、なんらかの騒動があってもおかしくはない。だというのに、地上では何の変化も見られなかったのだ。まるで、住人たちが黙認しているかのような――あるいは別の何処かから連れてきたかのような。


「お兄ちゃん!?」


 聞き覚えのある声が響き、ソラは我に帰る。


「セシル! 良かった、無事だったんだね!」


 檻の中にセシルの無事な姿を見つけて、ソラは胸を撫で下ろした。どうやら怪我をしている様子もない。


「お兄ちゃん、どうしてここに?」


 セシルが近づき、顔を出す。


「セシルを助けるために来たんだよ。大丈夫? 怪我はしてない?」

「う、うん、大丈夫だけど……」


 よく見るとセシルの目元には涙の痕があった。


「でも僕……お母さんに嫌われたから……」


 どうやら母親に嫌われたと思ったらしく、それ故に落ち込んでいたようだ。ソラは微笑むと、セシルの頭を優しく撫でた。


「大丈夫。レフィナさん言ってたよ。セシルと一緒に暮らしたいって」

「ほんと?」

「うん、ほんと。ボクを信じて?」


 視線を感じて、ソラは周囲を見る。他の子供たちが不安げな表情を浮かべて、様子を伺っている。


(あの時と同じだ……)


 かつて経験した忌まわしき事件と状況が似ている。囚われている大勢の子供。今助けられるのは、自分しかいない。

 微かに震える手を抑えて、ソラは唇を噛み締める。かつての記憶をかき消すように頭を振ると、他の子供たちにも笑いかけた。


「みんなもここから出してあげる。一緒にお父さんやお母さんのところに帰ろう?」


 ソラの言葉に、子供たちは喜びの表情を浮かべる。それを見て微笑むと、ソラは周囲を見渡した。


(それにしてもここ……なんのための部屋なんだろう?)


 この部屋はどうにも不可解な点がある。周囲を見渡しても、子供たちがいる檻以外に何も置かれていない。だがその割には広い構造をしており、地下というのもあって用途が不明だ。

 不意にソラは足元に視線を向けた。


「あれ? 何か書かれてる……?」


 何かが描かれているのは分かるが、薄暗くて見え難い。そこでソラは足元を照らすため、手のひらから光の球を発生させた。

 光の球は周囲を明るく照らし、全貌を明らかにしていく。


「どういうこと……これ……?」


 描かれていた物を見て、ソラは動揺した。

 幾つもの線が、地面に描かれていた。線は詠唱文字を象っており、その周囲に大きな円を形作っている。


「お兄ちゃん、これ何?」


 ソラが驚いているのを見て、セシルが問い掛ける。


「転移魔法のための陣だよ。でもこれ――」


 詠唱の内容を黙読して、ソラは狼狽する。


「肉体と魂を別々にするものだ」

「肉体と魂を?」

「詠唱内容は口にしたら発動しちゃうから言えないけど、これ人の持つ魂と肉体を分けて、それぞれ別の場所へと転移させる内容になってる」


 もう一度魔法陣をよく分析する。近づいてよく見ると薄くなってる文字も見受けられた。


「誰かが書き換えた痕跡がある。それもついさっき。でも……誰が何のために?」


 ソラはハッとして思い出す。クローネと呼ばれていたあの男。男は何かの魔法のために呼ばれたと言っていた。それがもし、転移魔法を扱うためなのだとすれば、この魔法陣はあの男が書き換えた可能性が出てくる。

 まるで心臓を抉られたような気分に、ソラの背筋に悪寒が走った。いやな汗が額に滲み出ている。


「急いでここから出ないと」


 檻を開けるため、急いで錠を外そうとした時だった。


――コツン、コツン。


 と、誰かが下りてくる音がソラの耳に入ってきた。


(マズい……! もう誰かが来た!?)


 音から察するに、ここの関係者である可能性が高い。セシルを連れて行った男が『ボス』と呼んでいた者という可能性もある。

 慌てて光を消すと、ソラは身構えて階段の方へ目をやる。音が徐々に近づいている。あまりの緊迫感に、背後にいるセシルは堪らず生唾を飲む。他の子供たちも声を押し殺した。

 そして足音は、階段を下り切ったあたりで止んだ。


「何よここ? 暗いわね」


(あれ? この声、どこかで……)


 聞き覚えのある声が響く。


「光よ……その加護で闇を照らせ……」


 詠唱とともに、眩い光が部屋を照らした。現れた姿を見て、ソラは構えを解いて目を見開く。


「なんで君がここに?」


 ソラの問いに――。


「なんでって、あんたの手助けをしに来たに決まってるでしょ?」


 トゥネリは笑みを浮かべて答えるのだった。


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