第二節 重なる面影と不穏なる影




「ここが僕たちの家だよ!」


 セシルの家は王都外壁の側にあった。ここは王都に暮らす者の中でもそこそこ裕福な者が暮らす住宅街で、セシルの家はソラが住んでいた家よりも立派な作りになっている。


「お姉ちゃん、早く上がって上がって!」

「えと、お邪魔します……」


 家の中に入り、ソラは中を見渡す。玄関からすぐ向かった先にはテーブルと椅子が置かれており、懐かしさを感じる。内装自体は、ソラが暮らしていた家と大した変わりはなかった。


「もう、セシル。あまりはしゃがないの。ソラさんが困っているでしょう?」

「大丈夫だよ、ね? お姉ちゃん!」

「あはは……」


 セシルの勢いに押されて、苦笑いを作るソラ。それを見て母親は少しため息混じりに言った。


「ごめんなさい。セシル、あまり年上の人と接したことが無いから……」

「いえ、大丈夫ですよ」


 にこにこと笑うセシルを見て、小さい頃の自分と重ねているソラ。自然と笑みが溢れた。


「ご飯もご馳走しますので、ゆっくりしていってください」

「え!? 流石にそこまでお世話になるわけには……」

「えー、一緒に食べようよー」


 ソラの受け答えに、セシルは頬を膨らませる。どうやら最初からそのつもりで招いていたらしい。

 観念し、ソラは小さく頷いた。


「じゃあその……ご馳走になります」

「あまり豪華なものには出来ませんけど」

「いえ。むしろ豪華なものが出てきたら気が引けてしまうので」


 母親の言葉にソラは苦笑する。すると母親は思い出したように口を開いた。


「あ、と。すいません、申し遅れました。私はセシルの母親のレフィナと言います。この度はありがとうございました。重ねて感謝します」

「ああ、いえその、レフィナさんが思っている程大した怪我でも無かったので」


 母親レフィナがまた深々と頭を下げたため、ソラは狼狽る。するとセシルが助け舟を出すかのように言った。


「もう、お母さんってば固すぎ。お姉ちゃん困ってるじゃん!」


 そしてソラの右手を引いて、ついて来るよう促す。


「僕の部屋に案内するね?」

「あ、うん」


 引かれるがまま、ソラはセシルの後をついていく。その二人の背中をレフィナは微笑んで見送った。


 セシルの部屋は二階の奥にあった。中に入ると、一つのクローゼットとベッドに加えて、小さなテーブルと椅子が置かれている。ごく普通の、一般的な部屋だ。ベッド脇には小さな本棚も置かれており、子供が読むような物が並べられている。


「ここが僕の部屋だよ!」


 嬉々として部屋に入ると、セシルは駆け足でベッドに飛び込んだ。


「もう。そんなことしてると危ないよ?」


 苦笑しながら、ソラもベッドの小脇に腰掛けた。

 もう一度ソラは部屋を見渡してみる。かつて自分がいた部屋を彷彿とさせる構造に、自然と落ち着いている。


「ねえねえ、ご飯が出来るまで何かお話して?」

「お話?」

「うん! お姉ちゃんが体験した面白いお話! 何か無いかな?」

「面白いお話かー。でもどうして?」

「だってお姉ちゃん、なんか不思議な人だなって思ったから」


 セシルがなにを感じているのかはわからないが、少なくとも好奇心で尋ねていることだけはわかる。ソラは何か無いだろうかと、自分の記憶の中を辿った。


「じゃあ……ボクが小さい時に迷子になったお話しようかな」

「え? 迷子?」

「うん、そう。あれはボクが初めて村の外に出た時のことなんだけどね……」


 ソラは当時の記憶を呼び起こすように話し始めた。



 それはまだ三歳になって間もない頃のことだった。

 好奇心の旺盛さからよく外を走り回っていたソラはある日、村の外、森の中へと入っていったのである。

 広大な森の風景に心奪われていたソラだったが、歩き続けていく内に帰り道が分からなくなっていき、最後には完全に迷子となってしまっていた。


「エイネ? エイネ……どこぉ?」


 目に涙を浮かべて、ソラは辺りを見回すがあるのは木々だけでなにもない。

 日も落ちてきて途方に暮れていた時、ソラの下に一匹の兎が跳ねて近寄ってきた。


「わぁ、可愛い……!」


 初めて出会うその姿に、ソラは目を輝かせる。

 兎に触れようとゆっくりと近づき、しゃがんでその体を優しく撫でた。


「温かい……」


 兎の体に触れて、ソラは落ち着きを取り戻していった。

 撫でている、兎が顔を上げてソラを見つめた。鳴き声はなく、ただ見つめているだけだったが、ソラは不思議とこの兎がなにを伝えようとしているのか理解できた。


「どこかに案内してくれるの?」


 ふとソラは周囲を見た。他の森の動物たちも集まって、ソラを見ているのだ。本来ならば食うか食われるかの関係にあるはずの動物たちも、どういうわけか一緒になって集まっている。それぞれが鳴き声を上げて、まるで何かをソラに伝えているかのように。


「みんなについて行けばいいの?」


 ソラが立ち上がると、動物たちは移動を始めた。

 動物たちの後を追い、ソラは森の中を進んでいく。辺りは暗くなり掛かっており、しばらくすれば森は闇に包まれることだろう。

 歩くこと少しして、一軒の小屋が視界に入ってきた。小屋には明かりが灯っており、火によるものなのか微かに揺らめいている。


「ここに行けばいいの?」


 ソラが問うと、動物たちがまた各々鳴き声を上げた。

 すると小屋の扉が開き、一人の大男が現れた。熊のような体格を持ったこの男。後にソラの師匠となるアウルスだ。


「なんだ、外が騒がしいと思えば。坊主、どこから来た?」

「えっと……ニギロから……」


 体格から来る威圧感に、ソラは少し怯えながら答える。

 アウルスはしばしソラを眺めると、空を見上げた。もう日が沈み、森の中は闇に包まれている。


「来い、小僧。村まで送ってやる」


 小屋の中から明かりを持って来ると、アウルスはそう言った。

 最初は怯えていたソラだったが、アウルスの中にある優しさを感じ取り、自然と安堵する。


「あの……おじさんはここに一人で住んでいるの?」

「ああ、そうだ。俺はこの森を守ることを使命にしているからな」

「使命? 使命ってなに?」

「まあ……お前さんならいつか分かる日が来るだろうさ」


 含みのある物言いで言うと、アウルスは大きな手をソラの頭に優しく置いた。


「ほら、早く行くぞ。お前さんの家族が心配しているだろうからな」

「あ、うん……」


 早々に歩き始めたアウルスを見て、慌ててソラは後を追い掛ける。が、ふと立ち止まり振り返った。


「その、みんなありがとう!」


 ソラは手を振って、動物たちに感謝を述べる。


「おい、坊主。早くしろ」

「あ、はい!」


 ソラは慌ててアウルスの側に寄った。


 道中、ソラはアウルスに色々なことを聞いた。森に住む動物たちのこと。どうして森を守っているのか。普段どのような生活をしているのか。どの質問にもアウルスは取り立てて答えることはなく、どれもあやふやな回答をしていた。


 そしてしばらくして、アウルスの案内の下ソラはニギロに着いたのである。


「ソラ! もう、どこに行ってたのよ!」


 ニギロに着いた途端、ソラを探していたエイネが駆け寄ってきた。相当心配していたのか、若干目に涙を浮かべている。


「ご、ごめんなさい……少し森に行ってみたくて」

「バカ! どれだけ私が心配したか!」


 叱りつけるエイネだったが、すぐにソラの体を抱きしめた。


「でも良かった……何事もなくて……」

「ごめんなさい……」

「ううん、いいのよ。でも今度から行きたいときは私に言って?」

「うん……そうする……」


 ソラの体を離した後、エイネはアウルスの存在に気がつく。


「その、ありがとうございました。あなたは……?」

「なに。たまたま森に住んでいた守り人だ。それじゃあ坊主。あまり誰かに心配を掛けるんじゃないぞ」


 微かに笑うと、アウルスは森の中へと去っていった。



「その日を境にして、ボクは森に行って沢山の動物とお話するようになった……て話。はい、おしまい」


 話を終えて、ソラはセシルの顔を見てみる。目を輝かせて、まじまじと見つめていた。


「すごい! お姉ちゃん、動物さんとお話もできるの?」

「うん。動物の言葉が不思議と分かるんだ」

「すごいすごい! やっぱり僕が感じた通りの、すごいお姉ちゃんだよ!」


 きゃっきゃとはしゃぐセシルを見て、ソラは微笑む。


「ねえねえ! 他に何か――」


 セシルが嬉々として次の話を促そうとしたときだった。

 ガチャン、となにかが割れるような大きな音が下から響いてきた。


「お母さん?」


 何事かと、セシルは首を傾げる。

 何か嫌な予感がして、ソラはすぐに立ち上がった。


「セシルはここにいて? ボクが様子を見てくるから」

「あ、待ってよ! 僕も行く!」


 ついて行こうとするセシルを止めようとも考えたが、今はすぐにでも状況を確認しなければならない。そんな予感がして、手でセシルを庇うようにしながらソラは一階に下りた。


「いいか! 答えは明日まで待つ! それまでゆっくりと考えておけ!」


 そんな怒声とともに、男複数人が外に出て行く場面に出くわした。

 レフィナは明らかに落ち込んだ様子で肩を落としている。


「あの……どうしたんですか?」

「あっ……」


 ソラとセシルが見ているのに気づき、レフィナはすぐに笑顔を作る。が、とても心情を隠せている様子ではない。


「いえ、その……働き口の人と少し揉め事がありまして。すいません、騒がしくしてしまって」

「お母さん、大丈夫?」


 心配そうに顔を覗き込むセシルを見て、レフィナは一瞬唇を噛み締めた。


「ええ、大丈夫よ……」


 ソラはレフィナの表情に見覚えがあった。

 自分が消え掛かっていることを隠していた時のエイネが、同じ表情をしていた。

 だが、何も言えない。きっと何を聞いてもはぐらかされるのが目に見えているから。


「お皿割れてる……」


 床に落ちて割れた皿を、セシルは見つめる。

 ソラは少しだけ目を閉じると、割れた皿に近づいた。


「大丈夫。ボクがなんとかするから……」


 呟くと、ソラは散らばった破片に手をかざす。すると淡い光が破片を包み、見る見るの内に元の皿の形に戻していく。

 その様子をセシルとレフィナは呆然と眺めていた。


「ほら、直った」


 光が収まると、割れた皿は元通りになっていた。


「すごい! お姉ちゃん、やっぱりなんでも出来るんだね!」


 セシルは目を輝かせて、満面に笑顔を浮かべる。


「出来ることなら、どんなことだってやりたいからね」


 微笑みながら、ソラは拾った皿をレフィナの前に出す。


「はい。どうぞ」

「ありがとう……ございます……」


 呆然としたまま、レフィナは差し出された皿を受け取る。そして受け取った皿をしばし眺めて、レフィナは漸く我に帰った。


「あ、その、晩ご飯の用意が出来ましたのでどうぞ」

「わあーい! 僕お腹空いたー!」

「もう、セシルったら。御行儀よくしなさい」

「はーい!」


 セシルの笑顔を見て、レフィナは自然と笑顔を浮かべた。

 それを見てソラは安堵したように微笑む。が、少し険しい表情で家の出入り口を見つめる。正確には、先程の男たちを思い出す。


(さっきの人たち、なんていうか……すごく嫌な感じがした)


 これは何かあるかもしれない。そんな不穏な感覚にソラは不快感を露わにするのだった。







 一人の女性が街をふらふらと歩いている。

 外はすっかり暗くなり、街行く人も減ってきている。店は閉まり、静寂が王都の街を包んでいる。

 覚束ない足取りと、絶望に満ちたような表情から、女性に何かあったのは間違いないだろう。


「あ、ああ……」


 目に涙を浮かべて、力無く声を発する。言葉に出来ない何かが、彼女の心を蝕んでいる。

 ふと、女性は賑やかな声に立ち止まった。

 女性は声の方を見る。明かりが灯るその建造物が何かを、女性は知っていた。

 次第に女性の瞳に光が戻っていく。希望の光が宿っていく。


「お願い……私の子を……」


 呟きながら、女性はギルドの扉に手を掛けた。

 が、女性は踏み止まった。というのも、今彼女は金銭を持っていないのだ。

 ギルドに依頼するには、その内容に応じた金額、あるいは同等の対価を支払わなければならないことになっている。


「あっ……ああ……っ!」


 女性の顔にまた絶望が現れる。

 そんな女性の背後に立つ者がいた。


「あの……どうしました?」


 声を掛けたのは、ギルドの受付嬢ルージュヴェリアだ。普段ギルドの受付に付きっきりの彼女は、仕事が基本的に無い夜に、よく散歩に出掛けているのだ。

 小首を傾げて、ルージュヴェリアは女性の顔を見る。酷く窶れた様子から、何かあったことはすぐに理解できた。


「何かギルドに依頼でしょうか?」

「……子が……」

「えっ?」


 何かを言ったのは分かるが、声があまりに小さく聞き取れなかった。

 ルージュヴェリアの問いに、女性は涙を溢して、訴えるかのような表情で口を開く。


「私の息子を……助けてください……」

「それは一体どういう――」


 意味なのか。そう問おうとして、背後に気配を感じ、ルージュヴェリアは振り返った。


「おう、探したぜぇ?」


 振り返った先に、男が複数人立っていた。

 明らかに怪しい雰囲気の男たち。


(あれは……)


 男たちを注意深く観察していたルージュヴェリアは、彼らの服に付いているバッヂに目が行った。


(あれは、リベルトス商会の紋章……?)


 リベルトス商会。数ヵ国を跨いで商売取引を行なっている大きな組織で、ここヘルディロでも商品の取り扱いの大部分を担っている。王都内の土地の一部を売買してもいるため、ヘルディロ内でギルドに並ぶ組織とも言える。

 そんなリベルトス商会に登録している人間は、今男たちが身につけているバッヂの携帯が義務付けられていた。


「おう、そこの可愛いお嬢ちゃん。悪いがそこの女を引き渡してくれねぇかな?」


 女性は怯えた様子で、ルージュヴェリアの背後に隠れている。全身を震わせていることから、ただならぬ状況なのはすぐに分かる。


「この人が何かしたんですか?」

「その女はな、うちへの借金の返済が終わってないんだ。猶予を与えたが期限になっても一向に支払われないんでな」

「違います……私は……」

「ああ!? 何が違うってんだ!?」


 男が声を張り上げたため、女性は体をビクつかせて口を紡ぐ。


「その借金というのは、正当なものなのでしょうか?」

「ああ? そりゃそうさ。そこの女はうちが取り扱っている土地を買ったんだ。その支払いがまだ済んでないだけさ」


 男の答えを聞き、ルージュヴェリアは女性の方を見る。女性は小刻みに首を横に振った。


「違うとこちらの方は言っていますが?」

「うるせぇ女だなぁ! さっさとそいつを引き渡せって言ってんだよ!」


 男が叫ぶと、全員が懐からナイフを取り出した。

 それを見たルージュヴェリアはすぐに身構える。戦闘に不向きな彼女だが、正義感は強かった。


(助けを呼べば、誰かが来てくれるはず)


 意を決して声を張り上げようとした時だった。


「ふーん……女二人相手に寄ってたかって武器を構えるんだ。小さい男たちね」


 どこからか声がした。

 聞き覚えのある声にハッとして、ルージュヴェリアは振り向く。


「トゥネリさん!」


 声の主はトゥネリだった。


「あ? なんだお前」

「別に。たまたま通りすがったその子の友達よ」

「おいおい、嬢ちゃん。あまり首突っ込むと怪我するぜ?」


 トゥネリの強気の姿勢を、男たちは笑う。

 対しトゥネリは心底呆れたようにため息を吐いた。


「そこのあなた?」

「は、はい!」


 トゥネリが顔を向けると、背に隠れていた女性が体を跳ねさせた。


「後で事情、聞かせてもらいますから」


 それだけ言うと、トゥネリは男たちに向かって駆け出した。


「は! ただのガキに何が出来るってんだ!」


 男の一人がナイフ片手に、トゥネリに向かっていく。


「別にあなた達くらい、すぐに片付くわよ」


 吐き捨てるように言うと、トゥネリは男の動きを見据える。


「生意気なガキだな! 悪いが少し痛い目にあってもらうぜ!」


 男はトゥネリにナイフを振り下ろそうとした。


「遅いっての……」


 が、振り下ろすよりも先にトゥネリは地を強く蹴って距離を一気に詰める。

 その動きに男は一瞬止まってしまい、出来た隙を狙ってトゥネリは相手の顎目掛けて跳び膝蹴りを喰らわせた。


「ぐぇ……!」


 短い悲鳴とともに男は地面に伏す。

 一連の光景に他の男達は思わず面食らっていた。


「くそ! かかれ!」


 すぐに立ち直ると、男達は一斉にトゥネリへと向かっていく。

 トゥネリは冷たい視線を男たちに送ると、ダウンさせた男のナイフを拾ってまた地を蹴った。


「このガキぃ!」


 男の一人がトゥネリにナイフを振り下ろす。

 トゥネリはそれを拾ったナイフで受け流すと、続け様に腹部を強く殴打した。


「ぐふっ……!?」


 衝撃に男は悲鳴を上げる。が、それだけでは終わらず、さらに追い討ちとして回し蹴りが側頭部に飛ぶ。

 また一人、呆気なく地面に倒れ伏す。


「こ、こいつ!」


 一瞬狼狽た別の男に対し、トゥネリは容赦なく顔面に拳を打つけた。その威力により男の鼻は折れ、砕けた歯が宙を舞う。

 呆気なく鼻を折られた男は、これも呆気なく気絶した。


「こ、こいつ強いぞ……!」


 立ち止まって一歩下がる男が、トゥネリの視界に入る。

 トゥネリは一瞬でその男に詰め寄ると、ナイフを握る手を掴んで捻った。


「ぐぎゃ……!?」


 腕を折られ、男は握っていたナイフを落とした。落ちたナイフは切っ先が下を向いており、男の足を突き刺す。


「ぎゃあああああ!!」

「あ、ごめんなさい。そうなるとは思ってなかった」


 意図していなかった結果に、トゥネリは苦笑した。


「なっ……なんだよお前は……!」


 残された男が、恐怖に打ち拉がれる。たった一人の少女を前に、なす術もない。

 トゥネリは残った男を睨みつける。


「く、くそが……見下しやがって!!」


 男がナイフを構える。

 直後、その手にナイフが突き刺さった。投げたのは他でもない、トゥネリだ。


「最初に見下してたのはあんたでしょ」

「くそ! くそおおおお!!」


 最後の一人は、血が流れる右手を抑えて一目散に逃げ出した。が、程なくして失速し、地面に倒れた。


「ああ、ごめん。さっき投げたナイフ、即効性の睡眠薬塗っておいたから」


 涼しげな表情で言うと、トゥネリは服についた埃を払った。


「す、すごい……」


 ルージュヴェリアが思わず感嘆を漏らす。彼女にとっても、背後にいる女性にとっても、まさに一瞬の出来事だった。


「とりあえずこいつらは後で尋問するとして……まずはあなたの話から聞かせてもらえますか?」


 トゥネリは近づき、優しげな表情で問いかける。

 すると女性は膝を突き、涙を流しながらトゥネリの服を掴んだ。


「お願いします! 私の……私の息子を助けてください!」


 女性の悲痛の叫びに、トゥネリとルージュヴェリアは顔を見合わせた。


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