第一節 再会と邂逅




 門が開き、広がった光景にソラは目を輝かせた。

 街の中は大きな賑わいを見せている。村長が言っていた通り、ドゥエセとは比べものにならない程の人が行き交っている。

 建物の数も多く、壁内の面積もニギロとドゥエセを足しても尚足りない程だ。


「すごい……ここが王都……」


 あまりの広大さに目眩がする。ずっと村の中にいた彼にとって、都会の街がこれほどのものとは想像もできなかったのだ。

 門を抜けたすぐ先には食材を買うための市場となっている。

 また簡単な食事ができる店もあり、道を行くだけでいい匂いを漂わせている。

 食べ物以外にも魔法道具を取り扱う店や魔力結晶を取り扱う店もある。他にも多くの店が混在していた。

 ソラは都会の光景に心を奪われていた。これだけの店、人は見たことがない。なにより、行き交う人々は皆笑顔だ。


「お! ちょっとそこの空色の髪をした可愛いお嬢ちゃん!」


 ふと、店の男が大きな声をあげた。

 その声量に思わずソラは辺りを見渡す。一体彼は誰を呼んでいるのだろうかと。


「君だよ君! そこのきょろきょろしてるお嬢ちゃん!」

「え、ボク?」


 半信半疑で自分を指す。


「そうそう! 君だよ君!」


 間違ってもお嬢ちゃんではないのだが、男が勘違いするのも無理はない。外見だけを見ればソラはまごうことなく可憐な美少女なのだから。

 手招きされているため、ソラは近づく。


「これ、良かったら食べてみて」


 男が渡したのは白くて丸い物体だった。

 ソラは言われるがままにそれを手に取り、一口齧ってみる。生地は柔らかくてふわふわだ。


「なにこれ……美味しい……」


 甘さの中に僅かな酸味がある。この味をソラはよく知っていた。何故なら好物なのだから。


「これの中身、りんごを使ってるんですか?」

「お、よくわかったね! 切ったりんごに砂糖を掛けて煮込んだジャムを中に入れたんだ。昔ある人に作ってもらったんだが、その味が忘れられなくてね。レシピは教わってたから、今こうやって売り出してるんだよ」


 店主の説明を聞きながらソラは黙々と食べる。あまりの美味しさについつい手が止まらなくなっている。気がつけばあっという間に平らげてしまっていた。


「どうだい、美味しかったかい?」

「はい、とっても」


 ソラは満足そうに笑顔を浮かべる。その笑顔に店主も笑った。


「えっと、これ幾らですか?」

「ん? ああ、お代はいらないよ。お嬢ちゃんがとっても可愛かったからね」

「いやでもボクは――」

「いいんだよ気にしなくて。次来たら払ってくれればいいからさ。見たところ、今日はじめて王都に来たんだろう?」

「あ、はい。でもどうして?」

「あれだけ物珍しそうに見渡してれば誰でもわかるよ」


 店主に指摘され、ソラは恥ずかしさから少し顔を赤らめる。どうやら相当わかりやすかったらしい。


「だからまあ、王都に来たお祝いみたいなものさ」


 店主が笑う。

 一方ソラは頭を悩ませていた。自分は男だ、と打ち明けてしまえばいいだろうかとも考える。しかしそれでは店主の厚意を無下にするどころか、場合によっては恥をかかせてしまう。

 ともなれば、取れる行動は一つしかなかった。


「じゃあ、同じの二つ貰えますか?」

「お、気に入ってくれたかい?」

「はい。ボク、りんごが大好きなので」

「それは良かった。代金は150ヘルツェね」


 言われた金額を店主の手に乗せ、もう片方の手で渡された袋を受け取った。

 ソラは袋の中を覗き、微笑む。


「ありがとうございます。また買いに来ます」

「こちらこそ。王都での生活、楽しんでね」


 手を振って別れると、ソラはまた歩き出す。人混みの中へと消えていく。

 その後に一人の少女が同じ店を訪れていたのだが、ソラが気付くことはなかった。


「それにしてもすごいなぁ……」


 店主に指摘されたばかりだというのに、またついつい辺りを見回しているソラ。それだけ新鮮な光景が彼の視界に映っているということなのだが。


「とそうだ。ギルドに行かないといけないんだった」


 ようやく当初の目的を思い出したソラは、カバンの中から地図を取り出す。

 目的地はギルドのヘルディロ支部。ヘルディロ内の依頼すべてを統括しているところだ。ここでギルドに加入するために必要な手続きと、試験を受けることが出来る。


「えーっと……こっちかな」


 地図を頼りに歩き出す。

 道なりに進んだ先にあったのは大きな噴水広場だった。この広場は王都内の中央に位置している。そのため子供たちの遊び場であったり、カップルたちの憩いの場となっている。

 そのため広場でも多くの人で賑わっていた。子供たちが走り回る姿。寄り添う男女の姿が見受けられる。


「わぁ……広ぉ……」


 広場は村にもドゥエセにもあったが、やはりその大きさも比べ物にならない。目の前の光景にソラは口を開けて見惚れる。

 と、その時だった。


「わっ……!?」


 ソラが広場に見惚れているとふと、転ぶ少年の姿が視界に入ってきた。


「うぅ……痛いよぉ……」


 転んだことで膝を擦りむいたのか、少年は膝を抱えて蹲っている。それを見た他の子供たちが心配そうに近づいた。

 ソラはふと昔のことを思い出す。エイネとのある日の思い出だ。

 小さいころ二ギロの広場で走り回っていた時のことである。まだ年端もなく本を読むということもしていなかったころ、彼は村の広場で走り回るのが好きだった。

 エイネが様子を見守っている中、走っている最中によく転ぶことが多かった。その度にソラは彼女に傷の手当てをしてもらっていたのである。

 そのことを少年に重ねたソラは、すすり泣く彼に近づいていく。


「傷見せてみて」


 ソラは少年の膝を覗き込む。余程の勢いで転んだのか皮が剥がれ、血が流れていた。

 痛みのため、少年の目には涙が溜まっている。


「うん、安心して。これくらいならすぐに治せるよ」


 少年に微笑みかけると、ソラは傷口に手を翳す。そして目を閉じて、己の中の魔力を循環させる。

 すると淡い光が掌から放たれ、傷口を包んでいく。傷口は見る見るの内に消えていき、流れた血も無くなっていく。光が収まった頃には、傷はもう完全に治っていた。


「すごい……」


 周囲で見ていた子供たちが感嘆の声を漏らす。

 痛みと傷が無くなったことに少年も驚き、ソラの顔を見る。


「これでもう大丈夫。ほら立てる?」


 ソラは抱えるようにして立たせると、少年の両肩を軽く叩く。


「ほかに痛いところはない?」


 ソラの問いに、少年は無言で手のひらを見せる。見てみると手のひらにも擦り傷が出来ている。

 これを同様にして治してあげると、少年は目を輝かせた。


「お姉ちゃんすごい!」

「あはは……痛いところはまだある?」

「ううん、大丈夫!」

「そっか、良かった」


 ソラは笑うと、少年の頭を優しく撫でる。


「走る時は気をつけないといけないよ?」

「うん、ありがとう!」


 少年も満面に笑顔を咲かせると、他の子供たちと一緒にまた遊び始めた。


「お前いいなー! あんな綺麗な人に治してもらってさ!」

「えへへー」

「俺も転んだら治してくれるかなぁ?」

「ちょっと、やめなさいよ。迷惑になっちゃうでしょ!」


 走り去る中、子供たちはそんな会話を交わしている。少年は余程嬉しかったのか、度々振り向いては手を振っている。

 対してソラも笑って少年に手を振って、その場を後にする。


「ありがとう、お姉ちゃーん!」

「お兄ちゃん……なんだけどね」


 思わず呟き、ソラは苦笑した。







 子供の傷を治してから程なくして、ソラはギルドの前にたどり着いた。

 王都に来てから大きい建物は珍しくはないのだと理解したソラであったが、ギルドの佇まいを見上げて大きな口を開けている。ギルドは一際大きな建物であったためだ。


「お……大きい……」


 王都に来てからというもの規模に驚いてばかりいる。大きな建物といえば真っ先にクリンベルの屋敷が思い浮かぶが、それ以上の大きさの建物が今目の前にある。彼はひたすらに圧倒されるばかりだ。

 興奮した心を落ち着かせるため、ソラは大きく深呼吸する。

 アウルスから聞いた話によると、ギルド加入の際に受けなければならない試験は厳しいものであるらしい。というのも、ギルドに加入するということは、それ相応の実力を兼ね備えていなければならないからだ。


「よし!」


 意を決して、ソラはギルドの扉を開いた。

 ギルドの中は溢れんばかりの人がいた。その誰もが武装をしながらも、皆和気藹々とした雰囲気で話している。中には、入った先にあるテーブルで酒盛りしている姿もある。

 ここはギルドに登録した人間だけでなく、一般の者や商人、国を守る兵士たちなど様々な人が利用する場所なのだ。

 ソラは周囲を見渡して、登録のための受付を探す。

 なにやら、二人の女性が座る受けつけらしきテーブルを見つけると、ソラはそちらに歩みを進めた。

 片方は金色で長い髪をした美しい女性だ。薄く化粧を塗り、ドレスのような煌びやかな衣装で身を包んでいる。

 もう一方の女性は赤く短い髪をしていた。見たところ金髪女性より若く見える。化粧をしている様子もなく、服も質素なものだ。

 金髪の女性の前には大量の書類が置かれていた。ぶつぶつと何かを呟きながら、女性は書類に目を通している。

 赤毛の女性はというと、書類を見てはいるが、目の前に置かれている数は少ない。

 ひとまず忙しくなさそうな方にということで、ソラは赤毛の女性に声を掛けた。


「あの、すいません。ギルド登録の受付はこちらで良かったでしょうか?」

「あ、はい。私は依頼受付担当で、本当は隣にいる彼女が登録受付担当なんですけど――」

「ごめん無理ー。そっちで処理してくんない?」

「見ての有様でして……代わりに私が引き受けます」


 どうやら職務内容が逆転してしまっているようだと分かると、ソラは引き攣った笑いを浮かべる。赤毛の女性も同様だ。


「まずは試験費用として、500ヘルツェの支払いをお願いします」


 指示通り、ソラは所持金の中から丁度の金額を取り出して女性に渡す。


「だぁー! もう、なんで私があのバカの書類仕事を手伝わなきゃいけないのよ!」


 受付をしている一方で、金髪の女性が堪えられないと叫び声を上げる。どうやら不本意な仕事を押し付けられたようである。


「あの、こんな質問失礼ですけど……あの人は……?」

「ああ。ええと、うちの支部長は書類の仕事を溜め込んじゃう癖がありまして。それを彼女は押し付けられたと言いますか」

「ちょっと、ルー! 早く済ませてこっち手伝ってくんない!」

「あ、はい。その、とりあえず手続きを続けますね」


 赤毛の女性はため息混じりに笑うと、一枚の紙と羽根で出来たペンをソラに渡す。


「こちらの紙にあなたのお名前と生年月日、出身地の記載をお願いします」


 指示通りにソラは紙に自分の情報を書いていく。


「なにか証明できるものの提示もお願いします」

「ええと……これですね」


 鞄から村長が直々に作成した書類の束を取り出すと、それを女性に渡す。

 女性はその書類の内容に目を通して頷くと、書類に確認を意味する印鑑を押して背後の棚にしまった。


「あとこれも渡すように言われたんですけど……」


 ソラは続けて鞄からひとつの手紙を取り出した。書いたのはアウルス。内容はギルドへ推薦文を書いたものであるらしい。

 これを受け取った女性は差出人の名前を見て驚いた。


「アウルスさんからの推薦ですか!?」

「え、あ……はい」


 女性はまじまじとソラの顔を見つめる。そしてハッとして、先ほど渡した書類を背後の棚から取ると、もう一度その内容を深く目を通し始めた。

 何事かと、ソラは小首を傾げる。


「あの、すいませんけど……性別は男性、なんですか?」


 なるほどそういうことかと、ソラは内心でため息を吐く。


「そ、そうですけど。そう書いてありますよね?」

「あ、え、でも、その……え?」


 思わず何度も書類とソラの顔を行き来する女性。だが無理もない。


「化粧とか……してるの?」


 女性は無意識のうちに、素で話し始めていた。


「いや、してないですけど」

「嘘……化粧もしてないのにすごく綺麗っていうか、美人っていうか。本当に男なの?」


 あまりもの衝撃にたじろぐ女性。信じられないと、彼女の顔には書かれている。

 そんな彼女に対してどう接したものか。ソラは頭を悩ませる。このままでは手続きも進まない。

 その時だった。


「残念だけど、そいつ男よ」


 背後で声がした。

 ソラは振り返るが、すでに声の主の姿は離れたところにいる。

 見たところ女性のようだ。リボンで後頭部に一纏めにしている栗色の長い髪。服から見て取れる華奢な体。これらから、まだ成長途中の少女とわかる。年齢にしてソラと同い年くらいだ。


「あ、トゥネリさん! こちらの方を知ってるんですか!」


 赤毛の女性は少女の声で我に帰ったのか、口調が元に戻っている。

 一方少女は気に留めていないのか、歩を止める様子はない。


「トゥネリ……?」


 そして、女性が言った名前にソラは覚えがあった。

 自分の記憶を辿り、その名に該当する人物を思い出す。あの忌まわしい事件の日にはじめて出会った、一人の少女を。


「待って! 君は、あのトゥネリなの? ドゥエセにいた!」


 ソラの声に少女は立ち止まる。

 少女が振り返ると、ソラにはすぐに分かった。成長して少し顔立ちが変わっているが、当時の面影が残っている。紛れもない、あの時の少女だ。

 しかし、あの時とは明らかに目つきが違った。穏やかで優しい目をしていた彼女は、今は鋭く、まるで獲物を狙う狩人のようだ。


「あの――」


 その変貌に、ソラは言葉を詰まらせる。一体彼女になにがあったのかと、立ち尽くしている。

 ソラの様子を伺っていたトゥネリは大きくため息を吐いた。


「悪いけど後にしてくれない? 今わたし、忙しいから」


 トゥネリは吐き捨てるように言うと、踵を返して人混みの中に消えていった。

 以前会った時と口調も違う。ソラはただ狼狽るしかない。六年の間になにが彼女を変えてしまったのか、と。


「あのー、ソラさん?」

「え、あ、はい!」


 女性に声を掛けられたことで、ソラは平常を取り戻す。

 慌てて向き直ると、女性は指先を突きながらまごついていた。


「その……失礼しました。あまりに綺麗な方だったので」

「ああいえ、その、よく言われるので大丈夫ですよ」


 ソラは「あはは」と苦笑する。


「すいません本当に」

「気にしないでください。それよりも手続きの方は」

「あ、そうでしたね。手続きは以上になります。その……試験を受ける前に支部長との面会がありますので、私についてきて貰えますか?」

「はい、わかりました」


 女性の言葉にソラは微笑む。

 対して女性はと言うと、取り乱した気恥ずかしさから顔を赤らめている。


「あの……私ルージュヴェリアって言います」

「ルージュヴェリアさん……えと、よろしくお願いします」


 ルージュヴェリアの案内の下、ソラは支部長室へと向かうのであった。


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