第2話 おじさん

 さて、私の庭に入り込みなさった不審者のせいで、あまり人と顔を合わせることが得意ではない私は、結局、隣の部屋から喘ぎ声のする自室へと戻ってしまった。


 一体ここに戻って何があるというのか。現実から逃げるための手慰みは目の前のちゃぶ台にあり続け、更には愛を育む音が響き続ける。まるで、自分の人生を嘲笑しているかのように。意地の悪い神様が書いた脚本の上で踊るのは非常に気分が悪い。


 全てから自身の身を守るためにカメになる。耳に手を当てうずくまり顔を畳にぴったりとくっつける。視力も聴力も捨て去って自分に入ってくる悪意ある情報から自身を防御する。何も考えてはいけない。何も考えてはいけない。


 唯一この状態では足音だけが床の振動をとうして伝わってくる。足音か…これは、喘ぎ声のする部屋を挟んで反対側にある部屋からだろうか。耳をふさいで情報をシャットアウトし、落ち着いた脳みそでそんなことを考える。


 ドタン!


 鉄の扉を勢いよく閉める音。つまり玄関から勢いよく出ていく音である。どうやら、何かしらあって、室内から外部へ急いで出ていったようだ。それは、私と一緒の事情だろうか?この精神攻撃にやられてしまいリングから逃げ出してしまったのだろうか。


 …もう、40分程たつ。時々、耳から手を放して試合が終了したか確かめるが、まだまだ終わらない。とんだ、遅漏だ。遅漏がまさか人の迷惑になるとは思った事があるだろうか。いや、これが普通なのか?私なんかはエリートガンマンなので早撃ちでは絶対に負けないが。それとも、隣の彼はフルオート射撃の持ち主だろうか。


 しかし、こんなことを考えてふざけてられるのも今の内だ。これがこれ以上続くようなら私は睡眠不足に陥るだろう。やはり、再び外に逃げ出すほかはない。公園のベンチで寝るほうが良くぶんかはマシだ!夜の海上に浮いて寝るか、潜水艦の中で寝るか程の違いだ!もちろん断然後者を選ぶ!夜の海は暗くて怖いし…。しかし、おじさんはどうなった。あの庭を荒らすモグラのような不審者はどうなった?…しかし、それ以外ない!いたらいたでその時だ!!ええいっ!動け足!!!


 なんとか、地獄の扉を開けて脱出し、公園へ走る。


 あぁ…絶望とは確かにこんなものだったな。日常生活の中だと絶望をする瞬間がそこまでないので、どうしても絶望するたびに初めて抱いたかのような新鮮さに襲われる。なんと新鮮なんだ。


 まだ、おじさんは回っている。


 深夜2時ほどに公園で回転し続ける中年。その構図だけで鳥肌が沸くのは生理現象として当たり前だろう。しかし、私は今は引けない。この不審者をなんとかする以外の方法はないのだ。退路は無い!


 背水の陣だ!!


 

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