第13話 策略ですのよ

「あの派手な衣装は、相手にわざと不快感を示すためだと?」




 呆れた。と言いたそうな口調でマージェリーが問い返す。




「当たり前じゃない。何が楽しくて、あんな服を着ていくのよ?」


 ポイポイと服を脱ぎ捨てながらセラフィーナが不満を口にする。馬車の中だし窓にカーテンもしているから、除き見るような不埒者はいない、はず。


「確かに、お嬢様の趣味からは少々逸脱していましたが」


 セラフィーナが普段好んで着る服は、作りこそ上等だが装飾が少なくデザインも比較的シンプルなものが多い。本人曰く「本質で勝負してこその貴族令嬢よ」とのことだが、装飾で動き辛いのが鬱陶しいというのが本音である。




「まあね。さっきの格好は記号みたいなものだから」


「記号……ですか?」


 腑に落ちないといった面持ちでマージュリーが返事をする。


「そ。わたしが貴族の令嬢だと知ってもらうための」


 脱ぎ捨てたドレスをパンパンと叩いて「分かりやすいでしょう?」と強調する。


 まあ、確かに庶民がお金持ちのお嬢様を想像し易い出で立ちであろう。


「でも、またどうして、わざわざみんなの反感を買うような服装を?」


 せっかく挨拶に向かったのだ。ふつうなら少しでも好印象を持たれる格好をするのがセオリーだ。


「普通の格好で出向いても、どうせ反感は持たれるでしょう?」


 いきなりのこのことこと15歳の小娘が「今日からこの船の船主です」と言ったところで、誰も付いてこないことくらい容易に想像が付く。


「ですが、しないよりはマシかと?」


 マージェリーにしてみれば落ち着いた服装、落ち着いた口調で、威厳を持って語りかけるのがセオリーだと考えているようだ。


 だが、




「ムダよ」




 一言のもとに否定する。


「だって連中にしたら、わたしが小娘であることが問題なんだもん」


 服装で多少は落ち着いた印象は見せれるかも知れない。


「でも、いくらそれらしい格好をしたところで所詮15歳。滲み出る若さは隠せないわ」


「幼さの間違いでは?」


「で、ギャップを作ろうかと。最初、キンキラの格好で出て、あとで船員服に着替えたら本気度が分かりやすいでしょう?」


 マージェリーの指摘は華麗にスルーして、予め用意していた船員服に着替えていく。


「そう上手くいくでしょうか?」


 あまりにも安易なのか、着付けを手伝いながらマージェリーが懸念を口にする。


「まあ、何とかなるんじゃない。例のアレもあることだし」


 あくまでも楽観口調。


「そんな、いい加減な」


 が、作戦としては悪くなかった。


 結果としてランドールが「そこまで言うなら皆にも聞いてやる」と請け負い、セラフィーナがトリートーンの甲板に上がることまでは成功したのだから。










「あらましは先に言ったとおりだ。お上の法律で、この嬢ちゃんがユングライナーの船主に決まったそうだ」




 舵輪のある後方デッキの下で、30代から40代の数人の男たちがランドールの説明を胡散臭そうに聞いている。どいつもこいつも着崩しただらしない恰好をしているが、全員がトリートーンの仕官連中であった。




「ウイリアム様に代わって船主だと?」


「このお嬢さんが?」


「おいおい、冗談だろう?」




 皆、好き勝手なことを口にする。


 収拾が付かないと思ったのか「静かに!」とランドールが場を締めた。どうやら副長的なことも任されていたらしい。




「先日ウイリアム様がお亡くなりになったことは皆も知ってのとおりだ。遺産の船は血縁者に相続されるのは当然の事。だから、書類上お嬢さんが船主になることは何の不満もない」


 ランドールの締めが効いていたのだろう。そこまでは誰ひとり反論することなく、みな静かに話を聞いていた。




 しかしランドールが「だがな……」と続きを口にした途端、雰囲気は一変。




「船主として、嬢ちゃんはこの船に乗り込みたいと抜かした。海のうの字も知らない小娘がだぞ。そんなことが許されるか?」




「ムリ!」


「許せん!」


「ダメだ!」


 堰を切ったように反論の拳があがる。


 ランドールが満足そうに頷くと「まあ、そういうこった」とセラフィーナに向き直る。




「御館様のご令嬢といえども、海の上では何の役にも立たない。身分なんてクソくらえだ。さっきも言った通り、書類上の船主だけで満足していただくこったな」


 分かっただろうと言わんばかり。


 甲板に上げたのも子供に言って聞かすための方便とでも言いたげな風情。もちろんマージェリーは顔を真っ赤にするが、今度はセラフィーナが「まあ、まあ」と押し止める。




「言いたいことはそれだけ?」




「何?」


「他にあったら困るから、確認してるのよ。言いたいことはそれだけよね?」


 挑発するのではなく事実を確認するようにセラフィーナが訊く。 


 数秒の沈黙を肯定と捉え「では」とコホンと咳をして、セラフィーナが舵輪の前に立つ。


「今さら自己紹介が必要だとは思わないけど、わたしが新しく船主になったセラフィーナ・ボールドウィンよ。


 書類上という意味ではなく、言葉どおりの意味でね」




 最後の「言葉どおりに」に力を込めると、当然の如く仕官連中の顔色が一変した。


「もちろん。いまのわたしは、みんなが思っているように海では何の役に立たない小娘に過ぎないわ」


 間髪入れず、士官たちが反発するよりも早く、セラフィーナはランドールの評価を肯定。自分が役立たずだと宣言してしまった。


 これには士官たちのほうが戸惑った。


 何しろ、拳を振り上げ糾弾しようとした事項を本人自ら認めてしまったのだ。文句云々どころか、完全に先手を取られた格好になった。








「だから、逆にお願いするわ。わたしを、船乗りにしてくれる?」


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