第12話 でましたか、お舅さんが 2

「無礼な輩に説明など不要です」


 不穏なことを口走るマージェリーに「ダメよ!」と一喝。




「手順を踏むのは大事なことよ。マージェ」




 不満顔のマージェリーにくぎを刺したうえで、男のほうにも「でも」と前置きする。


「これから話し合いをするのに、お互いに名乗りもしないのはどうかと思うけど?」


「確かに」


「と、いう訳で、まずはわたしたちね。わたしは、セラフィーナ・ボールドウィン、名前から分かるようにボールドウィン家の娘よ。彼女がマージェリー・バークレー、わたしのお目付け役」


「お嬢様!」


「いいじゃない。だいたい合ってるんだし」


 主側から先に自己紹介されては、黙ってられる雰囲気ではないのだろう。


「俺はランドール。この船の掌帆長を勤めている」


 言いがかりをつけてきた男。もとい、ランドールも人に身元を明かした。




 トリートーンの掌帆長、か。


 たたき上げの偉いさんなら拘るのも納得だわ。


 というか、ケンカし甲斐があるわね。




「紹介ありがとう。なるほど、納得できました。」


 表層でも笑みを浮かべ、心の底でもニンマリする。




「何を納得だって?」


「ま、イロイロとね」




「でも、マージェリーが言ったとおり、ウイリアムお爺様に代わってわたしがトリートーンの船主になったのは事実よ。今日はその挨拶に伺ったんだけど、聞いてなかったかしら?」




「だ~か~ら~そんなのは、紙の上のことだけだ!」




 叩き上げの海の男ともいえるランドールは、歯牙にもかけぬという口調で切り捨てる。


「それが、無礼なんです!」


 声を張り上げ激昂するマージェリーを「まあまあ」と宥める。


「それ続けていたら、いつまで経っても平行線よ」


「しかし……」


「仕方ないでしょ。向こうにしてみたら、こんな小娘にいきなり船主だって言われても、納得なんかできないわよ」 


 と憤るマージェリーを制して、ランドールの弁をあっさり認めた。


「ほう。そこの年増と違って理解が早いじゃないか、このお嬢さんは」


「わたくしは未だ二十八歳だ!」


「マージェリー。ハウス!」


 今にも噛みつきそうな猛獣を「ステイ!」と宥める。




「とにかく……」




 脱線した話を元に戻すべく、セラフィーナは手を叩くと「要するに」と、改めて口火を切った。


「あなたの言い分は解ったわ。わたしが船主だとは、どうあっても認めないのね?」


 断定的に問いただすと、意外にもランドールは「そんなことはない」と首を横に振る。




「鼻水を垂らしたガキじゃないんだ、俺たちだって世間は知っている。船主が嬢ちゃんに代替わりしたことにまで口を挟む気はねえ」


 思ったよりも常識的な答えに「だったら」と話を続けようとしたら「勘違いするなよ」と切先を制される。 


「認めるのは、あくまでも紙の上だけだ。見学くらいなら付き合ってやるから、それで満足するんだな」


 お客さんとして丁重に扱うとだけ。謂わばスポンサーとしては認めるが、それ以外はノーだと、まさしく取り付く島もない。




「それだと困るのよ」


「は?」


「わたしは家命で単なる書類上の船主じゃなく、クルーとして乗りこまないといけないの。どうしたら認めてもらえるかしら?」


 顎に指を乗せ、小首を傾げて尋ねてみせる。


「そんなピラピラした服を着て、船に乗る乗らない以前の問題だ」


 マージェリーに負けず劣らず、盛大に「フン」と鼻を鳴らして答える。


 と、セラフィーナの袖を引っ張り「だから申し上げましたでしょ」とマージェリーが小声で叱責する。何せ彼女のいでたちは、フリル一杯のワンピースに盛大な髪飾り。しかも踵の高い編み上げヒールと、貴族のお嬢様モード全開なのだ。


 客船ならともかく交易船に乗り込むなど、ランドールでなくともふざけているとしか言い様がない。


 が、セラフィーナにしたら、してやったり。


 なるほど、一応頭では理解してくれているんだと確信できたのだから。


「これは外出着だから、乗り込むときは着替えるわよ。それと認めてもらうのはランドールさんだけじゃなく「みんな」にだから、そこを間違えないで」


「そこまで言うなら、訊いてみようじゃないか!」


 売り言葉に買い言葉。ランドールはまんまと策略に嵌った。


「そうして頂けるとありがたいわ」




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