第8話 頼もしき協力者


 屋敷の東端、海からの微風を感じる場所のその部屋はあった。




 セラフィーナがノックすると「どうぞ」という穏やかな声。


「失礼します」


 と扉を開けると、目に付くのは窓に面した大きなベッド。


 部屋の主、モーリス・ボールドウィンが「どうしたのかな?」とベッドに横たわったまま優しく声をかけてきた。




「わたし……お兄様に謝らなければなりません」


 扉を開けただけで部屋に入ろうとしないセラフィーナに、モーリスが「どうして?」と尋ねる。




「だって」


 理由を言おうとすると「まあまあ」と遮る。


「トリートーンの船主になったんだろう? おめでとう」


 意図せぬ祝福に「えっ?」と戸惑う。


「未だ、わたし。何も言っていないわよ」


 というか、完全に出鼻をくじかれた格好。


「うん。僕もセラから何も聞いていない」


 肯定というより、茶目っ気たっぷりにモーリスが楽し気に応える。


「では、お父様かお母様から、この話を聞かれたのですか?」


 ニュースの情報源としては、この2人なのだろうか? 


 だがモーリスは「違うよ」と否定する。


「セラが今日最初のお客様だからね」


「なら、どうしてお兄様がご存じなんですか?」


「何、簡単な推理だよ」


 訝るセラフィーナにクスクス笑いながら、モーリスが理由を説明する。




「先日、お爺様が身罷われた。所有していたトリートーンの相続が必要になるけど、交易船の法により個人で複数の船の所有を禁じられているから、父上は相続が出来ない。母上も同じく直系ではないのでダメ、ジェームスは年齢的に達していない。そして僕はこのありさまだ」


 自嘲気味に羽毛布団を叩く。




「正解。だろ?」


 ウインクして茶目っ気たっぷりに確認する。


「正解。です、けど、お兄様は……」


「うん。法規的には相続可能だよ。しかし、病床で動けない者を船長にしたところで、世間の嘲笑に遭うだけ。何せトリートーンはボールドウィン家の象徴みたいなものだからね。父上が最初から僕を除外していたのは当然のことさ」




 悲しみも憤りもなく、まるで悟ったかのように淡々と正論を述べる。


 聡明すぎて理解が早すぎる兄がたまらなく悲しかった。


「どうして、お兄様がこんな目に? 訳の分からない病気で歩けなくなったうえに、エリスティーヌ義姉様との婚約も解消しなければならないだなんて」


 今にも泣き出しそうなセラフィーナに「おいで」と手招きし、病床から片手で抱きしめる。


「エリーとの婚約解消は僕が願い出したんだよ。病で先の知れない僕に縛られる必要がないからね」


「そんな……」


「彼女には自由でいて欲しいからね」


 それでもまだちょくちょくやって来るんだよ。と、聞きようによっては微妙にリア充な発言がモーリスらしい。




 3年前に突然謎の奇病を発症し、以来寝たきりの生活を送っているモーリスだが、かつてはその優れた容姿と鋭利な頭脳に宮廷中の淑女たちが魅了された。


 剣技のほうはそれなりだったらしいが、パーフェクトでなかったところが却って良かったらしく、また社交術にも長けていたのか野郎どもの反感もなかったという。


 まさにパーフェクトを地で行くセラフィーナ自慢の兄であった。




 閑話休題。




「エリーの話はまた今度にしよう。で、セラは僕に何を謝る必要があるのかな?」


 部屋を訪ねた本題を尋ねられるが、訊くも何もこの有能な兄は、セラフィーナが謝りたかったことを全て言い当ててしまっている。


「わたしに、いまさら何を言えと?」


「だろ? だからセラは謝る必要なんかないんだ」


 いいように丸め込まれた気がするが、反論できないのが微妙に悔しい。


「それに、これから大変なのは、セラ。君のほうだよ」


「それは大丈夫。お父様に覚悟は訊かれたし、お母様には社交界もちゃんと頑張ると宣言したんだもん」


 ドンと胸を張るがモーリスは「そんなことは言われなくても分かっているよ」と手を振る。 


「えっ?」


 またしてもクスクスと笑いながら「やっぱり、分かってないかなー」と謎解きをしてくれた。




「僕が大変だといっているのは、セラがトリートーンのクルーになるってことだよ」


 ツンとおでこをひと突き。


 ますます意味が分からない。


「これで法律的にも世間的にも問題ないとお父様が……」


「うん、そうだね。でも、もうひとつ問題になるところがあるんだよ」


「???」


 眉間に指を当て考え込むセラフィーナに「トリートーンの乗組員たちはどう思うだろうね?」と斜め上からの回答を寄こした。


「彼らは古参なだけに技術だけでなくプライドもある。いくら船主の娘だからって「今日から船長です」と言ったところで「はい、そうですか」とは簡単に認めてくれないよ」


 それは当然僕にもだけどね。と付け加える。


「でも、商会の主であるお父様の命令が……」


「そりゃ、表面上は従ってくれるだろうね。でも、それは信頼じゃない、命令だからだよね?」


「うっ……」


 辛辣なモーリスの指摘にセラフィーナが固まる。


「そういう組織は脆いんだ。絆が薄いからね」


 言外に書類だけの船主など、すぐに瓦解すると忠告をする。




 が、


「ま、セラなら心配要らないだろうけどね」




 何故か前言をひっくり返し、自信満々にモーリスは請け負った。


「ちょっと、面白い方法があるんだ」


 と、セラフィーナの耳元で「あのね」と、イタズラを思いついた子供のように(ある方法)を楽しそうに口にした。

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