第7話 マージェリー女史の懸念 2
「実際、こんなにいるのですよ」
マージェリーがセラフィーナに求婚してきた貴族の名前をずらりと列記する。
上は末席とはいえ王位継承権を持つ侯爵家から、下は成り上がりに必死な男爵家まで。それはもう選り取り見取りというくらい、バラエティー豊かなラインナップが展開されており、当事者のセラフィーナが「スゴイわね」と呆れるほど。
「こんな小娘を娶ってどうするの?」
スリックランドでの貴族令嬢の婚期は、王族を除けば概ね17歳から22歳頃である。婚約するだけならともかく、15歳で婚姻はさすがに少し早いだろう。
しかし、マージェリーの言いたいことは別のところにあった。
「それだけ、お嬢様に価値があるということです」
「ボールドウィン家の家格。ってこと?」
「もちろん、それもございますが」
「あるんだ」
「当然です」
伯爵家で且つ王国でも名の通った事業家だ。当然といえば当然。
「ですが、家柄だけなら上には上がございます」
「当然よね」
王族を別にしても、公爵・侯爵・辺境伯と上がいる。同格の伯爵家でもボールドウィン商会を上回る事業家もおり、中には今年社交界デビューした子女もいる。
「ですが、見た目の価値も併せて重要。お嬢様はボールドウィン家ご令嬢という血筋もさることながら、その流れる様な黄金の金髪にエメラルドの瞳。愛らしさと美しさは、社交界のみならず王国中に知れ渡ったのですよ」
「いやいやいやいや。見た目に誤魔化されってるって」
「否定しないのですか?」
「外見が可愛いのは自認しています」
「中々強かですね」
「正直者だと言って」
でも、それは見た目だけのこと。そもそも見た目で言えば……
「だいたい、わたしに何を期待するの?」
といいつつ我が胸を撫でる。
「15歳にしてこれよ。洗濯板とまでは言わないけど、寄せて上げて大変だったんだから」
見た目にはそこそこ自信はあるが、唯一といってもいいコンプレックス箇所を見下ろして、怒りをふつふつと募らせる。
今でもその屈辱は忘れないと言わんばかり。
デビューに際して、胸元が大きく開いたドレスを選んだ両親をどれだけ罵倒したことか。ドレスを着こなすためにコルセットをぎゅうぎゅう巻きにして、詰め物(とくに胸の下辺り)でどれだけ頑張って偽乳を盛ったことやら。
「お陰で、パーティー中いつ偽装がバレルかとヒヤヒヤしっ放し。ろくに料理にもありつけなかったし、ダンスも静々。大人しく頷くことしか出来なかったわ」
「デビューのときお淑やかで可憐だったのは怪我の功名ですか、そうですか、やっぱりですか」
マージェリーが真相に一人納得する。
「だいたいパーティーなら、マージェのほうが引く手数多でしょ?」
言いながら、ぐわっしとマージェリーの豊満な胸(推定Gカップ)を掴む。
「お嬢様、何を?」
驚くマージェリーに「いいから、いいから」と言いながら、いやらしい手つきで「この、この、この。けしからん胸め」と些か私情の篭った攻撃を繰り返す。
「こんな立派なものを装備して、しかも美人。背が高くてスラリとしていて、ダンスも完璧でそのうえ頭も良いと、何この完璧超人ぶり。パーティーじゃ無敵だったでしょう?」
執拗に胸を揉みながら「ここがエエのか? エエのんか?」と中年オヤジのようにマージェリーを責めたてる。
「そんなことございません!」
頬やうなじを紅色に染めながら、身を捩り抵抗をするが、セラフィーナのセクハラは一層盛んになる。
「謙遜? 違うわね、そんなことで騙されないわよ」
遂には首筋に息を吹きかけ、舐め回そうかとという勢い。度を越えたもてなしに「勘弁してください」と白旗を挙げる。
「わ、わたくしは、社交デビューしていませんので」
微妙に艶っぽい吐息を吐きながらマージェリーが白状する。
「どうして? 貴女もバークレー男爵家の長女でしょ?」
優雅に胸を掴む手を払いのけながら「仰るとおりですが」と言って乱れた着衣を正す。
「わたくしの家は爵位だけの貧乏貴族家です。社交界デビューなど夢のまた夢、考えたこともございません」
バークレー男爵家は建国当初から創設していた由緒ある家系ではあるが、先々代の事業の失敗で躓き、領地・屋敷と次々と手放して、マージェリーが成人する頃には爵位以外は一般庶民と何ら変わらないところまで墜ちていた。
「でもお父様が援助をすれば?」
マージェリーがボールドウィン家に仕えだしたのは彼女が16歳の時。年齢的に社交界デビューをするお年頃だ。
だが、彼女は笑いながら首を振り「それは無理でございます」と否定した。
「デビューくらいなら旦那様のご厚意で可能でしょうが、後が続きません」
言っては何だが社交界は金がかかる。
ドレスやアクセサリーは言うに及ばず、パーティーに出るにも手ぶらという訳にはいかない。慈善事業の寄付金目当て以外は参加費を取るようなパーティーは基本ないが、何らかの贈り物をするのは暗黙の常識、本当に手ぶらで来れば陰で嘲笑を浴びるのは必至。
それにパーティーは誘い誘われが一般的。たとえ下級貴族といえども、家格に見合ったパーティーを開かなければ誰も誘ってはくれない。
そんな理由で、マージェリーが社交界デビューをしなかったのは当然ともいえよう。
「わたくしは社交界など興味ございません。こうやってボールドウィン家で取り立てて貰えるだけでも光栄ですわ」
キリリとメガネを光らせ胸を張る。
「そうなの?」
惜しいなーと呟くセラフィーナに「そうです」と言い切る。
「それに、弟が必ずやバークレー家を盛り立ててくれますとも」
「そう言えば、史上最年少で騎士学校に入学したとか?」
「ええ、自慢の弟です」
騎士学校を上位で卒業できれば、将来の近衛隊入りは保障されたようなものだ。もし主席なら小隊長に昇進だって夢ではない(さすがに大隊長は身分がものを言うので)。
史上最年少での入学ともなれば、優秀なのは実証済み。登用は十分に芽があるだろう。
「そのためには学費や生活、先立つものが入用です。旦那様に厚遇して頂いていますので、夢が夢ではなくなりつつあります」
その瞳は心底幸せそう。
まあ、ボールドウィン家の雇用待遇が良いのは有名らしいので嘘ではないだろう。
だけどね……
「そのお陰で、行き遅れに……」「何か、仰いました?」
被せるようにマージェリーの低い声が響く。
見上げると微笑はたたえているが、目元はこれぽっちも笑っていない。そのうえ「お嬢様」と話す声は、まるで黄泉の国からと思わすほどにひんやりと冷たい。
全身から漂う黒いオーラに思わず後ずさる。
「イエ、ナニモ、イッテマセン」
「さようでございますか」
一瞬にして有能な女中の顔に戻ると、いつも通りの恭しい返事をする。
「それはともかくとして」
「何か誤魔化していませんか?」
「気のせいよ」
さりげなく本題に立ち返る。
「これは家命なの。そう。言ってみればボールドウィン家の隆盛に関わるような。わたし如きの小さなことなんてどうでもいいのよ」
拳を握り締め力説する。
「それにお父様・お母様にも宣言したわ。要は社交界でも後ろ指を指されないようにすれば良いんでしょうって。大丈夫、やって見せるわよ」
マージェリーに勝つには力技しかない。額に汗を浮かべながら他に選択肢がないとばかりに強気に出る。
それが功を奏したのだろうか。暫し熟考したうえで「わかりました」と観念したようにマージェリーがため息をつく。
「いろいろ思うところはございますが、ボールドウィン家の為とあらば、わたくし如きが申し入れることはございません」
「分かってくれた?」
ヨシっ! 堕とせたと喜色ばるセラフィーナに「ならば」とマージェリーが続きを口にする。
「止む得ません。わたくしがお嬢様に同行し、貴族令嬢から逸脱しないよう、しかとお仕えいたします」
「え~~~~~~~~っ」
「当然でございましょう?」
年の功というべきか、強かさではマージェリーのほうが一枚上手だった。
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