第30話 悪役令嬢の百合ルート開拓は続くようです

 メリアとレイネスの婚約騒動からしばらく。

 アリシアはすっかり日常を取り戻していた。


 あの日、アリシアはロバートの策を実行するために、グストン商会の従業員として王城を訪れていた。

 先日と同じように門前払いされるのでは、と内心ひやひやしていた。

 だが、陛下への要件がある旨を伝えると、さすがにそのまま追い返すわけにもいかないのか、門番のうちの一人がお伺いをたてに向かってくれた。

 そして、すんなりと謁見が叶うことになったのだ。


 レイネスの婚約者として、ボルグ王とは何度も顔を合わせたことがある。

 陳腐な言い回しになってしまうが、国王といっても感覚的には知り合いのお父さんに会うくらいのものだ。

 さして緊張もなかった。


 応接室へと通されたアリシアは、さっそくボルグ王と対面することとなった。


「お久しぶりでございます、陛下」


「そんな堅苦しい挨拶はやめなさい。

 いつもみたいにお義父さんと呼んでくれていいんだぞ」


「……いえ、お義父さんと呼んだことなど一度もないのですが。

 それに、私はもう殿下の婚約者ではないですし」


「そんなつまらんことを気にするな。

 国王である儂が決めたのだ。

 アリシアは儂の娘にすると、な」


 ガハハ、と豪快に笑っている目の前の人物こそ、このボルグ王国の九代目国王にして、レイネスの父親でもある、ユリウス・ボルグ王である。

 彫りの深い、端正な顔立ちに、がっちりとした体躯。

 野性味のあふれるその笑い顔は、国王というより、歴戦の傭兵のように見える。

 いくらか薄くなった金髪は、ドライヤーの効果を実感できているのだろうか。

 ドライヤーはあくまで頭皮の状態を整えるだけなので、抜け毛に対して即効性のあるようなものではない。

 それでも愛用してくれているということは、効果があると思いたいが。

 ボルグ王なら、アリシア可愛さに、無条件に使用している可能性があるため、なんともいえない。


 ボルグ王は、昔からアリシアのことをかわいがってくれていた。

 その愛情は、実の息子であるレイネス以上に受けていたと思う。

 ことあるごとに「お義父さん」と呼ばせようとしたり、多額の小遣いを渡そうとしてきたりして、過剰の愛に正直少し引いてしまっていたが、それでも大切にされていたことはしっかりと感じている。


「本日は陛下にお願いしたいことがございまして参りました。

 平民となっていしまった身ではございますが、何卒お聞き届けいただきたく」


 アリシアが本題を切り出すと、先ほどまで笑みを浮かべていた顔が、途端に引き締まる。

 その瞳は鋭く、そこにいるだけで圧倒されそうな存在感は、さすが国王といったところだろう。


「アレスティア子爵のところの娘に会いに来たんだろう?」


「っ!

 その通りでございます。

 陛下はどうしてそれを……」


「娘の動向くらい、しっかり把握しているのが親というものだろう。

 バイスに頼んで、アリシアの動向は逐一報告させているからな。

 住居はもちろん、交友関係や職場だってしっかり把握している」


「……お父様はともかく、陛下のそれはストーカーでは?」


「なっ!

 ストーカーではない!

 愛情というのだ」


 なんて男に気に入られてしまったのだろうとは思うが、仮にも国王だ。

 多少の行き過ぎた愛情表現には目をつむろう。


「それで、メリアさんに会わせていただけるのでしょうか」


「自由に会っていけばいいさ。

 レイネスの馬鹿がアリシアの王城への立ち入りを禁止しているみたいだが、そんなもの儂には関係ないからな。

 儂が許可しよう」


「ありがとうございます」


 アリシアは頭を下げた。

 そんなアリシアを見ていたボルグ王は、歯切れ悪そうに言葉を紡いだ。


「……アリシアにこんなことを頼むのは間違いかもしれんが。

 レイネスの様子もみてきてくれないか。

 最近のあいつは少しおかしい。

 あんな馬鹿なことをするような奴じゃなかった」


 ボルグ王もレイネスの変化には気が付いていたようだ。

 国王である前に、人の親ということだろうか。

 アリシアばかりかわいがるので、レイネスのことはそれほど興味がないのかと思っていたが、そんなことはなかったようで安心した。


「お任せください」


「感謝する」


 そういって平民に頭を下げる姿は、紛れもなく親のものだった。


 ◇


 今回の一番の目的は、メリアに会って直接今回の騒動について話を聞くことである。

 だが、できればメリアを連れて帰りたいとも考えている。

 アリシアはもちろんだが、アレスティア子爵も帰ってこないメリアのことを心配していた。


 そうなると問題となってくるのが、レイネスだ。

 アリシアがメリアを連れ帰ろうとすれば、確実にその邪魔をするだろう。

 レイネスがメリアのところにいたら、そもそも会わせてもらえないかもしれない。


 せっかく王城へと入ることができたのに、それでは意味がない。

 そこでアリシアが考えたのは、「メリアを愛でる会」を発足し、そこにレイネスを入会させるというものだ。

 これまでは、メリアをめぐってアリシアとレイネスが対立するという構図をとっていた。

 だが、それによってレイネスの暴走を誘発してしまった。


 そこで「メリアを愛でる会」だ。

 レイネスとアリシアがともに思いを寄せているメリアを愛の象徴として祭り上げるのだ。

 そうすることによって、レイネスのメリアに対する認識を、恋愛対象から崇拝対象へとすり替える。

 信仰の対象に恋をする者はいない。

 これによって、アリシアはレイネスと争うことなく、メリアと結ばれることができるという寸法だ。


 アリシアとレイネスの対立が解消されれば、レイネスも元に戻るだろう。

 アリシアはメリアと結ばれ、レイネスは元に戻る。

 まさにウィンウィンな作戦だ。


 もちろん、「メリアを愛でる会」には本気で取り組む所存である。


 こうして始まった「メリアを愛でる会」作戦は、思いのほか容易に成功した。

 もう少し難航するかと思ったレイネスの勧誘だが、あっさりと入会してくれた。

 その時のレイネスは、どこか憑き物が落ちたような表情をしていたが、何かあったのだろうか。


 その後もすんなりとメリアを解放してくれた。

 婚約騒動に関しても、レイネス自らことのあらましを発表し、世間を騒がせたことを謝罪していた。

 非難の声も当然あったが、実質的な損失が特にあったわけでもなく、また短期間の騒動であったため、全体としてはそこまでレイネスを責めるような雰囲気ではなかった。


 そんなレイネスも今では立派な「メリアを愛でる会」の会員である。


「本日の会議を始める前に、特別ゲストを紹介します。

 我が会の象徴であるメリアさんです」


「皆さんだけだと何をしでかすかわかりませんから、見張らせていただきます。

 本当はこんなおかしな会、なくしてしまいたいところですけど……」


「まあまあ、メリア様。

 アリシアさんがおかしなことをするのはいつものことですから」


 失礼なことを言いながらメリアをなだめているのはロバートだ。

 アリシアは会の発足にあたって、ロバートも入会させた。

 まだ恋愛感情には至っていないようだが、メリアの魅力には気が付き始めている様子のロバート。

 その感情が恋愛感情になる前に会に入会させ、崇拝対象としてメリアを認識させることで、メリアをめぐる恋愛競争から脱落させることが狙いだ。

 アリシアは芽が出る前に、種を回収する主義なのである。


「それで今日の議題はなんだ?」


 ぶっきらぼうにレイネスが尋ねてくる。

 こんな態度ではあるが、会では積極的にメリアの魅力について発言している。

 近々副会長に任命してあげようかと考えているところだ。


 和やかな雰囲気の中、会は進んでいく。


 まだメリアに愛を受け入れてもらうことはできていないが、そう慌てることでもないだろう。

 こうしてみんなで楽しく語り合う時間というのも悪くない。


 それに、だ。

 自分の魅力について語り合われて、赤面するメリアも、やはりかわいい。


 ~終~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約破棄された悪役令嬢は百合ルートを開拓するようです 黒うさぎ @KuroUsagi4455

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ