紡がれる夢

月宮流夏

第1話

 私がまだ小学校五年生だった時、歳の離れた兄に半ば無理やり連れていかれた場所で〝それ〟に出会った。


 当時の私は人見知りで、広いホールに人が沢山居るこの状況に体調を悪くしていた。

 その苦痛は、天井の照明が暗転して、ホールが暗くなったことをきっかけに限界を迎えた。


「お、お兄ちゃん……」


 掠れた声で兄を呼ぶが、周りの音がうるさく、聞こえていないようで返事が無い。

 試しにズボンを摘んでみても変化なし。



 ――周りがうるさいのかな。もう少し大きな声で話しかけよう。



 そう思って息を吸った瞬間、私の耳に大きな歓声が飛び込んできた。


「な、何っ?!」


 いきなりの出来事に、何が起きたのか分からず、体調不良に追い打ちをかける形で困惑が追加された。


 だが、丁度そのタイミングで、歓声に負けないぐらいの音量で歌声が聞こえた。

 いきなりの展開に、反射的にその声が聞こえる方へ向いた。


 そして、私はその光景を見て言葉を失う。


 私の視界の先に広がる煌びやかな舞台の上に、綺麗な衣装に身を包んだ数人の女性が、踊りながら綺麗な声で歌を歌っていた。


 私は一瞬でそれの虜になった。

 五感全てで感じられるキラメキに、さっきまでの不安や不調を忘れて、ただただ夢中で舞台を見ていた。



 熱中している時の時間の流れはとても早く、舞台から人が居なくなってから、ようやく終わったことに気がついた。


 周りに居た人が「いやーやっぱ最高だった!」と言いながら出口に向かって歩いていく。


 それを見て、ふと隣に居る兄や周りの人の表情を見た。


 この場所にいる全ての人が笑顔で、楽しそうで、嬉しそうだった。


 瞬間、私の胸にこんな感情が宿った。



 ――私もあの舞台に立って、人を笑顔にしたい!



 と。



 この先の人生、私はこの日のことを忘れることは無いだろう。

 この日、私はこの景色に憧れた。彼女達に憧れた。



 これが、私と〝アイドル〟と初めて出会い。

 猛烈に胸焦がれ、憧れた日の話だ。






◇◇◇






 時は流れ、あの日から五年が経った。


 当時小学生だった私も成長して、中学三年生になった。

 心身共に成長し、人見知りも少しだけ改善された。


 だが、いくら成長しても、あの日見た景色が消えたことは無い。


 けれど、それ相応に現実も見た。


 ハッキリ言おう。

 私はアイドルに向いていない。


 理由は単純。

 一般的なアイドルが出来る事を私は出来ないのだ。


 例えば踊り。

 私は同時に別々のことをするのが苦手なようで、いくら練習しても複雑なステップを踊ることが出来なかった。


 他にも、身長も別に高くないし、顔もクラスの中で平均以下。唯一歌だけは少しだけ自慢出来るが、それでもカラオケで95点以上をたまに取れる程度。


 それでも、小学生の時はモチベがあった。家族の支えもあって、努力したら上達すると思っていたから。

 でも、それは中学一年になっても上達しなかった。不安を感じながら練習を続け、オーディションを受け、そのまま中学二年に。その頃に初めてSNSや動画投稿サイトに歌ってみた動画の投稿を始めた。


 そして、今年の夏、親から「そろそろ受験勉強に専念したら?」と言われた。


 まあ、当然といえば当然だ。

 約五年間一生懸命やったのに何一つ成果が出ず、人生の転機である受験が迫っている。

 このまま受験を放って活動を続けるのか、それともここで諦めるのか。


 決断は早かった。


 私はこの五年間で嫌という程現実を見た。

 私より優れた才能を持つ人は山ほど居て、その中でも特に才能のある人が夢を叶える。


 才能が無い私はアイドルになることが出来ない。

 それが私の出した結論だ。


 決断と行動が早い私は、未練を断ち切るため、SNSと動画投稿サイトのアカウントを消すことにした。




 それは、丁度アカウントを消すタイミングだった。

 サイトに一件の通知が来た。


 その通知は、私が投稿した歌動画に寄せられたコメントだった。


 この際コメントなんてどうでもいいが、無視するのも心残りが生まれそうなので、操作してコメントを開く。


 だが、このコメントを見たことで、私はこの先後悔をすることになる。


 寄せられていたコメントの内容は――



『正直全部中途半端。普通の人よりは上手いと思うけど、アイドル目指してるならもっと上手くないと無理かもね。努力してこのクラスなら諦めた方がいいと思う』



 私に対する批判のコメントだった。


 しかも運悪いことに、コメントが寄せられていた動画は、初めて再生回数が四桁いった動画に寄せられたコメントだった。


 ただ、この〝愛ドルヲタク〟とかいうふざけた名前の人が送ってきたコメントは、完全に正論だ。


 中途半端じゃない努力をしていたら、必ず何かが実って、アイドルじゃなくても活躍はしているはず。

 そうでは無いこの状況が、私が中途半端な努力をしていたか否かが分かる。


 だからこそ、これで終わりにする。


 私は数秒そのメッセージを眺めた後、携帯を操作してサイトを閉じた。










 そのコメントに「一ヶ月時間をください」と返信をして。




 自分でも馬鹿なことをしたのは分かっている。

 でも、ここで諦めたら一生後悔すると思った。


 だって、この人は私がどれだけの時間を夢のために費やしてきたか知らない。

 私が五年間一生懸命頑張った結果が、他人にとって「それぐらいの努力」と思われるのが悔しい。


 私だって、これに何も意味が無いことも、時間の無駄だということも分かっている。

 でも、ここで何もしなかったら、私の五年間が、夢が、否定されてしまう気がした。


 勉強も、歌も、オーディションでさえも、私は中途半端な気持ちでやっていたのかもしれない。私は才能が無いと言い訳して。

 だからせめて、この一ヶ月だけは。

 全てに手を抜かず、次に出す動画に全身全霊を込められるように努力をしよう。


 それが、私が次に向かって踏み出す、新たな第一歩だと思うから。






◇◇◇






 動画を投稿してから、一週間が経った。

 勉強、塾、歌練、過労で何度倒れそうになった分からないレベルで自分を追い込んだ。

「あの時あのコメント見なければよかった……」なんて何百回も思った。


 でも、私は折れなかった。


 ただひたすらに「中途半端と言われたくない」という気持ちが強かった。


 それが報われたのか、動画の再生回数は爆発的に伸びた。

 再生回数が一桁増える度に、私の努力が報われていく気がした。


 一番嬉しかったのは、再生回数より、コメントが増えたこと。


 この前まで再生回数が三桁だった新人の歌い手に「この歌を聴いて生きる意味が見つかりました」とコメントするのもどうかと思うが、そんなコメントが多数寄せられた。

 私が歌に込めた感情やテクニック的なものを認めてくれて、とても嬉しかった。


 例の〝愛ドルヲタク〟さんからもコメントが来ていて――


『聞いてて元気貰える。冗談じゃなくて。この前は中途半端だったけど、この一ヶ月でめちゃくちゃ努力したんだなってのが伝わってきた。努力を結果に出来て、人に伝えられるのは才能だから。アイドルになれるよ。絶対に』


 とコメントしてくれていた。

 分かりやすい手のひら返しだが、私の努力で意見を変えさせたし、何より「元気貰った」「アイドルになれるよ」と言ってくれた事が嬉しかった。


 それと同時に、あの日のことを思い出した。


 私が初めてアイドルのライブを見た時、私はアイドルから〝笑顔と元気〟を貰った。

 体調が悪くて、怖かった時でも、歌を聞けばそんなの忘れて元気になる。


 今は限られた人だけだけど、私の歌で人に笑顔と元気を届けられた。


 そして、わかった。


 私は〝歌って踊れるアイドル〟だけじゃなく、それでいて〝人に笑顔と元気を与えられるアイドル〟になりたかったんだと。

 初めからそれを分かっていたはずなのに、思い込みや成長の過程で、いつの間にか忘れていた。



 確かに私はアイドルに向いていないのかもしれない。

 でも、それに気がついたとしても、私の夢は終わらないことにも気がついた。



 夢を見るのは自由だし、叶えられるかどうかも自分次第。

 他人の言葉なんて聞いている余裕ないかもしれない。

 だから、私の姿を見て、少しでも伝えたい。

 昔、私がして貰ったように。


 今度は私が、笑顔を、元気を、夢を届ける番だ。






◇◇◇






「ねぇお兄ちゃん! 怖いよぉ!」

「も、もうちょっと待って! そろそろ始まると思うから」


 暗い閉鎖空間に、少女と青年の声が響く。

 少女は震えた声で親戚である青年に助けを求める。

 それに青年もオドオドして返事をする。


「こんな暗いとこ来て何するのぉ……」


 少女の不安と恐怖がピークに達し、思わず涙をうかべる。

 泣き叫びはしないものの、少女は小学生。

 いつ泣き叫びだしてもおかしくはない。


「お兄ちゃん! 私もう帰りたいよぉ!」

「え、えっ?! もう始まると思うんだよなぁ……」


 思わず青年が弱音を吐いたその時――


「♪――」


 どこからか歌が聞こえた。


「……なぁに?」

「良かった……トラブルかと思ったよ」


 その透き通った美しい歌声に、少女は泣くのも、喋るのも忘れて歌声に聞き惚れる。


 少女は瞬間、少女は舞台に釘付けになる。


 暗闇の中、誰かが舞台の上で歌っていて、隣にいる青年は勿論、後ろにいる人まで熱狂していた。


 少女は舞台から一度たりとも目を離すことは無く、目を輝かせ、その世界観に没頭していた。

 少女にとって、その時間はまるで夢のようで、いつまでも終わらないで欲しいと願える程だった。


 だが当然終わりは来る。

 舞台上から人が消えると同時に部屋が明るく照らされ、沢山人が居たこの空間からも徐々に人が減って行った。


「っと……それじゃ行こっか。遅くなると怒られちゃうから」

「……お兄ちゃん。あの人凄いキラキラしてた!」

「……うん。まさか彼女がドーム埋められる程有名になるとは思わなかった。まあ、僕も彼女のマネージャーになるとは思ってなかったけど」


 少女はキラキラと目を輝かせ、無人のステージを見つめる。

 そして、青年の方へ振り返って笑顔でこう言った。


「お兄ちゃん! 私あの人みたいになりたい!」

「……うん、君はアイドルになれるよ。絶対にね」










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紡がれる夢 月宮流夏 @Tukimiya_ruka

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