2:誰も彼も歩む

 アスバリア解放の後、運営から提案されたのは、定期的な哨戒活動の義務化であった。

 義務といっても、月に一度、拠点再構築の気配を探る程度の、緩やかなものだ。そのうえ、世界の状況は運営にモニタリングされているということで、急変があれば警告がなされるということで、本当に念のため、程度のもの。


「断れば運営が人手を用意する、っていうんだから有情よね」


 魔女から借りだしたオオカミにまたがって、ウィンディは息をつく。


「その程度の作業で、今までと同じ保証をくれるっていうんですから甘えましょ?」

「だけどね、ジョード。私は代表年金として現金を貰えるけれど、あなたたちは実績という形の迂回報酬なんでしょう?」

「それでもありがたいんですよ。戦闘に参加できなかったような人間には」


 向かうべき山岳はまだまだ遠い、平野部の中ほどだ。自分たちの後ろに従っているのは三人ほど。

 初の哨戒には六十名が名乗りを上げてくれて、その中から、年齢から戦線に加わっていなかった老人らを中心に三十人を採用している。

 今は、森方向や港町方向に散っているが、


「見たでしょ? 爺さん婆さんたちが、城を見て街を見て、泣き崩れたのを」


 生きて故郷の地を踏めたことの喜びを。


「収入は大事ですけど、それより大きなものを得られたんです」


 並ぶ騎士団長が、笑いながら背後に視線を送る。追って見れば、付き従う若者たち全員が肯定の頷きを見せるから、そんなものか、と為政者としてありがたい気持ちに胸を熱くしてだけど心残りがある。


「どうしました? 胸を張りましょう? 凱旋みたいなもんなんですから」

「そうね。ただ、申し訳ないな、って」

「……伏希のことですか?」


 そう。故郷を取り戻してくれた、英雄のあまりの処遇にわだかまっているのだ。


      ※


 世界を保護するため、ピリオドのログインは禁じられてしまった。

 アスバリア代表の立場としては、確かに追認するほかない。

 けれども、ウィンディただ個人としてならば、


「伏希はあいつ、この世界がキレイだからって理由で戦っていましたからね。落ち着いた状態で観光させてやりたかったですよ」

「そうね。城の中もゆっくり見せてあげたかったわ」


 無念であった。

 王族として、一番手柄を立てた者へ報いることができないことに。

 私心として、子心が好んでくれたあれやこれやが、二度と彼の目に届くことがないことに。

 価値を、喜びを、共に持つことができないという、寂しさに、理不尽に。

 けれど、


「相変わらず隣の部屋で大騒ぎだから、平気でしょ。壁も、まだベニヤを打ち付けただけだから、不穏な奇声も筒抜けで」


 背後で「不憫な……」「おいたわしや……」という嗚咽が聞こえてくるが、決して部屋を変わろうという類の話題が上がらないあたり、覚えていろよ、臣民ども。

 まったく、と騎士団長に目を向ければ、穏やかな笑顔。

 はて、と尋ねるように視線を投げやれば、


「あのバカのことだから、やる気になれば、手札を整えてきますよ」


 巨人を打ち破った時に口にした、ゲームの楽しみ方だ。

 確かにそうだ、と大いに納得。

 気を取り直して山を目指せば、


「おぉい! 待ってくださいよ、先輩!」

 背後から、あるはずのない声がかけられ、


「おい、振り返るなよ! 直線がこう……はっきりわかって悲しい気持ちになるだろ!」


 オオカミにまたがり駆け寄ってくる、あるはずのない姿があった。


      ※


 とりあえずバカをオオカミから引きずり下ろし、ロイヤルマウントポジションを取ったところでロイヤルハンマーパンチを落とした。セオリー通り、目を狙って小刻みにだ。


「あんた、何してるかわかってるの?」


 低い声で問うが返事がないため、もう一度ロイヤルハンマー。オオカミたちがなにか新しい遊びと勘違いしたようで、両足に噛みついて左右に広げている。


「運営との約束を速攻で破棄とか、私の立場がない……なくない?」

「姫様! 姫様! 事情を! 事情を聴いてください! ほら、動かなくなりましたし!」

「ナディ? あなたが付いていて、どうしてこんなことになるの?」

「良く見てください、姫!」


 言われ、あん? と、まじまじガードポジションに失敗している犠牲者に目を落とすと、


「Tシャツにジーンズ? それに、殴ったところぼこぼこじゃない……?」


 違和感をひとつずつ挙げていく。

 服装が、世界に準拠した武装ではなく、少年の私服である。

 加えて、これまでプリンセスというリソースの塊である己の拳をいくら受けても、ピリオドとしてそれ以上の強度でほぼ無傷だった少年が、青痣を作って白目を剥いていて、


「……これ、生身じゃない?」

「ええ……シシンは今、ピリオドではなく、また世界のリソースを一滴も受け取っていない、ただの地球人なのです……だから……」

「おい待て、ナディ。いろいろすっ飛ばして、要点だけ聞くぞ?」


 冷や汗を噴き出させたジョードが、恐る恐る疑惑を確かめる。


「つまり、俺らよりもリソース量の高い姫のハンマーパンチを、防御もままならないマウント態勢で、生身の人間が目に食らった、てことで……いいな?」

「ちょっとジョード! 事実を列挙するなんて卑怯よ! それに軽く! セオリー通り軽くだったから!」

「けど二発いきまいたよね……」


 見苦しく言い訳するが、彼は苦く顔を歪めたまま受け入れることはなく、傷つき倒れた英雄の寝顔を覗き込んで、痛々しく呟く。


「治療のポーションは効くのか、これ……」


      ※


「つまり、俺らが避難した経路の逆をきた、ってことか」

「魔女さんにお願いしたら、書類一枚で許可が出まして!」


 疑いながらポーションを投与したところ、意識は取り戻した子心が元気に手を上げる。

 アスバリア勢にとって、異世界への転移技術は実例として存在を認知していた。また、初期に説明として、一時的なものも含めて帰還する自由があることも。


「実際、難民化した皆さんが財産を取りに戻る、ってのはワンダーマテリアルでは無理ですからね。制度として整備されているそうですよ!」


 その制度を利用して、彼は生身でこちらに訪れたらしい。


「本来なら、検疫や生態保護の理由で出生人に限るらしいが、シシンは特別にな」


 実績を鑑みて、ということか。

 それなら、とウィンディは組んでいた腕を、座るままの少年に差し伸べて、


「好きなだけ、うちを見ていけるってことよね」

「ああ、もう、海も山も森も、全部ゆっくり見物できるぞ! まずは、もう一回クジラを見たいな!」


 子心も笑って、姫の手を取る。

 世界は取り戻されたのだ。終わりの句点を打ち込まれたのだ。

 甚大な被害と、救世者のわずかばかりな自由を供犠にして。


 けれども、誰も笑って足を進ませる。

 この先、幾つもの物語が待っているのは間違いないのだ。


 だから歩みは止まらない。皆、次の終止符を目指すのだから。 

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新作VRMMOで世界を救おうと思ったら『ピリオド』なんて不穏なクラスを割り当てられたんですが ごろん @go_long

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