3-7、嘘、推測、疑念

 

 おれは宿の主人が自分に告げた言葉が理解できずにいた。

 だってそうだろう。これまで未婚の女性だけが務めてきた五月女王メイクインに、なぜだかおれが選ばれたと言っているのだから。


「あの……それは何かの間違いなんじゃないのか? だって、五月女王メイクイン……つまりだぞ? 男のおれが選ばれる要素なんて何一つないじゃないか」


 強いて言うなら未婚という点だけは当てはまっているが、そもそも前提から間違っているとしか思えない。


「確かにこれまで男が五月女王メイクインに選ばれるということはなかった。だが、君が受け取った『女王の花冠』は間違いなく本物であるし、状況も当てはまっている。それらの事実全てが、君が今年の五月女王メイクインだということを示している。前代未聞の事態だ」


 主人は落ち着きなく歩き回りながら、「前代未聞の事態だ」と繰り返した。

 どうもおれは限りなく面倒な事態に巻き込まれてしまったらしい。どうしてこんなことになってしまったんだ……


 しかし、考えようによってはおれはツイていると捉えられるかもしれない。なぜなら、五月女王メイクインに選ばれた者は一年間の幸運を約束されるのだから。なんで選ばれたのだとか、面倒な過程はさておき恩恵だけ受けることができれば悪い話ではない。


「……なぁ、もしその五月女王メイクインになったとしたら、おれはどうなるんだ?」


 下心が湧いてきたおれは、主人に尋ねてみた。


五月女王祭メイクイン・フェスト当日に、花のドレスで着飾り馬車に乗ってパレードをするんだ。馬車いっぱいに花が積んであるから、それを沿道で見ている人たちに向けて撒くんだよ」


 おれはドレスを着た自分が馬車に乗り、花を撒いている姿を想像してみるが……うん、やっぱり無理だ。気色悪いことこの上ない。

 そこで、今まで黙って話を聞いていたレンがついに吹き出して笑い始めた。


「あはははっ。やったらいいじゃん、五月女王メイクイン! 滅多にない機会なんだしサ。あたしはめっちゃ沿道から手を振って応援するよ!」


 レンは拳を握って目を輝かせながら言う。完全に面白がっている顔だ。人ごとだと思って気楽に言ってやがると思ったが、きっとレンは同じ立場だったらノリノリで引き受けるに違いない。


「いやいや、無理だって! なぁ、そうだよな、イリス。お前からも言ってやってくれよ」


 おれはイリスに助け舟を出してもらおうと話を振る。いつものように冷めた表情で反対してくれると思ったが、なぜか難しい顔を浮かべて考え込んだ末に真面目な表情で呟く。


「…………ラッドくんのドレス姿、見てみたいかもです」


「だよねえ! 見てみたいよねえ! さっすがイリスちゃん、わかってるぅ!」


 レンがイリスの手を取って嬉しそうに振る。二人が仲良くしている姿は微笑ましいのだが、状況が状況なだけに素直に喜べない。


「……あと、ラッドくんはいいお嫁さんになると思います」


「あっはっは! 料理上手だもんねぇ。イリスちゃん、サイコーだよ! あたしもラッドが嫁にほしいな!」


「わたしもです」


 変な方向に盛り上がっていく二人。

 まずい。このままでは、なし崩しに女装させられてしまう!


「待て待て! イリス、おれたちにはやることがあるだろう。面倒ごとに巻き込まれたら、自由に動ける時間は少なくなっちまうぞ」


 焦りから、おれはつい伏せておくべきだったことまで話してしまった。レンの耳が何かを察知したかのようにピクッと動く。


「やることがあるってどう言うこと? 祭りに参加するんじゃなくて、何か違う目的があってこの島に来たってことかな?」


 レンがおれの目をじっと見て尋ねてきた。彼女に嘘や誤魔化しは通用しないだろう。わずかな表情の違いから読み取られてしまう。

 イリスを見ると、彼女は小さく頷いた。話してもいいとの合図のようだ。


「まぁ、なんと言うか……実はおれたちにはある目的があるんだ」


 それから、おれは悪魔から受けた依頼クエストについて話し始めた。

 もちろん、おれやイリスが不利になるようなことは若干誤魔化している。まさか悪魔に頼まれ、悪魔の復活を阻止しようとしているとはそのまま言えない。その点については、メーアローグで出会った悪魔に詳しい人物から、この島で悪魔が生まれるかもしれないので調査してほしいと言う内容に変えた。

 無から完全に嘘をつくことは難しいが、一本芯が通った話を若干変えるのは簡単だ。


「……その人が言うには、この島には魔力っていう不思議な力が集まっていて、悪魔が復活する予兆らしいんだ。だからおれたちに調査してほしいって依頼を受けたわけさ。それで、予兆が本当なら復活を阻止してほしいってね」


 おれが話し終えると、レンと宿屋の主人は黙って考え込み始めた。

 いずれレンには話をして協力を仰ぐつもりだった。主人にも伝えたのは、現地に住んでいる人から何か異常がないか情報を知りたかったからだ。


「確かにこの島では最近、不思議な現象が次々と報告されている。いつの間にか違う場所に移動していたり、誰もいないはずなのに声や気配を感じたりとね。それが君の言う魔力の影響なのだとしたら辻褄が合う」


 先に口を開いたのは主人だった。


「もしかして、ラッドさんが五月女王メイクインに選ばれたのもそうした異常の一環なのかもしれないね。何しろ、長い祭りの歴史でかつてないことだったんだから」


 そうか。おれが五月女王メイクインなんぞになりかけているのも、全部魔力ってやつのせいなんだ!

 納得したところで、レンが何かを呟いていることに気がついた。


「そうか、だからクローディアさんは……」


「どうしたんだ、レン?」


 おれが顔を覗き込むと、レンは慌てた様子で手を横に振る。


「な、なんでもないよ! あはは」


 何か引っかかる気はするが、なんでもないと言っているならそうなのだろう。レンは仕切り直すように咳払いをすると、立ち上がって手を胸に当てた。


「そう言うことだったら、あたし——レン=アルザハルも手を貸すよ! 悪魔が復活なんてしたら、いいことなんて一つもないからね!」


 凄腕の槍使いであるレンが味方になれば、本当に心強い。おれたちの戦力は実質イリス一人だけだ。以前、病院の中でモーリーと戦った際に苦戦したように、彼女の武器である大鎌は得手不得手が分かれる。狭い場所でも、レンの短い槍ならば十分に取り回すことができるだろう。

 これで戦力は整った。あとはブレア山の中で悪魔の卵を見つけて壊すだけだ。


「君たちが魔女の夜会サバトの参加者ではないとわかったから、耳に止めておいてほしいことがあるんだ」


 主人が声の調子を落としておれたちに向けて告げる。


「今日の午後、この宿の中を覗き込んでいる者がいた。黒いローブを被っていたから、夜会サバトの参加者だろうね。そいつは何かを、あるいは誰かを探しているようだった。もしかしたら君たちに目をつけているのかもしれない。十分気をつけておいてくれ」


 おれは港ですれ違ったローブの集団を思い出す。そう言えば、奴らの一人がおれたちを見て何かを呟いていたようだった。だが、魔女との関わりなんて一切思いつかない。

 それとなく全員の顔を見渡すと、イリスが俯いていた。その顔は死人のように蒼白だ。とてもさっきまで楽しそうに話していたようには思えない。


 もしかして、イリスの知り合いだったのか?

 イリスとはだいぶ打ち解けてきたと思うが、彼女の過去について何も知らない。なぜ、火刑に処されていたのか。なぜ、悪魔憑きになったのか。気にはなっていたが、踏み込んではならないと感じていた。


 おれたちは本当に一枚岩なのか? 本当に、全員が一つの目的を持って動いているのか?

 そんな疑念が頭をよぎり、おれはそれを追い出すように頭を振った。ダメだ、仲間を疑ってはならない。おれができるのは、皆を信じることだけだ。


 テーブルの上では、真っ白な女王の花冠が場違いに感じられるほど美しく輝いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る